第22話
明日は前夜祭――これが、おそらく最後の練習になる。
生徒会に正式認可をもらった部活やグループならともかく、飛び入りでゲリラショーをもくろむ時弥達に練習の場は残されていない。これまで使っていた屋上の期限は、今日までと事前に通達があったのだ。
最後となれば、やはり練習にも熱がこもる。
懸命に踊る四人の姿を見て、信太郎は悪くないと思った。技術的な面ではまだまだ至らない部分は多いが、素人のショーであることを思うと、充分に見れるできになっている。足を引っ張っていた時弥も、特訓以降はそれなりに合わせられるようになっていた。
問題があるとすれば、「結局体育館で練習できなかったな」
本番で立つ舞台の感覚を味わえなかったのは不安要素だ。裏方の信太郎にしても、舞台脇の様子を確認したかった。
「こればっかりはしょうがないよ。バレたらおしまいだもん」と、邦雄は肩をすくめた。
「そうだな……」
「ぶっつけば本番は、ちょっとこえーけどな」と、意外や意外正人が弱気な発言をこぼす。
「そうだな……」
「まあ、なるようになるだろ。考えたって同じだ」と、時弥は最後まで楽天的だ。
「そうだな……」
繰り返されるつぶやきを不審に思い、視線が一か所に集まる。まるで壊れたレコードのように、武史は同じことしか言わない。
「こいつ、どうしたんだ?」
正人が顔の前で手を振ると、武史は億劫そうに目を向けた。
「そうだな……」
「おいおい、本番が近いってのにどうしちまったんだ。プレッシャーで潰れちゃったのか?」
軽くつついてみると、グラリと体を揺らして、おきあがりこぼしのように元の位置に戻ってきた。今度は時弥に視線が向く。
「そう、だな……」
時弥達は顔を見合わせて困惑する。何が起きたというのか、まったくわからない。
一つ言えるのは、そんな自失状態であってもちゃんと踊れていたのだから、積み重ねた練習は無駄ではなかったということか。
「あっ、生徒会長だ」
ふと校舎下に目をやった邦雄が、ぼそりと見たままのことを口にする。複数人いるなかで一瞬にして判別するとは、かなり目がいい証拠だ。
武史もおずおずと下を覗き込む。ようやく自失状態から立ち直ったようだ。
「学園祭の看板か」
美術部制作の大きな看板を、協力して校門に運んでいる。どうやら生徒会と美術部だけではなく、運動部も混じっているようだ。
麻智指示の下、校門に看板が取りつけられる。飾りつけもはじまり、普段見慣れた校門の様相が、華やかに変貌していく。
「本当に、もうはじまるんだな……」
時弥が少々気の抜けた声でつぶやいた。
学校を覆う空気感は、すでに学園祭一色に染まっていたが、明確にビジュアルとして目にすると妙な感慨がわき起こる。時弥の思いつきからはじまった、ふざけた企画――長いようで短かった日々も、終わりが見えてきた。
「なあ、これから決起集会をしないか」
唐突な時弥の提案に、一同目を丸くする。
「決起集会って、何すんだよ。ファミレスでも行って英気を養うのか?」
「信太郎、そんな大げさなもんじゃない。金もないし……金もないし」
財布が寂しい時弥が選んだのは、学校の自販機だ。それぞれパックジュースを買って、乾杯しようということになったのだが――ニヤニヤした正人が、硬貨を押しつけてくる。
「えっ、なに?」
「俺の分も買ってくれよ。何にするかは、時弥のセンスに任せる」
いつぞやの仕返しのつもりなのだろう。
「なんで俺がそんなことしなきゃいけない。目の前にあるんだから、自分で買えよ」
あっさりと断った。
瞬間的に怒りが吹き出し、正人は怒髪天を衝いたが、すぐさま察知した邦雄がいさめて、どうにかこうにか事なきをえた。
落ち着きを取り戻したところで、パックにストローを刺す。甘ったるいバナナの香りが漂ってくる。
「ストロー刺す意味あるかな?」
「こういうのは乾杯して即一気飲みって決まってるだろ」
「いや、決まってないし」
武史の無粋なツッコミは無視して、時弥はパックを構えた。
「よし、乾杯!」
全員がパックの角をコツンと合わせる。同時に、黄色の液体が勢いよく飛び散った。
時弥が強く握りすぎたせいで、ジュースが吹きこぼれたのだ。びっしょりと濡れた手に、甘味飲料独特のベタつきが残る。
「おい、てめぇ何やってんだ!」
「あ、ごめん……」
時弥は素直に謝った。どこか呆けた表情で。
不審に思い信太郎が視線を追うと、ちょうど通りすぎていく女生徒の後ろ姿が目に入った。
はっきりと顔が見えたわけではない。でも、あれは会田秋穂ではなかったか?――信太郎の背筋に冷たいものが走る。
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