第6話

 アクビをかみ殺しながら校門を抜けたところで、校舎脇の駐車場に姉の姿を発見した。

 腕組した偉そうな態度で、何やら生徒会の役員に指示を出している。どうやら業者が持ってきた、資材の数量を確認させているようだ。かかっていたブルーシートをはがして、木材やベニヤ板を人海戦術で数えている。


 手伝わされると面倒なので、当然声はかけない。見つからないように人影に隠れて、こそこそと校舎に入っていく。

 学園祭まで10日以上猶予があり、まだ校内に慌ただしい気配は感じないが、着実に迫っていることを改めて実感した。


「早く、なんとかしないとな」


 昨日はハナクソマンこと茂木武史の勧誘に失敗したが、諦めたわけじゃない。

 今日こそはと意気込んで登校早々時弥は隣の教室を覗いたが、残念ながら武史の姿はなかった。


 それならばと休み時間・昼休みと押しかけたが、これも無駄足。いつ見ても武史はいない。学校には来ているという話なので、休みのたびに姿をくらましているということになる。


「ひょっとして、俺はさけられてるんだろうか……」

「そりゃそうだろ。誰だってさける、できるもんなら俺だってさけたい」


 信太郎は辛らつだ。


「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」

「なんとかして捕まえて、地道に説得するしかないだろうなぁ」


 その機会は案外早く訪れた。

 急な腹痛に見舞わられてトイレに駆け込んだ時弥が、すっきりとして個室から出たところ、洗面所で手を洗う武史と出くわしたのだ。鏡越しにばっちり目が合う。 


「ハナクソチェックか、ハナクソマン」

「臭いウンコしてたのは、お前か、ウンコ野郎」


 はたから見るとケンカ一歩手前の罵り合いを交わし、時弥は笑顔で腕を取った。


「やっと見つけた。もう逃がさないぞ!」

「お、おい、手ぇ洗えよ。汚いな!」

「洗ってる間に逃げる気だろ。そうはいかない」

「いや逃げないから。頼む、マジで洗って!!」


 あまりにうるさいので、しかたなく捕まえたまま手を洗う。そのため濡れた手が制服にシミを作って、武史は苦虫をかみ潰したような顔をした。


 いつまでもトイレにいるわけにもいかないので、とりあえず話し合える場所に移動する。時弥が選んだのは、目についた階段の踊り場だ。それなりに人通りはあるが、立ち止まることはないので秘密の話にちょうどいい。

 高い位置に設置された窓から差し込む陽だまりのなかで、互いに壁を背にする形で立つ。逃げないように、腕は捕まえたままで。


「昨日の提案、心変わりはしてないか?」

「するわけないだろ……」

「何が気にくわないんだ? 嫌な過去を塗り替えられるチャンスなんだぞ。これを逃したら、茂木は一生ハナクソマンかもしれないのに」


 長いため息の後、鼻で笑い失笑する。武史は冷めきった表情で、ゆるりと目を伏せた。


「ヌードショーで何が変わるって言うんだ。恥が入れ替わったとして、立ち位置は変わらない」

「変わるだろ――変わってるだろ?!」

「腹立つけど、お前の気持ちはわかるよ……。どうにかしたいってのは、俺も同じだ。でも、方法がぶっ飛びすぎてる。とてもじゃないが――」


 ふと武史は口を閉ざす。視線の先に影がよぎったからだ。

 階段を下りてきた男が、ちらりと時弥と武史に目を向ける。眉を細く剃った険のある顔立ちに、がっちりとした体つき、坊主頭がそのまま伸びたような不格好な短髪と、印象に残りやすい記号が揃っていた。


 しかし、そんなものは次の瞬間、吹き飛ぶ。

 ドタバタと大きな足音を響かせて、個性の塊のような巨体が下りてきたのだ。

 縦はそれほどでもないが、横幅はかなり大きい。はっきり言ってしまえば、ものすごいデブだ。体中にまんべんなく張りついた贅肉が、一歩踏み出すごとに波打つように震えている。


「待ってよぉ、マサくーん」


 デブがこもった声で呼びかけると、前を行く男は舌打ちを鳴らし、面倒そうに振り返った。


「なんだよ、アグー」

「さっきの話なんだけど、やっぱり……」


 険のある顔が、さらに険しい表情に変貌して、もう一度舌打ちを鳴らすことで会話を打ち切る。黙って再び歩きだした男を、デブはうろたえながら追っていった。


「そうだ、アグーだ」


 二人の姿が見えなくなってから、ぽつりと武史がつぶやいた。


「なんだよ、それ?」

「あいつは一年生のアグー。本名は知らない」

「アグー豚のアグー?」

「たぶん。俺も知り合いってわけじゃないから、くわしいことは知らないけど。前に見かけたとき、あいつと同じ中学出身の同級生がそう呼んでいた」


 目立つ容姿をしているので、中学ではわりと有名だったという話だ。一度見たら忘れらないインパクトのある姿を思い返すと、素直に納得できる。

 だが、そのアグーがどうしたというのだ。武史が引っかかる理由がわからず、時弥は首をかしげる。


「あいつも俺達と同じじゃないか」

「ん?」

「変なあだ名をつけられて、苦労している一人だってこと。あいつを誘ってみたらどうだ。お前としては、いっしょに参加してくれるメンバーを募っているだけで、別に俺じゃなくてもいいわけだろ」


 どうにかして誘いを断りたい武史は、時弥が返事に詰まっている間に、必死になって一人で話をまとめてアグー勧誘の段取りを組んでいく。

 押し切られる形で同意した時弥は、とりあえず信太郎を呼び寄せると、三人揃って一年の教室に向かった。


 友人らしき男と出歩いていたので、まだ教室に戻っていない可能性もあったが――あっさりと見つかる。席に座って、ぼんやりと窓の外を眺めていた。目立つ体型だけに、見逃すことはない、

 武史が通りかかった一年生に声をかけて、呼び出してもらう。

 のっそりと廊下に出てきたアグーは、キョトンとした顔で上級生三人を見た。


「あのぉ、なんでしょうか?」

「君に頼みたいことがあるんだ」と、武史が時弥を押し出した。


 しかたなく簡単な自己紹介の後、事情を説明、参加を要請する。自分主導の勧誘ではないので、時弥はどうも乗り切れず、普段の熱量の半分ほども発揮できずにいた。


「ヌ、ヌードショーですか?」

「ああ、どうだろ、いっしょにやらないか」

「少し考えさせてください……」


 当然こうなるだろうと、信太郎も武史も予想はしていた。問答無用で断らない分、有情だとさえ思った。


「わかりました、やります」

「「「えっ?!」」」と、三つの驚きの声が重なる。


 少し考えるの“少し”が、本当に少しだったことに面食らう。それよりも、返事が問題だ。


「ほ、本当に?」発起人の時弥さえも信じられないでいる。「ヌードショーだぞ。裸になるんだぞ。学園祭でやるんだぞ」

「はい、やります」


 アグーはためらうことなく、参加を表明した。

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