第八編

サイフォンに潰れる炎は案外綺麗でいつまでも見てしまう。

見ると一言にいっても、それは視覚のみではない。

視覚が刺激され、聴覚も嗅覚も働き出す。


そこにあるものは炎ではなくなるのだ。

いや、一般的に言えばそこに炎はあるのだけれど。

そこにあるものが、ただの炎ではなくなる。

これが正しい表現だろうか。



コポコポと音を立てて混ざり合う。

芳醇な香りが鼻腔に広がる。

懐かしい香りに浸っていると差し出されるコーヒー。



私にはブラックコーヒーが苦過ぎて飲めないので、角砂糖を三個溶かす。

ミルクも貰って注ぐ。

最初からカフェ・オ・レを頼めば良いのだろうけど、これがこだわりだから仕方ない。



コーヒーに口をつけ昔を思い出す。

私がこの店に足を運び始めて何年になるだろうか。

初めて来た時は、私一人ではなかった。

若い頃の私にはコーヒーの味なんてものはまったく分からなかったのだけれど。

サイフォンの炎は私の心を掴むのには充分だった。



いつまでも見ていられるその炎は、まるで私の心を映しているかのようで。



通い始めた頃から変わらない大好きな想い出の炎。

願わくば、彼にまた逢えるその日まで。

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