第8話
「いろいろ考えたんだけど、こういう感じでいいんじゃないかと思ったんだ」
邦雄に加えて、武史も参加が決定した翌日の木曜日――メンバー全員を人気のない校舎裏に集めて、上機嫌の時弥は思いついたヌードショーの構想を発表する。
昨晩スマホとにらめっこしていて、たまたま目に入った動画がヒントになった。
早く言いたくてウズウズしている。が、「ちょっと待った!」いきなり水を差された。
時弥とは対照的な不機嫌で顔を塗り固めた武史が、鼻息荒く話を止める。
「俺は、まだやるとは言ってないぞ!」
「昨日言ってただろ」
「あ、あれは……生徒会長の手前、お前の顔を立ててやったんじゃないか……」
「つまり、言ったってことだよな」
武史は声を詰まらせて、わかりやすく動揺を目にあらわす。どうにか反論しようという意思は、膨らんだ鼻の穴に残っていた。
「言ったけど、本心ってわけじゃない」
「姉ちゃんは安易なウソが大嫌いだ。ウソだとわかったら、ぶん殴られたうえに説教されてまたぶん殴られるぞ」
「何回殴る気だ」と、信太郎が呆れ気味につぶやく。ツボに入ったらしく、太鼓腹震わせて邦雄は必死に笑いをこらえていた。
武史は何度も口を開くが、うまく声を吐けず息だけをもらした。落ち着きなくまばたきを繰り返して、焦りに囚われていることを教えてくれた。そんなに殴られるのが嫌なのだろうか?――と、よく考えなくても当たり前のことを時弥は考える。
「か、仮だ」かすれた声を絞り出して、武史は半ば懇願するように言った。「仮ってことにしておいてくれ。参加(仮)って感じで……」
その意図を計りかねた時弥は、ひとまずスルーした。先延ばしはお互い様なので、文句は返ってこない。
「とりあえず、これを見てくれ」
スマホに再生された動画を、額を突き合わせて見る。
耳馴染みはあるがタイトルは知らない洋楽が流れて、突然海外の街中で一人の女が踊り出す様子が映し出されていた。女の踊りに呼応して、次々と参加者があらわれる。最終的にはかなりの人数に増えた踊り子の後ろから、花束を持った男が登場し、ダンスを見ていた女性の前にひざまずく。男は花束を渡し、隠し持っていた指輪を彼女の左手薬指にはめた――プロポーズだ。
「フラッシュモブか」信太郎は首をかしげる。「これがどうしたんだ?」
「俺は最初ストリップみたいなものを考えていたんだけど、調べれば調べるほど、あれはハードルが高いことに気づいた。本格的なやつは難しいし、コメディ調にしたらスベッたとき大やけどしそうだからな」
ヌードショーの時点で大やけどだろうとは、わかりきっているので誰も言わなかった。
「そこで、こういうふうに陽気な音楽に合わせて踊りながら、服を脱いでいくのがいいんじゃないかと思たんだ。多少ヘタな踊りでも、ある程度は雰囲気で形になる気がする」
「素人ショーなら、わかりやすいほうが見てるほうもノリやすいからねぇ」
邦雄の前向きな意見に、時弥は目を輝かせて何度もうなずいた。
「でも、途中で脱ぐんだろ。ドン引かれないか」
武史の常識的な意見に、時弥は目を細めて何度か舌打ちを鳴らした。
「まあ、いきなり全部脱ぐんじゃなくて、段階を踏んでちょっとずつ脱いでいけば、演出ってことでごまかせるんじゃないかな。最後の一枚はともかく……」
「それだよ、さすが信太郎!」
さすがと言われた本人が、一番何が“さすが”なのかわかっていない顔をする。
時弥はもう一度同じ動画再生して、改めてダンスを見せた。
「じゃあ、やってみるか!」
「いきなりだな、おい」と、武史が言ったところで、時弥は聞く耳を持たない。結局時弥のペースに乗せられて、とりあえず見よう見まねで踊ってみることに。
その結果――見るにたえないひどいものだった。
立ち位置的にチェック役になっていた信太郎は、露骨に顔を歪ませて評価のほどを雄弁に語る。
比較的マシだったのは、一番乗り気でない武史だ。その巨体ゆえに体がついていかずテンポに遅れがちだった邦雄も、まだ見どころがあると言ってもいい。最悪なのが時弥だ。リズム感もへったくれもない。
「別のにしたほうがいいんじゃないかな……」
「いや、これでいこう。いい感じだった気がする」
どこからその自信がわいてくるのやら。客観性皆無のポジティブさで、時弥は続行を決定する。
「こ、これで――」ゼエゼエと肩で息をしながら、「いくとしても、ちゃんと」汗だくの邦雄はひざに手をついて言った。「踊りの振りを決めて、曲に合わせられるものにしないと」
「そこなんだよなぁ。裏方、どうにかできないか?」
「ダンス指導なんてできるわけないだろ」
「ネットで調べて、お手軽でそれっぽくカッコイイ感じのやつ作ってくれよ」
「ムチャ言うな。素人仕事でカッコよくなんてできるはずがない。ダンスかじったことがあるヤツを呼んでくるしかないぞ」
「それこそムチャだ。そんな知り合いいない」
武史を見ると、「右に同じ」と肩をすくめる。
「ダンス部の友達はいるけど……この企画には付き合ってもらえないと思うな」
意外と顔の広い邦雄が、もっともなことを言う。
我が校のダンス部は女子部員しかいない。ヌードショーのダンス指導に加わることないだろうし、ヘタをすれば告げ口されて計画自体潰される可能性さえある。個人的にダンス活動している男子がいないわけではないだろうが、いまから探し出して協力させるのは時間的に現実的ではないように思えた。
「やっぱり、自力でどうにかするしかないか――」
時弥は、踊ってみた。
改めてその姿を目にした武史と邦夫は、先ほどの信太郎と同じように顔を歪めた。
「おい、こんなとこで何してんだ?」
ふいに太い声が校舎裏に響く。一同の視線が集まった先には、険のある顔立ちをした男子生徒が立っていた。
「誰だ?」と、思わず口にした時弥に、武史が耳打ちで伝える。
「野球部の山里だよ。アグーと最初に会ったとき、いっしょにいただろ」
「そうだっけ?」
時弥は男の顔をまじまじと見て、首をかしげた。すっかり忘れている。
ポケットに手を突っ込んで近づいてきた男は、他には一切目もくれず、ぎこちない笑みを浮かべた邦雄の対面で止まった。
「アグー、こんなとこで何をしてんだ?」
今度は明確に、邦雄に対して同じ質問を投げかける。
「学園祭の練習だ。部外者は立ち入り禁止!」
答えたのは、時弥である。言いあぐねていた邦雄の代わりに応じたというわけではなく、自分勝手な理屈を反射的に押しつけたにすぎない。
「練習だと?」訝しんで目が細く尖り、同時に深いしわが眉間に寄る。「――って、お前、ウンコじゃねえか」
「失礼なヤツだな。初対面のヤツにウンコ呼ばわりされるいわれはないぞ」
どの口が言ってるのだと、ハナクソマン呼ばわりだった武史は思う。
「初対面じゃねえだろ。クラスは違ったが、一年のときいっしょに体育の授業受けてただろ」
「あら、そうだっけ?」
まったく記憶にない時弥は、目を丸くした。
またも武史が耳打ちで説明する。
「野球部の山里正人と言ったら有名人だぞ。一年の頃からエースで四番、弱小だったうちの野球部を県ベスト8まで引き上げた功労者だ」
「へえ、そりゃあすごい」
「すごくねえよ。いまは落ちぶれてホケツだ」
耳ざとく聞き逃さなかった男が、鋭い声で訂正する。語調が強く、威嚇のような自虐――あるいは、自虐のような威嚇といった感じだ。
他の面々は気後れするが、時弥はまるで臆さない。ウンコ扱いでさんざんバカにされてきたので、ヤンチャ系には慣れていた。
「それで、ホケツはなんの用だ?」
自称であるにも関わらず、ホケツ呼ばわりに、あきらかにイラッとした。一瞬にして 目じりが吊り上がる。
「お前に用はねえよ!」
腹に溜まった激情を解き放つように、太い声を吐き出す。
さすがに時弥も気圧され、顔をひきつらせて怯んだ。向けられた尖った視線の圧力に、足は無意識に後ずさる。
慌てて邦雄が割って入らなければ、どうなっていたことか。少なくとも割って入った邦雄の腹に追突されて、時弥が無様に転がることはなかったと思う。
「マサくん、何も聞かず学園祭まで待ってほしい。ぼくは自分なりにできることをやるつもりだ」
「なんだよ、そりゃ」
「だから、いまは何も答えられない」
邦雄の真剣な眼差しが、苛立ったホケツの感情を揺さぶった。大きな舌打ちを鳴らし、根負けして目をそらす。
そのままきびすを返して、ポケットに手を突っ込み去っていく。一度ちらりと振り返り、かすかに唇を震わせたが、声と呼べるものが耳に届くことはなかった。
ほっと胸を撫でおろした信太郎が、邦雄のたるんだ脇腹をつついてたずねる。
「あいつと、どういう関係なんだ?」
「リトルリーグでバッテリーを組んでたことがあるんだ。そのときから、何かと世話になっていて……」
土埃のついた尻をはたきながら立ち上がった時弥は、ふと視線を感じて校舎沿いの通り道に顔を向けた。
まだホケツがいるのだと思っていたのだが――
「うげっ、会田秋穂?!」
いつから見ていたのか、秋穂の姿があった。彼女は目が合うと、サッと校舎の影に隠れる。
偶然通りかかったのなら、目が合った程度で隠れる必要はない。何か後ろ暗いことがあるのかと、不穏なものを感じて背筋が冷たくなった。
時弥は言い知れぬ不安を振り払うために、とりあえずもう一回踊った。やっぱり不評だった。
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