6-1-3 浦島太郎

 シナノの国から王都の自室に戻ってみれば、私は浦島太郎になっていた。二歳だけだが余計に歳を食ってしまった。


「おまたせしました。お茶の用意ができました」

 リココがお茶の用意をしてくれた。パニックになっていた私は、お茶をいただいて、落ち着いて状況を把握することにしたのだ。

「ありがとう。リココ。早速だけど、私がいなくなったあたりから、その後どうなったか詳しく教えてくれる」

「わかりかした。ところで、ケニー様は一緒ではなかったのですか」

「ケニー?ケニーは一緒ではないけれど。まさか、ケニーも行方不明なの」

「はい、お嬢様が消えたと同時にケニー様もいなくなりました」

「どうして・・・」


 私たちが死に戻りの影響を受けなかったのは、魔大陸に行っていたからだと考えたけれど、それならケニーはなぜ消えたのだろう。消えた原因が違うのかしら。

 確か私がケニーを最後に見たのは、魔大陸に出発した日、空飛ぶ馬車に乗った私たちを追いかけて走っていた。まさか、そのまま走って私たちを追いかけて魔大陸まで行ったの。

「ケニーの居場所を探してみるわ」


『鑑定』


 私は、魔素の濃い魔大陸にいたために、有り余っていたMPを惜し気もなく使い、この世界を鑑定し、ケニーの居場所を探した。

 いた。ケニーはどうやって辿り着いたか知らないが魔大陸にいた。健康状態は、問題ないようだ。

「いたわ。放って置くわけにもいかないから、迎えに行きましょう。シリー、お願い」

「エリーザお嬢様、少しお待ちください」

 ケニーを迎えに行くためにシリーに転移するようにお願いしたら、リココに止められた。

「どうかしたの、リココ」

「実は、エリーザお嬢様とケニー様が同時にいなくなったことで、二人で駆け落ちしなのではないかと噂になっています」

「あら、まあ。そんなことに」

「いろいろ上がっている憶測の一つにすぎませんが、ここで、二人で戻って来られると、その噂に信憑性が増して、広がる恐れがあります」

「それは、第一王子の婚約者として上手くないわね」

「ですから、もし、ケニー様が危険な状態でないなら、今暫くは連れ戻さないほうが良いかと思います」

「そうね。ケニーなら大丈夫そうだし、自力で行ったのだから、自分で帰って来てもらいましょう」

 しかし、ケニーはどうやって魔大陸まで行ったのだろう。帰って来たら話を聞いてみよう。


 その後、リココから私がいなくなった時の様子を詳しく聞いた。

 高等学院の入学式典の後、オリエンテーションを受けるため、私たちが講義室で待っていると、大きな音を立てて、講義室の後ろの上級貴族用の扉が開かれた。それとほぼ同時に、私とケニーが姿を消したそうだ。

 その時、扉を開けたのがヒロインのサーヤさんで、扉を開けたタイミングと私たちがいなくなったタイミングが同時だったため、関連を疑われて彼女は拘束された。本来なら、その扉は平民のヒロインが使用してはいけないものだったことも、拘束の理由になっている。

 拘束された後も、彼女は意味不明なことを言っており、一旦警備隊に連行されていたが、そこでの供述が余りにも不穏当であったため、今は騎士団により留置されている。

 私のそばについていたリココや、ケニーのそばにいた者たち数人も、警備隊に連行されたが、こちらは既に釈放されている。


 リココも当初はかなり慌てたようであるが、屋敷に戻ってみれば、シリーも姿が見えない。そこで、転移した可能性に思い当たり。少しは落ち着いて、屋敷で戻って来るのを待っていたようだ。


「それで、サーヤさんは何と言っているの」

「第一王子と大公令嬢が襲撃され殺されたとか、エリーザお嬢様は諸國漫遊の旅に出たとか、仕舞いには自分も襲撃で死んだと言っているようです」

「そう。死んだのね」

 これは死に戻りの確定だ。

 それにしても、第一王子と大公令嬢が殺されたとなると、かなりの大ごとだ。襲撃されたと言っているようだが、いったい何があったのだろう。これは、ヒロインに直接会って聞いてみる必要があるだろう。


「それと、聖剣と聖杯が盗まれたという噂が流れていて、それが、エリーザお嬢様の仕業ではないかとの噂まであります」

「聖剣と聖杯が無くなったの」

 驚いてみたものの、少し考えれば当然である。聖剣は私が持っているし、聖杯はグラールになって、ここにいる。もし、元からのものがなくなっていなければ、二つに増えてしまうことになる。人間も同じだ。同じ人が二人になってしまったら、いろいろ不都合がある。いや、むしろ便利か。兎に角、元からあったものは消えているようだ。あれ、聖剣を持っている私、まずくないか。


「あくまで噂です。それに、教会はそのことを否定しています」

 教会は枢機卿が絶対記憶を持っているから、ある程度状況を理解しているのであろう。

 聖杯の方は何とかなるとして、問題なのは聖剣か。


[クレイヴ聞きたいことがあるのだけれど]

[なんじゃ]

[王宮の宝物庫に戻ることはできる]

[宝物庫から呼び出されたなら、宝物庫に戻れるが、今回、宝物庫から呼び出されたわけではないからな。無理じゃ]

 そうだ、今回、第一王子が自ら、私の屋敷まで持ってきてくださったのだ。聖剣を呼び出したわけではない。

 そうなるとどうするのが一番いいだろう。

 惚けてしまうのも一つの手ではあるが、第一王子は私が聖剣に興味があるのを知っている。第一王子相手に、惚け切るのは難しいかもしれない。

 ここは、第一王子にある程度真実を伝えて、協力してもらおう。宝物庫から聖剣を持ち出したのは第一王子であるわけだから、原因の一端は第一王子にもある筈だ。


 気が進まないが第一王子に会いに行くことにしよう。どのみち、騎士団に留置されているヒロインと面会するためには、留置されている容疑が、私の失踪でなく、王族殺しなら、第一王子の許可が必要になるだろう。


「リココ、第一王子に会いに行くわ。執事長のスティーブに話して、王宮にお伺いを立てて」

「畏まりました」

 リココが執事長に伝えに部屋を出ていった。

 第一王子は時間を取っていただけるだろうか。通常であればこの時間は学院にいる時間だ。以前は学院の図書館でよく密談をしたものだ。今回もそうなるだろうか、いや、そんなに早く時間を取っていただけるか分からないな。後日という可能性もある。伝令が戻るまで、リココが入れてくれたお茶でも飲んでゆっくり休もう。


 程なくして、予想外に早く、私は第一王子と面会することになった。


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