6-1-1 エラー

 大きく音を立てて開かれた扉に、講義室内に居た新入生全員の視線が私に刺さります。

 ああ、私はまた死んでしまったのですね。この扉を開いたのは何度目でしょうか。この後、騎士さんに右腕を掴まれ詰問されるのですよね。

「おい、お前何者だ」

 そして、エリーザ様の侍女が事情を説明してくださる流れでしたね。私は、いつもエリーザ様が座っている左側の席を確認します。

 あれ、侍女の方はいらっしゃいますが、エリーザ様は見当たりません。どうしたのでしょうか。

「キャー。エリーザお嬢様」

「おい、消えたぞ」

「何が起こった」

 エリーザ様の侍女が悲鳴を上げ、周りにいた人たちがざわつき始めました。


 あれ、あれあれあれ。いつもと違うようですがどうしたのでしょう。その時、私の頭の中に警告音が鳴り響きます。


[ビー、ビー、ビー。深刻なエラー発生」


 何事でしょう。警告音と共に、エラーメッセージが目の前に表示されます。


[悪役令嬢、エリーザが存在しません]

[攻略対象者、ケニーが存在しません]

[重要アイテム、創世の書が存在しません]

[重要アイテム、エルフの宝玉が存在しません]

[重要アイテム、聖剣が存在しません]

[重要アイテム、聖杯が存在しません]

[レア魔獣、幻獣ユニコーンが存在しません]


[深刻なエラーです。修正不可、システムが停止しました。セーフティーモードに移行します]

[セーフティーモード中は行動に制限がかかりません。システムを破壊する恐れが有りますので、行動には十分に注意してください]


 何でしょうこのメッセージ、怖いんですけれど。

 エリーザ様やケニー様が存在しないって、どういうこと。私が消してしまったの。そんな、どうして。

 私が死ぬ前に、殺されていたのは、第一王子とトレス様だったはず。私は右側の席を確認します。トレス様はいます。

 トレス様はいました。ならなぜエリーザ様はいないのでしょう。

 私はパニックになります。


「おい、お前、公爵令嬢が消えたが、何かしたのか」

「私は何もしていない。殺されたのは、第一王子とトレス様だったし、エリーザ様には何もしていない。消えるはずがないです。だいいち、あの時エリーザ様はいなかった。はっ。いなかったから消えたの。それなら、第二王子とマリー様もいなかった」

 目の前に、第二王子とマリー様が座っておられます。

「おい、何を言っている。第一王子と大公令嬢が殺されただと。それに、公爵令嬢が消えたことにも関わっているようだ。拘束して取り調べる。大人しくしろ」


 私は拘束されて、警備隊の取り調べを受けることになりました。

 どうやら、私が講義室に入ったと同時に、エリーザ様とケニー様が消えたようです。エラーメッセージからして、時間が戻ったときに何らかの影響を受けたのでしょう。つまり、私が二人を消してしまったのです。

 私は、警備隊の取り調べに、起こったことを包み隠さず、正直に答えました。私にできることはこのくらいです。どんな罪になるのかわかりませんが、二人も人を消してしまったのです。どんな罰でも受けようと思います。


 その後、私は、警備隊から騎士団に引き渡されました。第一王子が殺されたと言ったのがいけなかったようです。王族殺害の計画を立てたとして尋問を受けています。それにも正直に、答えているのですが、いつまで経っても尋問が終わることがありません。


 あれから何日経ったのでしょう。窓のないこの部屋では、時間の感覚が麻痺してしまいます。昼だろうと夜だろうとお構いなしに尋問は続いています。

 そんな中、頭の中にまたあの警告音が響き渡りました。


[ビー、ビー、ビー。一部エラーの修正に成功」


 メッセージが目の前に表示されます。


[悪役令嬢、エリーザが存在します]

[攻略対象者、ケニーが存在しません]

[重要アイテム、創世の書が存在します]

[重要アイテム、エルフの宝玉が存在します]

[重要アイテム、聖剣が存在します]

[重要アイテム、聖杯が存在します]

[レア魔獣、幻獣ユニコーンが存在します]


[一部エラーの修正により、セーフティーモードからデバッグモードに移行します]

[デバッグモード、システムを修正。ケニールートを破棄。ケニーの役割を他のキャラに置き換え。完了。デバッグモードから通常モードに戻ります]

[通常モードに戻りました。創世の書とエルフの宝玉を悪役令嬢が保有。確認。世界の創世を実行。完了。悪役令嬢が魔王の称号を取得。確認。ルート分岐選択を表示]


 メッセージの表示が終わると、警告音も止み。代わりによく見る選択の文字列が、私は眼前の空中に映し出されました。


 ×王子と座る

 ×前の席に孤独に座る

 ×大公令嬢と仲良くなる

 4 公爵令嬢を蹴飛ばす


 あれ、でもこれ、一から三番までが、ばつ印になっていて選べません。選択できるのは四番だけです。

 でもこれが選択できるということは、先程のメッセージのとおり、エリーザ様は存在する。つまり、生きているということね。よかった。ケニー様には悪いけれど、エリーザ様だけでも生きていてくださって。本当によかった。


 私は背負い込んだ荷物の半分を下ろすことができて、少しホッとします。しかし、それはほんの一時のことでした。

 いつまで経っても、選択肢の文字列が目の前から消えません。目を瞑っても、暗闇の中、目蓋の裏に映し出されています。これは、選択をしない限り消えないのでしょうか。多分そうなのでしょう。

 ですが、選択できるのは、これだけは絶対に選択しないと決めていた、四番だけです。私の顔が恐怖に青ざめます。これを選択するぐらいなら、死んだほうがマシなのではないでしょうか。とは言っても、目の前に選択の文字列が表示されたままでは、落ち着かないことこの上ありません。

 私は意を決して選択することにしました。


「神様お願いします。何も起こりませんように。四番、お願いします」

 私は両手を組み、神に祈りながら四番を選択します。暫く何も起こらず、早鐘のように響いていた私の心臓の音も収まり、留置場の部屋の中は静けさで包まれます。

 よかった。何も起きない。私がホッとしたところで、扉の外から声をかけられた。

「おい」

「ヒャー」

 心臓が止まるかと思うほど驚きました。急に声をかけるのはやめてもらいたいです。


「ランドレース、面会だ。出ろ」

「私に面会?」

 誰だろう。商会の者かな。

「第一王子殿下と公爵令嬢様だ。失礼のないようにしろよ」

 

 私の顔は再び青ざめます。

 この国に神はいないようです。


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