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「これから出かけるが、夕刻には戻る。一緒に食事をどうだ?」
はい、と言いそうになって、ローズは少しためらった。
もう十分、レオンには近くで接してしまった。今日だって、ほとんど素顔を合わせてしまったのだ。これ以上レオンと親しくなるのは、後々ベアトリスと入れ替わることを考えるとあまり好ましくない気がする。
「また倒れてはいけませんので、わたくしはこちらで」
目をそらして言うと、そうか、とだけ聞こえた。あきらかに落胆を含んだその声音に、ローズの胸がちくりと痛む。
「では、何か欲しいものがあったら遠慮なく言え」
そう言って、レオンはエリックと共に部屋を出て行こうとする。
「あの」
その背中を、思わずローズは呼び止めていた。レオンが振り返る。
「今日のお言葉、本当に嬉しかったです。あれは……あの言葉で、レオン様のお気持ちは十分に伝わりました」
小さい声で言うと、レオンは一瞬驚いたような顔をしてから、はんなりと笑んだ。それを見て、ローズも、ほ、とする。
「あれは俺の本心だ。忘れないでくれ」
「はい」
二人が出て行って扉を閉める瞬間、何かをエリックにささやかれたレオンが、顔を真っ赤にして動揺している様子がちらりと見えた。
本当に仲がいいのだな、とローズは微笑ましくその姿を見送る。
「もう昼を過ぎています。何か召し上がられますか?」
ローズの毛布を直しながら、ソフィーが言った。
「そうね。お願いするわ」
「では、すぐに用意いたしますね」
ソフィーが出て行って一人になった部屋で、ローズはぱたりとベッドに仰向けになった。
(私も、お嬢様といる時はあんなふうに見えたのかしら)
先ほどのエリックとレオンの様子を思い出して、ローズはぼんやりと考えた。
大概怒っているのはローズだったから立場は違うが、二人の姿を見ているとローズはベアトリスが懐かしく思い出される。
身代わりを終えることよりなにより、今はただ、ローズはベアトリスに会いたかった。
(お嬢様……どこにいるのですか……)
なんだか寂しくなって、ローズはそっと目を閉じた。
☆
その夜、夕食の後で、ローズはソフィーと部屋を抜け出した。二人で誰にも見つからないように庭を抜けて、離れにあるサロンの扉をあける。
午後はずっと部屋でおとなしくしていた。すっかり元気だから、と言っても、レオンにも安静にしているようにと言われたから、と、部屋から出ることをソフィーが許してくれなかったのだ。
(お嬢様も、あんな風に息苦しい気分でいたのかしら)
常に見張られている生活は息がつまる。いっそのこと床掃除でもさせてもらった方が気が楽だったが、そういうわけにもいかない。それでローズは、ここにあった楽器を思い出したのだ。
『ねえソフィー、今夜、サロンの楽器をお借りしてもいいかしら』
二人だけになった時に、こっそりとローズは聞いてみた。
『今夜ですか。でも、お倒れになったばかりですのに、あまりお疲れの出るようなことは……』
やはりソフィーはいい顔をしなかった。
『もう私は元気だし、少しだけだから』
しばらく考えていたソフィーは、やがてうなずいた。
『わかりました。けれど、私も一緒にまいります』
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