第5話 再会



 アイナによって、獣人の眷属となった翌日。

 元の人間に戻った俺は、学園で軽く尋問を受けていた。


「お、お前! アイナさんと会ったのか!?」


 ライオスが興奮気味に言う。

 どうやら――あのアイナという少女、学園でも相当有名な人物だったらしい。


 その立ち位置は一言で言うと、剣姫と同じだ。

 実力と、見た目に惹かれる者が多いのだ。


「獣人たちの間では崇拝されてるよね。家柄は普通みたいだけど、ほら、獣人って基本的に実力主義だから。アイナさんは実質、この学園にいる獣人たちのヘッドみたいなものだよ」


「ああ、だからアイナさん・・か……」


 同級生なのにやたらと「さん」つけで呼んでいるかと思ったが、どうやら畏怖を込めているらしい。


 確かにアイナの実力は高かった。先日も自分自身で「私は他の獣人よりも強い」と言っていたが、それも納得の強さである。並の魔物では彼女に傷をつけられないだろう。


「わかったぞ、ケイル! お前の能力が!」


 ライオスが言った。


「お前の能力は、【素質系・たらし】だ!」


「流石にそんな能力ないだろ」


「ていうかそれ、単にライオスが欲しい能力だよね」


 俺とエディが醒めた目でライオスを睨む。

 あと別にたらしていない。少しいざこざはあったが、友好を深めたわけではないのだ。


 その後、担任教師が教壇の前に立った。


「うむ。今日も麗しいな、エリナ先生は」


「お前、ほんと節操ないよな」


 腕を組んで頷くライオスに俺は言う。

 エルフの女教師であるエリナ先生は、今日も美しい金髪で男子生徒の目を釘付けにしていた。元々エルフは容姿が優れている種族としても有名であり、俺たち人間にとっては、エルフというだけで全て美人に見えてしまうほどである。ライオスが惚れ惚れするのも、理解できなくもない。


 クールビューティーと定評のあるエリナ先生の得意技は、眼光一つで教室の喧騒を収めることだ。エリナ先生がギロリと教室を見渡すと、それだけで生徒たちは着席し、唇を引き結んだ。

 そんな、麗しのエリナ先生の第一声は――。


「いきなりですが、今日は転校生がやってきます」


 生徒たちが唖然する中、教室の扉は開かれた。

 教室に入って来たのは小柄な少女だった。肩までかかる銀髪はふわふわにカールしており、瞳は紅に染まっている。


(おい、嘘だろ……)


 見覚えのある少女だった。

 少女は誰かを探すような仕草で教室を見渡した。その瞳が俺の方を向くと同時に、少女は微笑を浮かべる。


「えっと、クレナ=B=ヴァリエンスです! 見ての通り吸血鬼です! 家庭の都合で学園へ来るのが遅れました! これからよろしくねっ」


 銀髪美少女のクレナは、可愛らしい笑みと共に自己紹介を締めくくる。

 その仕草に一体何人の男子生徒が魅了されたであろう。転校初日にしてクレナは男子生徒の視線の釘付けとなった。


「お、おぁ……結婚してぇ……!」


「君、本当に節操ないよね」


 ライオスの発言に、エディが溜息をこぼす。


「ていうか……今、ヴァリエンスって言った?」


 エディが呟く。

 その疑問に答えたのは、エリナ先生だった。


「クレナさんの家系であるヴァリエンス家は、吸血鬼社会における貴族に該当します。もっとも、へイリア学園では学生を身分で差別しない決まりですから、特別扱いをする必要はありません。クレナさんも、この点に関しては同意していただけますね?」


「勿論です」


 クレナは微笑を浮かべて頷いた。

 どうやら――クレナは吸血鬼における貴族だったらしい。


 ヘリイア学園には、身分制度による上下の格差を持ち込まないという決まりがある。なにせこの学園には、あらゆる種族の生徒が在籍しており、更には権力者たちの 子息令嬢も少なくはない。外の社会と同じように身分制度を取り扱ってしまうと、学園の人間関係が混沌と化すのは火を見るよりも明らかだ。


 とは言え、貴族は教師の目を盗んで、なんだかんだ権力を盾に好き放題するし、平民も隙あれば貴族に媚びを売って甘い蜜を吸おうとする。エリナ先生の発言により、格式の高さを示してしまったクレナは、これから多くの生徒に媚びへつらわれるだろう。


(……関わらないでおこう)


 学園内で唯一の無能力者である俺は、ただでさえ悪目立ちする。俺とクレナに接点があると気づかれると、間違いなくやっかみを受けるだろう。


 エリナ先生に宛てがわれたクレナの席は、幸いなことに廊下側だった。窓際後ろから二番目を陣取っている俺にとっては、席が離れているため好都合だ。


 HRが終わると同時、クレナは早速、近くの生徒たちからの質問攻めにあっていた。


「ケイル、もしかしてクレナさんの知り合い?」


 不意にエディが訊いてくる。


「なんでそう思うんだ?」


「さっき一瞬だけ目が合ってたから」


「気のせいだろ」


 適当にあしらいつつも内心ではヒヤヒヤしていた。エディの観察眼は人一倍鋭い。多分、誤魔化しきれていないだろう。


 やがて、昼休みになった頃。


「――ケイル君!」


 件の少女、クレナが満面の笑みで声をかけてきた。

 教室に静寂が満ちる。俺自身、唐突な出来事に暫し口を閉ざした。


(……他人のフリでもするか)


 穏便にやり過ごしたい。できるだけ他人行儀な笑みを浮かべて応える。


「はい、なんでしょうか」


「? なんで敬語? この前は普通に喋ってたじゃん」


 どうもこの少女、俺と知り合いであるという事実を隠す気はないらしい。

 まあクレナにとっては別に隠す必要もないか。――いや、あるだろ。一昨日の出来事はどう考えても学生の手に余ることだった。あれを詮索されたくなければ普通、初対面を装う筈だ。


「……用件は?」


「よかったらこの学園の案内をしてくれない?」


 嘘か真か。一昨日の印象ではお世辞にも聡いとは思わなかったが、その笑みは作り物には見えない。


「あ、あの! もしよろしければ僕が案内しますが!」


「そうです! そんな落ちこぼれより、俺の方が――」


 上ずった声で、傍にいた男子生徒たちが言った。よく俺を虐めている生徒である。


「ごめんね。私、ケイル君に案内してもらいたいから」


 クレナが申し訳なさそうな声で謝罪した。

 また面倒なことになったなぁ――と、俺は深く溜息をこぼした。

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