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『わたくしは一人でも大丈夫です』
『そういうわけにはいきません。奥様が一人でいる時にお倒れにでもなったら、大変な事ですから』
真面目に言う姿に、ローズは以前の自分の姿が被って見えた。
(気持ちはすごくわかるしありがたいけれど……なるほど、お嬢様からはこういう風にみえていたのね)
ソフィーの気持ちも痛いほどによくわかるローズは、結局二人でサロンへと向かったのだ。
掛けてあった布を外してハープを抱え込むと、ぽろん、と弦をつま弾く。体を動かすわけではないが、楽器をならすことはローズのストレス発散に役立った。
「お屋敷で練習している時は、ばれないようにと必死だったのにね」
誰にともなくつぶやいて、ローズは曲を奏でた。ソフィーは目立たないようにサロンの隅にひっそりとたたずんでくれている。
しばらく夢中で弾いていると、いつのまにかそのハープの音にトラヴェルソの音が重なっていることにローズは気づいた。
(まただわ)
気づかないふりをして、それからローズは数曲を弾いた。驚いたことに、そのどの曲にもトラヴェルソは合わせてくる。ローズが得意な曲も苦手な曲もちゃんとローズの力量に合わせて吹けるのは、吹き手がかなりの技量を持っている証拠だ。
(優しい音……)
その音は、ローズの音に沿っているようにも包み込んでいるようにも聴こえた。ローズは、まるで手に手をとってダンスを踊っているような感覚を覚える。
ふと気づくと、隅にいたソフィーがそわそわとサロンの外を気にしている。彼女も、トラヴェルソの音に気づいたのだろう。
そのうちソフィーは、たまらなくなったようにサロンの外へと出て行ってしまった。
(ソフィー?)
ハープを片付けると、ローズも庭へと出た。するとソフィーが、いまだあたりを見回して何かを探していた。庭にでてきたローズをみつけると、あわてて戻ってくる。
「無断で離れてしまい申し訳ございませんでした。お部屋にお戻りになられますか?」
「ええ。それより、ソフィーにも聴こえたのね」
は、とソフィーが、顔をこわばらせた。その表情で、ローズは気づいた。
「もしかして、今のトラヴェルソを誰が吹いていたのか、知っているの?」
ローズが聞くと、ソフィーは戸惑ったように視線をさまよわせた。
「どうでしょう……お二人ともよく似た音でしたので……」
「二人? でも吹いていたのはお一人よね。以前にも同じようなことがあって、どなたなのかと気になっているの。よかったら、教えてもらえないかしら」
「以前にも? それは、奥様がこちらでハープをお弾きになっていた時の事でしょうか?」
「ええ、そうよ」
ローズの答えを聞いてしばらく考えていたソフィーは、顔をあげるとたおやかに微笑んだ。
「吹き手の事に関しては、おそらく、奥様も近いうちにおわかりになると思います。決してあやしい者の仕業ではございませんのでご安心ください。では、お部屋へ戻りましょう」
それ以上はソフィーは何も言わず、ローズをとっとと部屋へ押し込んで戻ってしまった。結局、ローズにとって、トラヴェルソの主はわからないままだった。
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