喫茶店と宇宙

 幼少のみぎりにあれだけのものを見せられたし、それをやりもした。

以来、がれるのも仕方がないことだったしチラシの裏にイカタコの絵を描いたりも当然した。お気に入りは隊列最下段の長方形型の敵だった。


 あれからしばらくして、親父と一緒に髪を切りに行くいつもの床屋の順番を待つ席にまでイカタコが置かれるようになった。そこではそれが行儀の良いことだと思ったのだろう、つとめて興味を剥き出しにはしないようにしていた。イカタコを置いたばかりで機嫌が良いのか床屋の店主が君にも遊ばせてあげようか、と”始まるボタン”さえ押せばすぐ遊べる状態にしてくれたりもした。数回遊んだ後に店主が笑顔でどうだった?と俺の反応を見たいのか聴いてきた際にはただ一言、おもしろかったとだけ言うような外面そとづらが極めて面白くない子供だった。

イカタコをぼんやり眺めていたら程なくして散髪の順番が回ってきて髪を切り、店を出たその数日後にさらなる衝撃が待っていた。


 両親のふところ具合がよかった月末だったのかは今となっては定かではない。母は昼間から外でご飯を食べよう、と俺を商店街へ連れ出した。


 入ったのは商店街の中ほどにあった大きなオレンジ色のネズミの看板が目立つ喫茶店だった。当時の流行りなのか、天井から植物の入った鉢を吊るしているような店。通された席のテーブルがイカタコなどが入っているそれなのはすぐに見て取れた。

席に座るその段になって目の端で見ても判る程、モノクロの画面にセロハンを貼っていたイカタコよりもずっと色彩に富んだ美しい映像が網膜に訴えかけてくる。パッと見でイカタコと同じようなルールのものであることはすぐ理解できる絵面えづら。赤、紫、緑の敵。隊列を組んだ軍団の更に上部には形状の異なる、何かしらの生物的な目のついた敵ではなく小洒落た黄色いコマのような形の敵。ひと目見て子供にもヒエラルキーが理解できた。ああ、こいつが敵の中で一番偉いやつなんだと。


 もうその時点でテーブルの対岸に居る母の話なんて話半分にしか聴こえてなんかいなかった。注文が来るまでの間、それのデモンストレーション画面を食い入るように見入っていた。イカタコとは決定的に違うものに心を奪われていたのだ。敵が能動的に降下してきたり一番偉いやつが護衛を引き連れて襲いかかってくる来ることも充分に衝撃的だったが、何より目を奪われたのが背景の存在だった。


 色とりどりのドットで描かれた星が明滅しながら流れている。

ただそれだけ。ただそれだけなのにも関わらず、画面の奥への無限の広がりを感じずには居られなかったのだ。

その流れ行く星を飽きずに眺めていたその時、不意に無限の宇宙が映し出されている画面が遮られた。オレンジジュースとナポリタンだった。

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