6-1-2 帰還

 シナノの国でクーデターを起こし、邪魔王の軍を退け、魔法ウイルスを除去した私は、魔王の称号を手に入れた。当初の目的を達成したので、シリーの転移魔法で王都の屋敷に戻ってきた。

 戻ってきた理由は、目的を達成したからだけではない。もうすぐ学院の卒業式の筈だ。第一王子が卒業するのだから、婚約者の私がいないのは流石にまずいだろうからでもある。たとえ、その後直ぐに、婚約解消されることになるとしても。

 婚約解消のことを考えると少し心が沈んだ。お互いの利害関係で婚約したといっても、既に三年近く婚約者をやっている。情も移るというものだ。


 王都の屋敷にある、自室に直接転移してきたが、リココの姿は見当たらない。どこか他で仕事をしているのだろうか。シリーなら部屋で寝転がっているところだろうが、リココはその点真面目である。

「シリー。リココを呼んできてくれる。留守中のことを聞きたいわ」

「畏まりました。少しお待ちください」


 シリーが扉を開けて廊下に出ていこうとしたところで、ハッと気が付いてシリーを止めた。

「シリー、ちょっと待って」

「どうかされましたか、お嬢様」

「今、この部屋から出るのはまずいわ。今回、私たち外から転移しているわ。外から帰ってこないと、どこからどうやって部屋に戻ったのか不自然になるわ。転移魔法のことがばれてしまうかもしれないじゃない」

「それはそうですが、今更ですか。屋敷の者ならみんな知ってますよ」

「え、あれ。そうだったかしら」

「知られていないと思っているのはお嬢様だけです」

「えー。そんな。必死に隠そうとしていたのに」

「お嬢様は抜けているところがありますから、他の人に知られないためにも、それぐらいで丁度いいのではないですか」

「誰が抜けているですって」


 バタン。


 シリーと言い争いをしていると、扉がノックも無しに突然開いた。びっくりして扉の方を見ると、リココが入ってきた。リココは私たちを見つけると駆け寄ってきて、そのまま私に抱き付いた。

「エリーザお嬢様。ご無事だったのですね。よかったです」

 リココは抱き付きながら涙ぐんでいる。リココにしてはスキンシップ過剰だ。一月以上連絡しなかったのはまずかったかもしれない。

「リココただいま。今まで連絡できなくてごめんなさいね」

「本当ですよ。一週間近く行方不明だったのですから、心配しましたよ。それでどこへ行ってらっしゃったのですか」

「どこへって。シナノの国に行くと言ってあったわよね。それに一週間って、私たちが出発してから、こちらでは一週間しか経っていないの」

「一週間しかって、一週間もですよ。お嬢様が行方不明になられてから、こちらでは大変だったんですよ。私も三日も拘束されて、今でもランドレース商会の方は拘束されたままですよ」

「ランドレース商会って、サーヤさんが捕まっているの。なんで」

「エリーザお嬢様がいなくなられたとき、丁度そのサーヤさんが大きな音を立てて講義室に入ってこられて、みんながそれに注目したんです。そしたらエリーザお嬢様が掻き消すようにいなくなられたから、関連を疑われて拘束されてしまったのです」

「それって、いつの話」

「一週間前、学院の入学式の時に決まったるじゃないですか」


 おかしい。これはただごとではない。少し状況の整理が必要だ。

「ちょっと待ってね。落ち着いて話し合いましょう。リココ、お茶を入れてくれる」

「畏まりました。ところで、そこのお子様はどなたです。同じお茶でよろしいでしょうか」

「リココ、グラールを覚えていないの」

「あれ、前にお会いしたことがありましたでしょうか。これは失礼しました。グラールさんですね。お茶でいいですか」

「ん、構わない」

「はい、ではお茶を用意しますね」

 リココはお茶を用意しに部屋を出て行った。


「シリー。これはどういうこと。リココの話によると、今は学院の入学式から一週間後みたいだけれども」

「私に言われても、わかりかねますが」

「シリーのせいではないのね。となると、一番疑わしいのはヒロインの死に戻りね。でも、それならなぜ私は今回学院入学時の初期状態に戻ってないのかしら」

「他の大陸にいたからでしょうか」

「ヒロインの死に戻りで時間が戻るのは、この大陸だけということ」

「魔大陸が今どうなっているか確認してみてはいかがですか」

「そうね。マルちゃん聞こえる」

[何デショウ賢者様]

[今、そちらは何年の何月何日]

[SQ元年十二月二十日デス]

 クーデターにより国王がスエーデル女王に変わったばかりだから、今年の年号はSQ元年で間違いない。月日も私がシナノの国から転移した今日の月日だ。

[因みに、そちらと、こちら、時間的には繋がっているの]

[イエ、進ム速度ハホボ同程度デスガ、完全ニハ繋ガッテイマセン]

[そう、ありがとう。また、何かあったときはよろしくね]


 どうやら私たちは、ヒロインの死に戻りに取り残されていたようだ。

 私たちが魔大陸にいる間に、何らかの原因で、ヒロインが亡くなって、死に戻りで、こちらの大陸だけ時間が戻った。

 時間的に繋がっていない魔大陸は時間が戻ることなく、そのまま時間が進んでいる。魔大陸にいた私たちは死に戻りの影響を受けなかった。

 こちらの大陸に帰ってきたからといって、私たちの時間が今更戻るわけではない。

 今回、今までと違って、普通に過去の記憶があるし、第一、グラールが聖杯に戻っていないので影響を受けていないのは間違いないだろう。


 あれ、これって、私、二歳近く余計に年取ってない。


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