5-8-8 魔王の称号
アーサマで邪魔王の軍を撃退した後、私たちはシナノの国を隈無く周り、ウイルスを除去して歩いた。それは、空飛ぶ馬車を使っても、こちらの暦で二月近い日数を要した。しかしそれも今日で終了、私たちは、首都ナーガの王宮に戻って来たのだった。
「スエーデル陛下、ウイルスの除去が完了しました」
「エリーザ様、お帰りなさいませ。お疲れ様でした。スエはこの御恩を一生忘れません。本当にありがとうございました」
王宮の執務室で末姫様は私に頭を下げた。まだ五歳と幼いのによく教育されている。
「グラールもお帰り。しばらく会えなくて寂しかったわ」
「ん、ただいま」
末姫様は、見た目の年齢が近いこともあり、グラールを大変気に入り、今も抱き付いて再会を喜んでいる。こんなところはやはりまだ五歳児だ。
「ユキ、お帰り。問題はなかったかい」
「ノブ、ただいま。問題はなかったわ。市民もみんな喜んでいたし。私も嬉しいわ。そして何より、これで空飛ぶ馬車に乗らなくていいというのが一番の倖せよ」
「あれ、それが一番なのかい。僕は、これから一緒にいられることが一番だと言ってくれると思っていたよ」
「あ、それは勿論、それが一番だけど、こんなところでは言えないでしょ。それは後で二人だけになってから」
「ユキは本当に可愛いね」
何やら二人だけの甘い世界を作っている人たちがいるが放って置こう。
「ガイルさん。その後、邪魔王の軍はどんな様子なの」
「流石にあれだけの力を見せつけられれば、そう簡単には攻めて来れないだろう。ニッターまで軍を引いたようだぞ。詳しくは軍務相に聞いてくれ」
ニッターの街は、隣国でもシナノの国との国境から随分と離れている。山間部は危険だと判断して、平野部まで思い切って兵を引いたのだろうか。だが、これで暫くは戦闘が始まることはないだろう。
「あら、ガイルさんは軍務相を退いたの」
「あれは緊急時の臨時措置だ」
「そう。それで、今は何をしているの」
「元通り、首都守備隊の副隊長だ」
「あら、勿体ない。もっといいポストがあるでしょうに」
「俺にはこれが丁度いいんだよ」
「ガイルには副隊長でいてもらわないと困るんだ」
さっきまで二人の世界を作っていた宰相のノブラートが、話に混じってきた。
「困る?副隊長は特別なの」
「実は、諜報部門のトップなんだ。裏の仕事を任せるには信頼できる人でないと」
「おい、そのことをバラすな」
「あ、すまんすまん。賢者様になら構わないかと思って」
「他にも人がいるだろう。どこで盗み聞きされるかわからん。気を付けろ」
「はい、はい」
成る程、いろいろと情報に詳しいのはそのせいか。単に宰相と幼馴染というだけではなかったのね。
「そんなことより、あの後始末どうするつもりだ」
「後始末?なんのこと」
「アーサマの噴火のことだよ」
「ああ、あれね。思っていたより規模が大きくなったけれど、あれは、あれで、仕方ないわよね」
「仕方ないで済ませるな。お前なら魔法でどうにかできるだろう」
「そうね。噴火を止めることはできるけど、通れるようになるまでにはどのみち四、五年はかかるわよ」
「どういうことだ」
「聖剣で切ったからね。空間が断絶しているの。元に戻るまでに数年かかるわ」
「空間が断絶しているだ」
「そうよ、聖剣は空間を切れるの。切った後は断絶空間になって、触れたものは全て切断されるわ。だから、断絶空間に誰も近寄らないように、今の噴火した状態の方が安全なのよ」
「まったく、傍迷惑な、とんでもない力だな」
「本当にね」
「お前が言うな」
「ガイル。さっきから聞いていれば、賢者様にお前とは失礼ですよ」
「別に構わんだろ」
「そんなわけにはいきませんよ。賢者様は賢者なのですから」
「だがな、軍の奴らは勇者様と呼んでいるぞ」
そう、軍関係者の間では勇者と呼ばれるようになってしまった。
「エリーザは聖女」
末姫様と戯れていたグラールがいきなり発言した。
「そういえばお前、聖女でもあったな。見た目がそれだから忘れてたよ」
ガイルさんは本当に失礼だ。少し睨み付けてやったら、ぶるっていた。
「賢者に勇者に聖女ですか。もしかして称号コレクターなのですか」
「そいえば、エリーザ様は、魔王の称号が欲しかったのですよね」
私への宰相の質問に、ユキさんが思い出したように答える。
「そうね。私の目的はそれね」
「ならば、もう、魔王を名乗ってはどうですか。この大陸では魔王を名乗っている者は珍しくないですし、賢者様の実力であれば誰も文句を言えないでしょう」
「そうかしら」
「はい、はい、はい」
私が考え込むと、末姫様が元気よく手を上げた。
「なら。賢者の魔王だから賢魔王がいいと思います」
「成る程、賢魔王か。どうですか。賢者様」
末姫様の案は、宰相も気に入ったようで、私に確認してくる。
「けんまおうて、研磨している、刀研ぎの王みたいでちょっと」
「そうですか。それは残念」
末姫様がしゅんとしてしまった。
「なら、勇者の魔王で勇魔王でどうだ」
ガイルさんがこれでどうだとばかりに発言する。
「それは、未確認生物の王みたいで嫌です」
「なんだそれは」
「私のいたところでは、ユーマというのは未確認生物のことなんです」
「お前に丁度いいじゃないか」
「何ですって」
私はガイルさんといがみ合う。
「まあまあ。二人とも。二人が遣り合うと、王宮が氷漬けになってしまいますから」
宰相が止めに入り、私たちを宥める。
「そうなると他に」
「聖魔王」
グラールがポツリと呟く。
「ああ、聖女で魔王だから聖魔王ですか」
「そう」
「どうですか賢者様」
「うーん。そうね」
私もこれといった案が浮かばない。邪魔王よりはいいが、これといった感じはしない。
「お嬢様は、悪役令嬢なのですから。悪魔王でしょう」
シリーがとんでもないことを言い出した。
「悪役令嬢の称号は返納したわよ」
「悪役令嬢で悪魔王。ぴったりじゃないか」
「そうですね」
ガイルさんは兎も角、ユキさんもシリーの案に同意した。
宰相と末姫様は、私と視線を合わせようとしない。グラールは・・・。ボーと佇んでいる。グラール、もっと聖魔王を押しなさいよ。
「反対もないようだし、悪魔王で決定ということで」
「ちょっと待ちなさいよ、ガイル」
「なんですか悪魔王様」
「グググググ」
その後いろいろ話し合ったが、それ以上にしっくりくる案がでず、悪魔王で取り敢えず決着した。取り敢えずだ、取り敢えず。
「それで、ウイルスの除去も終わって、邪魔王の軍も当面攻めてきそうもないので、一旦、私は国に帰ろうと思います」
「えー。ずっとこちらにいるのではないのですか」
末姫様がグラールを抱きしめながら不満そうな声をあげる。
「学院もあるのでそうもいかないの。もうすぐ冬休みになるはずだから、そうしたらまた来るわね」
「もうすぐ冬休みなら、このまま休んでしまえばいいではないですか」
「それが、試験や卒業式があるし。流石に婚約者が卒業するのに、卒業式後のパーティーでパートナーを務めないわけにはいかないわ」
「お前、婚約者がいたのか」
「ええ、私の国の第一王子ですけど」
「モノ好きな王子だな」
「なんですかそれは、失礼ですね。確かにお互いの利害関係で婚約しているのですけれど」
「そんなことありませんよ。向こうの国を出発するとき見送りに来てくれた殿方ですよね。わざわざ貴重な聖剣を貸してくださるなんて、エリーザ様は愛されていますよ」
「そうかしら」
「そうですよ。間違いありません」
「まあ、そういうわけで、一旦、国に帰るけれど、魔王の称号を確実なものにするために、戻って来る予定だからよろしく」
「それは、魔大陸統一を目指すということか」
「そうよ。少なくとも邪魔王は邪魔なので蹴散らすわ」
「おお、それは頼もしい」
「まあ、好きにすればいいさ。どのみち俺達では止められん」
「早く帰ってきてくださいね」
「ご帰還お待ちしております」
「なるべく早めに戻るようにするわね」
こうして私は、魔王の称号を得て、一旦、国に帰ることになった。
帰りは来る時と違い、スワコウの神殿から転移陣を使って戻ることにした。迷宮の最下層からはシリーの転移魔法で王都の屋敷まで戻った。
こちらの国の暦では約一月半ぶりの自室である。リココ元気かな。やば、リココに連絡するのをすっかり忘れていた。念話が届かなかったことにしておこう。
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