狂える類人猿 Ⅲ

 一人っ子ゆえに留守番をする時は当然一人で、話したり遊ぶ相手となる兄弟姉妹もおらず入院中も病室でもぼうっとしている俺を見て母はあわれに思ったのか、かねてから欲しいとわめいていた青い電子液晶ゲーム機を少し無理をして買ってくれた。


 公開後に海外のビルの建築基準法が書き換わるほどに大ヒットした、配線から出火したビル大火災の映画がモチーフなのだろうか。燃えさかるビルから人が飛び降りてくるのを救急隊員を操作して担架たんかで受け止め、バウンドさせつつそのまま乱暴に救急車に次々と放り込んでいく、そんな内容のゲームだ。難しくなってくると複数人が落下してくる。それをお手玉よろしく、トスしながら救急車まで運んで放り込む必要が出てくるとてもよくできた代物だった。


 それをテケテケと遊んでいた時期にくだんのパン屋兼洗濯屋にあの一角が出来て、加速度的にゲームというものが身近になって来た。漫画とテレビまんがやゲームのことしか頭にない子供になるのは致し方のないことだった。


 そんな俺がまだ残っている小銭を手に、明くる日の午後にヒゲとゴリラに挑まんと例の場所へ向かうと既に人が付いていた。


 年上のお兄さん達、と言い表わせば良いのか。何歳か歳上に見受けられる子供お兄さんらがヒゲを操作しゴリラに挑んでいた。そして遊んでいる子供お兄さんのうちの一人に順番が回ってくると、その子はとんでもないプレイをしてみせた。


 始まって即、右端まで走り二本目の梯子はしごを登る。梯子を登り切った直後なのでヒゲは背を向けたまま静止している。その状態で少し右にズレたかと思うやいなや進行すべき方向とは真逆、落ちたらヒゲが死ぬ高さを飛び降りた。


 きっとこれをそれほど遊んだことのない子が遊んだのだ、だから道理にそぐわない操作をしてしまったのだろうと思った。自殺だと思った。当然ヒゲは死ぬと思った。


 だが、ヒゲは下の段の鉄骨に叩きつけられずに鉄骨を通り抜けて落下音と共に画面下に消える。直後に最上段の更に上、女性が助けを求めているその場にヒゲはいた。ゴリラが女性を再び脇に抱えて慌てて更に上へと梯子を登り、画面外へと消える。


 面開始のメロディと共に50Mメートルの文字とあの挑戦的な表情のゴリラが二匹表示される。すぐに画面が切り替わり、ベルトコンベアに何かが入った皿が乗せられて流れてくる面が始まる。


 なんだ今のは!?


 初めて見る”おかしな現象”に言いようのない興奮を覚えた。


 子供お兄さん達はそれを”ワープ”と呼んでいた。

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