第10話~開戦~

クローディアがファーシェに訪れてから3カ月後の深夜に事は始まった。


そこには樹神兵3体と十数匹のトカゲが身を隠していた。


「みんなよく聞くんだよ、樹神兵を動かなくするだけで決して食べちゃダメだからね」


緑色の樹神兵に乗るブロンドの少女がそう言うと「食べちゃダメの?」と駄々をこねる様にトカゲ達が小さな奇声を発すると


「今日はダメ、もし食べたら1週間ご飯無しだからね」


少女は樹神兵を動かしトカゲ達に近づき1番大きなトカゲの頭をなぜながら言うと、大きなトカゲは他のトカゲ達に向かって「ダメだってさ」とばかりに奇声を発し移動を始めた。


「これが終わったら、元の生活に戻してあげるからね」


少女は樹操房で一人そう呟くと樹神兵の回線を開いた。


「クローディア、トカゲの準備は終了」


「了解した、日付変更と同時に開始する」


クローディアは返答を聞くと回線を切り両手を合わせお祈りを始めた。


「主よ幸運を我らに与えたまえ」



火山の北側にあるファーシェの国境警備隊はいつもの様に夜は樹神兵を起動せず人力での警備についていた。



日付変更と同時に数匹のトカゲが国境に現れ、警備隊も樹神兵を出し応戦したが日の当たらない樹神兵の動きは遅く、次々に関節を破壊され動かなくなってしまった。


「ファーシェの国境警備隊に告げる、私はグレバルトのクローディアこれ以上の抵抗をやめて降伏すればマカモウに誓って命の保証はしよう、まだ抵抗するなら晩ご飯抜きのお腹のすいたトカゲの朝食になってもらう」


トカゲ達が樹神兵を制圧した頃に現れた緑色の樹神兵が外部に聞こえる様に言い放つと、少しして警備隊の指揮官らしき男が現れ民間と兵士の人命を条件に降伏を申し出で来た。


クローディアは条件を飲みトカゲ達を下がらせると入れ替わりにグレバルトの兵士と緑色よりランクの低い樹神兵2体が現れ完全に無血制圧を果たした。


クローディアはグレバルトの兵士に武器の押収と樹操者の監禁を命じそれ以外の人には束縛はせず自由を与え、そして民間人1名にお金を払いファーシェに使者として向かわせた。



同時刻、火山の南側にあるファーシェの国境に北側の3体を除いた樹神兵全機が襲撃し国境警備隊の樹神兵の抵抗もあり無血とはいかなかったが制圧を果たした。



グレバルトはファーシェに進行せず、南側の拠点の制圧を終わらすとファーシェに警備隊の1人を使者として送り出した。


グレバルトとしてはこのままの勢いでファーシェに進行したかったが、北側の制圧をクローディア1人で行う事を条件に降伏勧告をする事になった。



ファーシェでは2か所同時の国境陥落の報告に大騒ぎになっていた。



レアン王子は国王の命によりファーシェに残った兵士と樹神兵団を樹神の間に集めていた。


「国王の命によりこれより樹神兵団を2つに再編成する、第1兵団として親衛騎士団、団長アーベル・ヘルフルトを隊長に副隊長にベルンハルト、第1、2騎士団、樹神兵25機を南側攻略部隊とし残りの者は第2兵団として北側攻略を行う」


編成内容を聞いた兵士達に動揺の色が見えた、それもそのはず南側に集結したグレバルトの樹神兵は約60機、素人が聞いても勝てる数ではなかった。


「案ずるな、我々には女神ローズとアルシュールの女神がついている」


レアンはそれでも動揺を隠しきれない兵士達を見るとアジュガの後ろに待機させていた『新しい神官着』を着たリーナを呼び兵士の前に立たすと


「これより女神アルシュールの勝利への祝福の奇跡を皆に与える」


レアンがそう言うとリーナは兵士とは目を合わせずに遠くの方を見ながら小さく深呼吸をすると兵士達の方に目線を下げると今までした事もない笑顔で全員に聞こえる様に話始めた。


「私はこの戦いに勝利し終わらせる為にファーシェに来ました、この数カ月皆さんに聞いていただいた説教、そして同じ志を持ってくれた方々に感謝しています・・」


話終わるとリーナは両手を前に組み目を閉じた。


「主よファーシェの民にご加護と・・勝利を・・」


続けてリーナが神官魔法を唱えると組んだ手が光だしその光がその場にいた兵士達に拡散し体を包み込んだ。


初めて見た魔法に兵士たちは慌てたがそれを見たレアンが


「これが女神アルシュールの奇跡だ、どうだ体が軽くなったと思わないか?」


言われた兵士の何人かが体の異変に騒ぎ出し、いつもの様に「女神アルシュール」「女神リーナ」と騒ぎ始めた。


「これで南側は大丈夫そうだな」


レアンはそう呟くとベルンハルトに後を任せリーナとカルラを連れて樹神の間を後にした。


樹神の間から見えない所まで来るといつものリーナに戻ると。


「レアンやっぱり詐欺じゃない?」


「そうか?信仰アイドルってのは拝むファンがいて初めて成立するんじゃないか?お蔭で魔法も使える様になったわけだし」


「それはそうだけど・・」


「それと、その神官着も悪くないしな」


レアンがリーナを凝視するとリーナは顔を真っ赤にして頭から湯気を発しながら走ってその場から逃げ出してしまった。


「レアンのバカ!」



遡る事数時間前、リーナはレアンに呼ばれ秘密基地に来ていた。


そこにはレアン、カルラ、ベルンハルトの3人が集まっていた。


「国境の事は聞いていると思うが・・リーナにお願いがある」


レアンが改まって言うとリーナはレアンの態度にいつも様に嫌なお願いなんだろうなと思いながらも出された飲み物を口にしながら。


「一応、聞くだけは聞きます」


「聞いてくれるのか!」


「まだ、何も聞いてませんから返事はしません」


いつもの調子になったレアンにリーナは平然と答えると。


「最近のリーナは冷たい所があるよな」


レアンが小さな声で呟くとリーナはグラスを置きながら


「レアン、今度は何をさせようとしてるの?」


「今度は?俺がリーナに?今までそんなに何かさせたか?」


「・・・」


いつもの様にとぼけたレアンにリーナは何も答えないでいると。


「リーナ、今回は私からもお願いしたい」


「俺からもお願いしたい」


レアンとリーナの会話にカルラとベルンハルトが割って入ってくる。


「お願いってカルラさんベルンハルトさんまで」


レアン、カルラはともかくベルンハルトにまでお願いされてリーナが困っていると普段は無口なベルンハルトが顎鬚を掻きながら。


「今の状態のファーシェではグレバルトの進行を止める事は不可能に近い、そこで作戦の遂行にリーナ殿を頼らなくてはならないのだ」


「わ、私が必要って・・」


リーナが更に困っていると今度はカルラが


「作戦と言ってもリーナに最前線で戦えって事じゃない、時間稼ぎをする為にだな・・」


「時間稼ぎ?」


リーナが語尾を濁したカルラに答えるとレアンが咳払いをしながら。


「今回のグレバルトの進行を止めるには人員と樹神兵も含め特に南側は不可能に近い、そこでだ北側から来た使者の情報で3機いる樹神兵の内最初に現れた緑色の樹神兵が『グレバルトのクローディア』と名乗ったそうだ」


「え?クローディアって言ったら」


「そうだクロで間違いないだろう、そこで俺は作戦を考え南側に旗機を含め殆どの戦力を投入して時間稼ぎをして、その間に北側のクローディア会ってそして勝つ!絶対に勝ってみせる!」


「勝つ?・・・あ!」


レアンが拳を握りしめて熱く語り出した所でリーナは過去のジャンケンの事を思い出した。


「れ、レアン・・もしかして」


「そうリベンジだ、ジャンケンでクロに勝ってその場で俺の配下になってもらう」


レアンのいつもの根拠のない勝利にリーナは呆れた口調で。


「勝つって言ったってクローディア・・さんには魔法が」


「確か幸運の魔法だったな・・あれから色々と研究をして今の俺には勝率8割を超える秘策がある」


呆れて物が言えなくなったリーナが重大な事に気が付きレアンに確認した。


「そう言えばこの作戦って国王の許可は出ているの?」


レアンは少し沈黙して後に満面の笑顔でゆっくりと答えた。


「許可なんて出るわけないだろう、今いるここは何処だと思っているんだ?」


予想通りのレアンの答えにため息すら出ずリーナは「聞いた私が何とやら」だった。


その後レアンから今回の表上の作戦の説明があった。


南側の時間稼ぎまでは同じだったがレアン、カルラ、リーナで北側を制圧、北側の警備兵と合流し首都グレバルト強襲と言う流れで許可を取り、そして、裏の作戦がこの作戦に組み込まれ北側制圧及びクローディアの奪取と言う流れになっていた。


作戦を聞き終わったリーナは制圧戦以外には大した役割が無い事に気が付いた。


「そう言えばレアン、私にお願いって言ってたけど制圧戦以外は・・」


レアンはリーナの質問を聞くと真面目な顔で


「リーナには作戦開始前に重大な役割を用意している」


「作戦前に?」



そして、「絶対に嫌です!」と言う答えしか出ない役割を聞かされた。



「現在のファーシェの士気は過去最悪になっている、親衛騎士団が出るとはいえ南側の時間稼ぎをする上でどうしてもそれが必要だ」


レアンはそう言うとカルラにある物を用意させ、それはリーナの神官着の形をベースに白い厚手とクリーム色の薄手の組み合わせに肩から斜めに腰に掛けられたヒラヒラの付いたレース、そして金色と銀色の派手なひまわりの刺繍、そしてリーナが断る最大の理由になった鎖骨から肩までの露出と膝上のスカートだった。


「この数カ月リーナのファンクラブ・・・いやリーナが元の世界に戻る為の布教活動を手伝い、今や戦いの神ローズに並ぶ第2神として地位を確立しつつある・・」


熱く語るレアンを他所にリーナは半目で綺麗ではあるが着ると恥ずかしいだろう神官着を見ながら


「一応、作戦なので話は最後まで聞きますが・・」


「そこでだ、この新しい神官着を着て全兵士を前にアルシュールのご加護的な魔法でも見せてくれれば士気が上がると俺は信じているんだが・・リーナはどう思う」


「絶対に嫌です!」


リーナは即答で答えた。


「国の一大事に即答しなくても」


「正式な神官着でもなく、それに聖職者がこんなに露出した服を着るなんて有り得ないし・・」


「そうかそういう事か!分かったファンクラブは解散させて信者として・・」


「問題はそこじゃなくて、作戦の為に士気を上げるのは構わないですが、その恥ずかしい神官着を着るのは絶対に嫌です、確かに皆さんのお蔭で神聖魔法が使える様になったのは事実です、ただファンクラブが布教活動になっているのかは不明ですが」


レアンはリーナの話を聞き終わると頭を掻きながら。


「隠れリーナファンも動員すれば相当な数の信者が見込めコロシアム辺りでコンサートと握手会でもすれば・・」


レアン(と肉まん)の意味不明な独り言をスルーしながら


「自分の神官着でなら了承します」


レアンは妄想を止めると残念そうに。


「士気を上げる件はOKとして・・新しい神官着の件は親父に話してみる」


「国王に話すって」


リーナは突然出てきた国王の名前に驚いているとレアンがため息交じりに。


「今回の戦いは負ければ終わりだから親父もリーナに縋りたいんだよ・・だから特注品でこの神官着を職人に徹夜で作らせてだな・・そしてファーシェの全国民の為にも・・ふぅー・・分かったリーナが嫌なら親父を説得してみる」


「分かりました、着ればいいんでしょ着れば、ただし魔法は人数も多いからヒールかリフレッシュくらいしか出来ないから、そう国王にお伝えください」


笑顔で小さなガッツポーズをするレアンを他所目にリーナは顔を膨らませていた。



これから数時間後、紅白のトリに出てきそうな派手な舞台セットの前でセクシーな神官着を着たリーナが兵士の前で奇跡を起こしていた。



後日談だが新しい神官着の露出度を大幅に上げたのはレアンであり、後にレアン国王の名言にもなった言葉がある。


「兵士の士気は露出度に比例して上がる」と・・

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