6-1-4 第一王子の訪問

 リココを使いに出し、リココの入れてくれたお茶を飲みながら、久しぶりの自室でくつろいでいると、リココが慌てて戻って来た。

「エリーザお嬢様、第一王子殿下がいらっしゃいました」

「リココ、いらっしゃいましたってなに。私は、第一王子に会いに行くからお伺いを立ててと言ったのよ」

「私はそう伝えに執事長の所に向かったのですが、それとは関係なく、殿下が勝手にいらっしゃったようです。あっ」

「え。殿下。ギャー」


 リココの脇を擦り抜けて、第一王子が勝手に部屋に入って来た。驚いて立ち上がった私を、第一王子は、いきなり、抱きしめた。

「エリーザ、無事か。心配していたんだ」

「殿下。心配をおかけして申し訳ありませんでしたが、いきなり抱きつかないでください。私は無事ですから」

「ケニーの奴は一緒ではないのか」

 奴?ケニーったら、なに、第一王子の不興を買ったのかしら。

「ケニーですか。ケニーとは一緒ではありませんが」

 第一王子が確認するように私の顔を覗き込む。


「そうか。一緒ではなかったか。それで、何が起こった。どこにいたのだ」

「詳しくお話ししますから、まずはお座りください」

 抱きつかれたままでは落ち着いて話もできない。

「うむ、そうだな」

 なぜか私の手を引き、二人がけのソファーに並んで座る第一王子。

「殿下、私はあちらに」

「いや、ここで構わん」

 対面のソファーを示す私を、第一王子は離してくれそうにない。


「それで、何があったのだ。報告では、いきなり消えたとあるが」

「そうですね。説明が非常に難しいのですが、私は今まで魔大陸にという、こことは別の大陸に行っていました」

「聞いたことがないが、遠いのかい」

「この国の反対側になるようです」

「そんな遠くまでどのように行ったんだい」

「試練の迷宮の最下層に転移陣があり、そこから転移できます」

「試練の迷宮の最下層だって。君は、またそんな危険な真似を私の許可もなく」

「それがですね、殿下。実は私、魔大陸に行く許可をちゃんと殿下から取っているんです」

 試練の迷宮に入る許可はもらっていませんが。魔大陸に行くことは話しました。


「許可した覚えはないが」

「まあ、今はないでしょう。許可を出したのは、殿下にとっては約一年半後です」

「何を言っている。意味がわからないぞ。将来許可を出すとしても、それになんの意味がある」

「将来ではないのです。私にとっては一月半前の過去のことなのです」

「全く意味がわからないのだが」

「因みに、その時殿下は私に、魔大陸で役に立つだろうからと、聖剣を渡してくれました。これです」

 私は収納から聖剣を取り出す。


「やはり君が聖剣を持っていたのか。君が消えたのと聖剣が消えたのが、ほぼ同時だったから、もしかしたらと思っていたが、やはり君か」

 第一王子が怪訝な表情で私をみる。

「私が犯人みたいな目で見ないでください。今も言いましたが、これを私に渡したのは殿下ですからね。一年半後のことですけれど」

「その、一年半後に渡した聖剣がなぜここにある。それがわからん」


「私が魔大陸に行っている間に、こちらの大陸だけ時間が二年近く戻ってしまったのです。ですから、私は殿下にとっては二年後の私です」

「時間が戻っただって。何を馬鹿なことを。だが、確かに君は一週間前に比べ大人びているように感じる」

「そうでしょう。今は実質、私の方が殿下よりお姉さんですからね」

「変なところで自慢する子供ぽいところは、二年経っても変わらないようだね。ただ無駄におばさんになっただけか」

「ガーン。酷いです。殿下」


「冗談はさて置き、二年時間が戻ったことを証明できるかい」

「証明は難しいですが、証言してくれる人はいます」

「そこの侍女とかでは駄目だからね」

「教会の枢機卿が絶対記憶を持っています。時間が戻ったことを記憶している筈です」

「枢機卿か。わかった。この後で確認しよう」

「それでしたら私も一緒に行きます。この、グラールを教会に戻さなくてはなりませんから」

「その子は教会の子なのかい」

「元々は聖杯なのですが、一年後に擬人化してしまって」

「君はいったいこれから先何をやらかすのだい。聖杯が擬人化。ありえないだろう」

「あら、そんなことありませんよ。聖剣だってほら。クレイヴ」

 私は聖剣の名前を呼び、クレイヴを擬人化させた。


「聖剣が擬人化した。本当なのか」

「なんじゃ。第一王子よ、主の言っていることは全て本当のことじゃぞ」

「意志の疎通ができるのか。凄い」

 第一王子は目をキラキラさせながらクレイヴを見ている。そういえば、第一王子は魔剣に関心があった筈だ。こういうのは好きなのかもしれない。


「殿下、よろしいでしょうか」

「あ、ああ。擬人化についてはよくわかった。聖杯は教会に返すのだね。勿論、聖剣もこちらに返してくれるのだろうね」

「置き場所は、王宮の宝物庫で構いませんよ。所有者の私はいつでも呼び出せるので」

「呼び出せるというのは、転移するということかい」

「そうですね。私がどこにいても、呼び出せばすぐに現れます」

「そうなると、今回と同じように突然消えることになる訳か」

「そうなりますね。ただ、その場合は自分で戻れますが」

「今回は自分で戻れないのかい」

「今回は、私が呼び出したわけではありませんからね。呼び出された元の場所にしか戻れないそうです」

「そうか、自分で宝物庫に戻れればよかったのだが。何か対策を考えないとならないな」

「このまま黙っているわけには・・・」

「いかないな。自分が疑われていることを自覚した方がいい」

「そうですか」


 仕舞った。黙って元の場所に返すだけで済むのだったら、シリーに言って、転移で戻しに行けばよかった。夜中にこっそりやれば誰にも見つからなかっただろう。第一王子にはシリーの転移魔法は知られていないから、今更宝物庫に戻せると言い出せない。失敗したな。


「お嬢様、聖剣は第一王子殿下に連れて帰ってもらったらどうでしょう」

「持って帰るではなくて、連れて帰る。つまり、擬人化した状態で連れていけということ」

「それになんの意味がある。騒ぎが大きくなるだけだと思うが」

 また、いつもの様にシリーがとんでもないことを言い出した。私は疑問に思ったことを聞き返す。第一王子もシリーの案には否定的だ。


「皆さんの注目を集めた上で、聖剣に本当のことを話してもらうのです」

「本当のこと?今聞いた話をするのかい。誰も信じないだろう」

「信じられないと思われる話はしないで、信じられそうな話だけするのです」


 シリーによると筋書きはこうだ。

 魔大陸にという遠くの大陸が、滅亡の危機に瀕していた。

 聖剣はそのことを知った。

 聖剣は、新たなる所有者に相応わしい勇者を見つけ、勇者たちと、魔大陸の危機を救うため魔大陸に転移した。

 聖剣を携えた勇者の活躍により、魔大陸の危機は一時的に退けられた。

 危機の根元は除かれていなかったが、勇者の都合で帰ってきた。


 転移したのは聖剣の力でなく、シリーの力によるものだったり、別に聖剣は魔大陸の危機を救いたいと思ってはいなかったり、事実が微妙に歪められている気もするが、嘘は言っていないな。


「その勇者がエリーザだったということか」

 第一王子が額に手をやり考え込んだ。

「まあ、エリーザが突然いなくなった理由付けにもなるし、その線で押してみるか」

「そうですね。このことに嘘はないですから、これで穏便に済むなら、これでお願いします」

「穏便には済まないだろうが、聖剣強奪の嫌疑は晴れるのではないか」

「穏便には済みませんか」

「済まないな」

「そうですか・・・。はあー」

 思わず溜息がでた。

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