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『いい天気でよかったわね。トリスに似合いそうな帽子を持ってきたの。どう、これ? 素敵でしょ? もうすぐ出立の時間よね。なんなら私がドレスも選んで……トリスは?』
きょとんと帽子を手に伯爵とローズを交互に見つめるのは、リンドグレーン伯爵の姉、クリステルだ。
銀に近い金髪を優雅に結い上げて背筋を伸ばしたところは、ベアトリスの印象と非常によく似ている。
自由奔放に生きてきたクリステルは、早く結婚しろとの周りの意見もまったく聞かずに何人もの貴族と浮名を流した挙句、誰にも嫁がないまま歳をとってしまった。今でも変わらないその美しさは、若い頃はどれほどだっただろうかと見る人にしばしばため息をつかせるほどだ。
今は、田舎の方にある伯爵家の一部をもらい受けてそこの領主を務めている。
ベアトリスが伯爵令嬢らしくない奔放さで生きているのも、この伯母の影響が大きい。子供のないクリステルは甥姪たちをとてもかわいがっていたが、とりわけベアトリスはお気に入りで、『結婚するくらいなら私の養女に』とずっと狙っていたのだ。ベアトリスも半分くらいその提案を受け入れていたが、リンドグレーン伯爵はとんでもない! とまったく相手にしなかった。
ちなみに、クリステルも事前にこの結婚を知らされており、昨日馬車一台分のお祝いの品をもってすでに伯爵家にやってきていた。
自分の養女とならなかったのは残念だろうだが、彼女が良い家に嫁ぐことが決まったことを、クリステルは心から喜んでいた。
リンドグレーン伯爵がクリステルに事の次第を説明すると、彼女は豪快に笑った。
『駆け落ちですって? 素敵! トリスったらやるわね。この私ですら、駆け落ちなんてしたことないのに』
『笑い事ではありません、姉上。もう公爵家の迎えは来てしまっているのですよ? いまさら娘はおりませんでは、我が家の面目が丸つぶれです。とりあえずはこのローズを身代わりにして公爵家に送り込み、至急トリスの捜索を……』
そこでローズは、ちぎれんばかりに首を振った。
『だからっ! 無理です、旦那様! いつもの顔も見せない家庭教師や客人とは違うのですよ?! 婚約者様に、もしもバレでもしたら……!』
『大丈夫。お前ならきっとやり通せる』
なぜそう思う。
絶望するローズの肩に、クリステルがげたげた笑いながら、ぽん、と手をおいた。
『今までみんなをだまし続けた罰だと思って、がんばんなさいな、ローズ』
『やりたくてやっていたわけではありませえええん』
半泣きになったローズの目を覗き込んで、存外優しい表情でクリステルは言った。
『トリスのことだから、ちょっとからかっているだけよ。きっとすぐに戻ってくるわ』
『本当にそう思います?』
すがるように聞いたローズの問いかけを、クリステルは笑顔で無視した。
『まあ、なんとかなるわよ。がんばってね』
根拠のない励ましを受けて、あれよあれよという間にローズは無理やり迎えの馬車に乗せられてしまった。
ぼんやりとそんなことを思い出していたローズに、レオンが声をかけた。
「侍女の一人もいないのでは何かと不便だろう。伯爵家のその侍女が来るまでの間、うちのメイドを何人かつけよう」
そう言ってレオンは、持っていたバラの花束をローズの手にどさりと渡した。重くはあるが、すべての枝から棘がとってあるので持っていても痛くはない。
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