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「ななななななにかご用ですか?!」


 動悸を押さえるのに必死で、主に断りもなく勝手に部屋に入ってきたことについて怒るべきであったことには、ローズは考えが及ばなかった。


 そんなローズを見て、レオンは片方の眉をあげる。





「なぜそんなに驚く。部屋に入る時に声をかけただろう。何をしていたのだ?」


「見ればお判りになるでしょう。荷物を整理していたのです」


 ローズは、伯爵家から持ってきた荷物の荷解きをしていた。





 結婚式までは、ベアトリスは婚約者とはいえまだ客人の立場だ。ここがベアトリスの仮の部屋となる。これから結婚式までの間に、彼女の道具などは大急ぎで運び込まれその準備が進められるのだ。


 ローズはあわててまたベアトリスの仮面をその顔にはりつけた。背筋を冷や汗が流れ落ちる。





「わたくしは忙しいのですけれど」


「そんなこと、メイドにやらせればいい」


「……自分の物を他人に触られるのが嫌なのです」


「ではなぜ、自分のメイドを連れてこなかったのだ? 確か連絡では、侍女が一人ついてくるはずだったのだが」


 う、とローズは言葉につまる。





 もともとローズが一人だけ、一緒にカーライル家に入る予定だった。カーライル家は、国でも指折りの名家であり、当然、使用人の数もリンドグレーン家とはけた違いだ。新妻となるベアトリスにも、専用のメイドがカーライル家で用意されている。そこにベアトリスの家から何人も侍女を連れて行くわけにはいかない。





「急な用事が入りましたの。結婚式までにはまいります」


 ひやひやしながらローズはレオンと言葉を交わす。


「ああ、お前の伯母を迎えにいっているのだったな」


 ローズが何も言わなくても、レオンは勝手に納得してうなずいた。


 本来ならこの場には侍女だって、なにより花嫁の両親のリンドグレーン伯爵夫妻だってそろっているはずだった。ローズが一人でここへ来る羽目になったのはひとえに、関係者総出で秘密裡にベアトリスを探索しているためだ。








『頼む、ローズ』


 館の中にすでにベアトリスの影も形もないことを知ったリンドグレーン伯爵は、ついに途方に暮れてローズに言った。


『私たちで、なんとかベアトリスを探し出す。だから、先にベアトリスとして公爵家に行っていてくれ』


 ベアトリスは知られていないつもりだったが、とっくに娘の身代わりなど身内にはバレているのだ。





『む、無理ですよ! だいたいお迎えはもう着いちゃっているんですよ? 旦那様だって行かないわけにはいかないではないですか』


『だからこそ、その迎えを手ぶらで帰すなどということはできないのだ! 私たちのことは、結婚式に出席予定だった伯母が体調を崩して私が妻と一緒に迎えに行かなければならなくなったと、公爵には伝えておく。結婚式まではあと十日。その十日の間に、なんとかトリスを探し出す。それまで公爵家でお前がトリスのふりをしていてくれ』


『伯母様って、クリステル様はとっくに……』


『おはよう、トリス!』


 ちょうどその時、部屋の扉が勢いよく開いて件の本人が現れた。

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