喫茶店と宇宙 Ⅱ

 宇宙との邂逅かいこうさえぎったナポリタンは手ごわかった。

ナポリタンをまずは攻略しなければその下に広がる宇宙で未知なる生物と戦えない以上、ナポリタンを攻略する必要があった。だがこの時の俺はこの未知の宇宙生物と戦わなければならない使命感と戦意に満ち満ちるあまり、せっかくの店のナポリタンの味など当然わからなかった。


 ナポリタンは決して嫌いではない、むしろ好ましい料理だったがその下に広がる宇宙には圧倒的に負けていた。ナポリタンを攻略しながら「お母さん、やりたい」と母に告げると、食べたらねと言ってくれた。内心安堵あんどしつつもナポリタンの皿の端から見える宇宙が気がかりで仕方がなく、なんとかナポリタンを攻略して気もそぞろに勝利のオレンジジュースを口にしていると母は百円玉を渡してくれた。またお父さんに変なもの教えられて、と苦笑いしつつも。


 イカタコで学んだ”作法”に乗っ取り、投入口へ百円を入れ”始まるボタン”を押す。


PLAYER 0NE


 何と書いてあるのか読めない英語とともに戦いの始まりを告げるジングルが流れる。直後、画面下部に砲台が現れる。ドゥーンドゥーンと敵の息づく音。すべて撃ち落とせばいいのはイカタコで既に理解している以上、じっとはしていなかった。即座に敵の群れに一番槍を撃ち込む。命中と共に敵のゴロニャーゴ、ではないがそれに似た断末魔効果音が鳴ったタイミングで今度は敵の群れから一匹が群れを離れてこちらへ降下してくる。降下してくる事自体は先のデモンストレーション画面で学習済み、想定の範囲内だ。だが、迎撃せんと発射した弾丸は空を切る。降下してきた敵が画面の一番下まで行くと画面の一番上から現れて群れに戻った。次、また次と群れを離れて砲台を破壊せんと降下してくる敵。次第に射撃のタイミングが合ってくる。

そしてついに”一番偉いやつ”が護衛二匹を引き連れて降下してきた。ベクトルのきいた、垂直ではなく斜めに降りてくる針状の敵弾がばら撒かれる。敵弾が壁となり、避ける方向が敵の降下してくる側へ制限される。なんとか降下してくる三体のうち護衛一匹を撃ち落として開いた隙間をすり抜け、体当りされる最悪の事態だけは回避した。何度かの敵との戦闘で数を減らした敵は必死さを増し、ひっきりなしに降下を繰り返すようになる。

最終的にはわずかに残った敵が画面上を飛び回り続けたが、最後の一匹を撃ち落としてまずは最初の勝利を飾った。


 画面右下に表示されている旗が一本増え、すぐに新しい軍団が表示される。敵の攻撃は熾烈しれつさを増し、すれ違うと見せかけてそのまま下からぐるりと回り込んでくるフェイントまで使ってくるようになり、最終的にはそれに面食らってやられてしまった。


 それまでの単色ではない色彩に富んだ美しい映像、刺激的なサウンド。バックに流れる明滅する星の数々。宇宙で戦っているという実感があった。赤、紫、緑の敵を殲滅せんめつしたかった。あの”一番偉いやつ”を理想的な形でやっつけたかった。この日を境に勝利への欲求が俺の中で芽生え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る