第18話
風呂上がりにパンイチで冷蔵庫をあさっていた時弥が、麦茶のポッドを手にして顔を上げた。
ちょうど部屋から出てきた麻智と目が合う。
露骨に不快そうな表情を浮かべたが、いつものように注意が飛んでくることはなく、それどころかわざわざコップまで渡してくれた。
普段ありえないやさしさに、警戒心がムクムクとわきあがる。時弥は身構えて、おそるおそるコップを受け取った。
「な、なに?」
「トキ、話がある。わたしの部屋にきて」
麦茶を一杯流し込んで、不安に怯えながら姉の部屋に入る。麻智は小学生の頃から愛用している、勉強机の椅子に座りスマホを見ていた。
ちらりと時弥に目を向けて、眉間にしわを寄せる。
「おい、服着ろよ」
「急いだほうがいいのかと思って」
「もう、いいや。とりあえず、これを見て」
渡されたスマホに映し出されていたのは、屋上で時弥達が踊っている動画だった。麻智が来た日に撮影したもののようだ。
助言のおかげで、ダンスは格段によくなっていた。ダンス自体ではなく、客側から見た印象がよくなっているという感じか。見せ方次第で、こうも変わるのかと時弥は感心する。
「姉ちゃん、ダンス得意だったんだな。信太郎がすごい参考になったって喜んでた」
「まあね。これでも創作ダンスの授業で、独創的だって褒められたことがある」
それは、本当に誉め言葉なのだろうか?――と、疑惑はあるが、あえて口にはしなかった。うまくいっているうちは、よけいなことを言わないほうがいい。
「で、これがどうしたんだ?」
「それ見て、何か気になることはない。よく見なくてもわかるはずだ」
「何かと言われても……ちょっとわからないな」
「明らかに、一人足を引っ張ってるやつがいるだろ」
苛立ち混じりの麻智の声に、時弥は苦笑してうなずいた。
「ああ、そういうことか。でも、これはこれでいいんじゃないかと思ってる。邦雄は愛嬌があるから、多少ズレてても――」
「違う!」と、即座に大声で否定される。「おデブちゃんじゃない。どう見てもあんただろ、トキ、足手まといは!」
そんなことは時弥もわかっていた。でも、わかるわけにはいかなかった。
ヌードショーの発案者である手前、巻き込んだ仲間に弱音を吐くわけにはいかない。できなくても不格好でもいいと、身をもって示さなければならないのだ。
「いまから特訓するよ」
「ハア?!」
いきなりの宣告に時弥の声が跳ね上がる。
「最低限見れるものになってもらわないと、わたしの沽券に関わる」
「姉ちゃん、なんで急にそんなやる気になってんだよ……」
麻智はわざとらしくため息をついて、芝居がかった大げさな動作で首を振ってみせた。
イラッときたが、顔には出さない。もちろん言葉にも。
「別に急じゃない。ずっと考えていた。あんたのせいで、わたしの生徒会最後の仕事はぶっ壊されるのが確定した。壊れるなら壊れるでいいとも思ったけど、どうせならいい形で壊されたい。中途半端なもので壊されるのは嫌なんだ」
時弥には理解しがたい理屈だ。でも、姉なりに生徒会長なりにいろいろと考えていることはわかった。
ありがたいような、ありがたくないような――弟としては複雑だ。
「そういうわけで、特訓するぞ」
「えー、特訓は明日にしない。俺、風呂入ったばかりなんだけど」
「そんなもん知るか!」
腕を引かれて無理やり連れ出されそうになる。夜中に家の中で踊るのはさすがに厳しいので、外にやるしかない。
「待って、姉ちゃん。せめて服着させてくれ!」
「いつも着ていろ!!」
この日夜遅くまで、時弥は団地の駐車場で踊らされるのだった。
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