狂える類人猿

 身体があまり丈夫ではなかった俺は風邪を悪化させて肺炎を起こし、入院を余儀なくされることが度々あった。


 今回で何度目の入院だったか。総合病院の病棟で西日の刺さる角部屋を割り当てられ、そこで昼は近くや遠くを走る車やバイクの音を聴き、夜は窓から繁華街の高層とは言えない高さのビル最上階に設置されていたネオンをぼんやり見つめて一日が極端に長く感じる日々を点滴を打たれながら過ごした。


 病室にある時間貸しのテレビを点けてもテレビまんがの再放送か絶賛放映中のもの以外に興味がある年齢でもなく、子供向け番組のゴールデンタイムとでも呼べる時間が終わると見向きもしなかった。


 そんな日々からようやく抜け出して家に帰ると、久しぶりの部屋の匂いに鼻孔が反応した。しばらく帰らないと自分の家や部屋の匂いも忘れるんだなと今回が初めてのことではなくとも少しショックを受けた。


 退院した翌日の昼に近所のパン屋兼洗濯屋の前を通りかかると、見慣れていた筈の風景に異変があることに気づいた。店主やその家族が停めていたバイクや自転車のスペースが綺麗に掃除されて何も置かれていない状態になっていたのだ。その異変の理由はその日の夕方に判明する。


 夕方に通りかかり、目をやると掃き清められたスペースに縦長の箱のような形のものが二つ設置されていた。既に電源が入っていて子供が数人かじりついていた。勿論、それが何かは知っていた。しかし自分の家の近所に置かれるだなんて思ってもみなかったのだから、興奮の余り駆け寄ってしまう。


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 この頃はテレビビデオゲームというジャンルの熱気が高まるにつれてさらなる利益を求め、パイを広げようといたる所に設置されるようになってきていた。イカタコで需要の創出・拡大に成功を収め産業として業界は格段に成長を果たし、もはやゲーム場ゲームセンターやバー、喫茶店やデパートの屋上でしか遊べない”特別な遊び”ではなくなってきていた。


────


 画面を覗き込むとそこには鉄骨の上を走り、障害物を飛び越えるオーバーオールに大きな鼻、帽子に髭といった記号で構成されたキャラクターが最上段に居る女性を救助に向かう映像が映し出されていた。


 助けを求める女性の傍らには大きなゴリラ。有名な洋画を彷彿とさせる構図だった。鉄骨を登っていくというシチュエーションが、「ほうれん草を食べると強くなり大男をぶっ飛ばす、腕にいかり入れ墨タトゥーをしたくわえパイプの海兵」が主人公の海外のテレビまんがの中から、ある一話を切り取ったようなシチュエーションなのもあり一層興味が湧く。


 興奮を覚えながら画面を覗き込んでいると頭を小突かれた。

「退院早々にお前って奴は。もう遅い、帰るぞ。」

親父だった。

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