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「急なお話だったので、わたくしも少し動揺したのですわ。そのお話、謹んでお受けいたします」


「明後日には公爵家から迎えが来る。全ての支度は公爵が手配してくれた。お前はただ、楽しみに待っておれ」


 明後日?! とローズは息をのみ、ベアトリスは短い沈黙のあと、はい、と小さく返事をした。ベアトリスが立ち上がったのを機に、二人は伯爵の部屋を辞した。








「お嬢様」


 きびきびとした足取りで部屋へ戻るベアトリスの後を、ローズは心配そうについて行く。


「なあに、ローズ」


 思いの他しっかりした声でベアトリスは答えた。だが、前をむいたままのその表情は見えない。





「あの……」


「大丈夫よ。私だって、伯爵家の娘ですもの。いつかこうやってお嫁に行くことはわかっていたわ。ただ、本当に急だから驚いただけよ」


 淡々としたベアトリスの言葉に、ローズはうつむいて唇を噛む。


「明後日……急すぎます。それでは準備も何も……」


「やっぱり、ローズも知らなかったの?」


「はい。私も驚きました」


「そう……」


 振り向いたベアトリスは、不安そうなローズに向かってにっこりと笑った。





「覚悟はしていたけれど、心細いことには変りはないの。ローズ、私と一緒にカーライル公爵家に行ってくれるかしら?」


 それを聞いて、ローズは、ぱ、と顔をほころばせる。


「もちろんです! 私はいつまでも、お嬢様のお側におります」





 身代わりなどで振り回されることも多いが、ローズはベアトリスが好きだった。


 キッチンメイドから令嬢付きの侍女になって、ローズの待遇は劇的に変わった。それだけでもローズにとってはありがたいことだったのに、ベアトリスは身分の低いローズにもまるで家族と同じように接してくれた。面白がって自分の服をローズに着せては人形のように着せ替えを楽しんだり、具合が悪そうなら心配してこっそりと自分用の高い薬を飲ませてくれたり。


 ただの主従関係を越えて、ローズはベアトリスを本当の姉のようにも友達のようにも慕っていた。





「ありがとう。嬉しいわ」


 微笑んだベアトリスに、ローズも満面の笑みを返した。





 思えばあの時にはもう、ベアトリスの頭の中にはこの計画があったのだ。


 まさか、公爵家から迎えが来るという日の朝に、失踪するとは。


 その日、早くから仕度をしなければといつもより早めにベアトリスを起こしに行ったローズが見たものは、





『駆け落ちします』





 と一言記された手紙だけだった。





「お嬢様―――!」





 はしたなくもローズが叫んだことを、誰が責められようか。











 ベアトリスの事だから、伯爵から結婚の話を聞いたときから綿密に今回の逃走を画策していたに違いない。


 しかし、よりにもよって駆け落ちとは。ローズが思い当たるのは、街中で会ったという素性もしれない商人の男だけだ。ベアトリスの地位を知っているのなら、もしかしたら財産目当てなのかもしれない。


 つくづくローズは、その男の身元をはっきりさせておかなかったことを悔やんだ。ダメだと言われても、一度その男に会っておけばよかった。


 それとも。





「もしかして、結婚を嫌がるほど本当に好きだったのかしら……」


「何がだ」


 独り言に答えが返ってきて、油断していたローズは思わす声を上げて驚いた。あわてて振りむくとそこにはなぜかバラの花束を抱えたレオンが立っている。





 ローズがいたのは、カーライル家に用意されたベアトリス用の客室だった。

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