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「……あら?」
ローズが目を覚ましたのは、自分の部屋のベッドの上だった。
「お気づきになりましたか?」
ばたばたと動く気配がして、誰かが部屋を出て行ったようだ。ソフィーが寝ているローズを覗き込む。
「私……?」
「ウェディングドレスのご試着中に、お倒れになったのですよ。ご気分はいかがですか?」
「……ああ……」
今のローズは、ドレスではなく薄い寝衣を着せられていた。
倒れた理由を思い出して、またローズの頬が熱くなる。
(ああいうのお嬢様は何て言ってたかしら……ええと、そうだわ、天然とか)
もとが素直な性格だけに、飾らない言葉にはえも言われぬ迫力があった。いっそ、人まねをしていてくれた方が被害は少なかったかもしれない。
(あの言葉はぜひお嬢様に言ってさしあげて欲しいのに……私が倒れてどうするのよ)
あくまでローズはベアトリスの身代わりに過ぎない。だから、レオンの言葉もすべてベアトリスにむけたもの、とローズは必死に自分に言い聞かせる。なのに、まだ胸の動悸が収まらない。ローズはベッドの中で甘いため息をついた。
(お嬢様……レオン様は素敵な方です。きっと、あなたは幸せになりますよ)
「意識が戻ったのか?!」
ローズが体を起こしてソフィーに水をもらっていると、勢いよく扉が開いてレオンが入ってきた。
あられもない姿だったローズは、とっさに毛布を胸までひきあげる。
「お静かに。レオン様が騒ぐと奥様のお体に障ります」
後ろで止めているのは、エリックだった。
「だが……!」
「また奥様が倒れたらどうするのです。ほら、驚いているじゃないですか」
レオンは、ベッドの上に体を起こしているローズに気づいて、心配そうな目を向けた。
「大丈夫なのか」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「そうか。……よかった」
穏やかなローズの顔を見て、レオンはようやく安堵したように息を吐く。
「すみませんね、奥様。何かレオン様が失礼なことでもしましたか?」
からかうような執事の言葉に、ローズは微かに顔を赤らめた。
「いえ」
その様子を見て、エリックはけげんな顔をレオンに向けた。
「レオン様?」
するとレオンも顔を赤らめる。
「ほ、本当だ」
「ほおおお」
薄目になったエリックが、にやりと笑った。
「まあ、そういうことにしておきましょう。何にしろ、レオン様がいつものレオン様に戻られたのは良いことです。……奥様のおかげですね」
そう言うと、エリックは意味ありげな視線をローズに送ってきた。ローズが何を返す間もなく、すぐにその視線はそらされてしまう。その横顔が、微かに笑んでいるのがローズの視界に入った。
「さあ、顔を見て安心したのなら、お仕事に戻りますよ。まったく、奥様のことが気になって仕事が手につかなかったんですから」
「ありがとうございました。でも、もう大丈夫ですから」
「なぜ倒れたのか、原因はわからんのか? 必要なら、すぐに医者を呼ぶぞ」
「大袈裟ですわ。このまま休めば元気になります」
まさかレオンの言動でぶっ倒れたなどとは、本人には言えない。
「結婚式も近いですから、奥様も緊張されているのでしょう」
ローズの手からコップを受け取りながらソフィーが言った。
「今は大事な結婚式を控えた身だ。まずは、自分の体調を大事にするがいい」
少しかがんだレオンが、ローズの髪に触れた。普段はまっすぐなローズの髪は、編み込みを解いたせいで、いくぶん波打っていた。その波をレオンはふわりと撫でる。ローズは瞬時に鼓動が跳ねたが、レオンのしたいようにさせておいた。
(暖かい手。お嬢様とは違う、大きな……)
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