5-8-1 聖剣 VS グラール

 私たちはどこかの山岳地帯の上空に転移した。眼下には大きな岩がゴロゴロしている。ここはどのあたりなのだろう。

「シリー、どの辺に転移したの」

「シナノの国の南西部の国境付近です」

「ユキさん、わかる」

「山の形から大体の位置は」

「それなら、一旦地上に降りて行き先を決めましょう」

 ユニコーンの引く空飛ぶ馬車を、少し開けた所に着地させる。


「ユキさん、これからどこに向かったらいいかしら」

「ここからですと首都ナーガまで馬車で一週間位です。飛んで行けば1日で着きますかね?途中、転移陣が設置されている神殿があるスワコウという街があります。そこから少し行ったところにクーデター部隊の秘密基地があるので、取り敢えずスワコウに行って、連絡を取った方がいいかもしれません」

「転移陣って、ユキさんが私たちの国に来る時に使った転移陣のこと」

「はい、そうです」

「それなら、転移陣を使って来た方がよかったのではない」

「いえ、転移陣の前には見張りがいますから。今はまだ、帰って来たことを知られない方がいいかと思いまして」

「成る程ね。暗躍するにはその方がいいかもね」


「それではスワコウに向かいますね」

「あ、少し待ってもらっていいかしら」

「どうしました」

「折角人気のないところに来たから、聖剣について調べておこうと思って」

「ああ、先程お借りした物ですね。人型で喋っていたから驚きました」

「ははははは。初めて見ると驚くわよね」

 二回目にもなれば慣れたものだけれど。

「そうですね。人のいないところで調べておいた方がいいですね」


「それじゃあ呼び出すわね。クレイヴ少しいいかしら」

 私は聖剣を袋から取り出し、魔力を込めながら呼びかけた。

「なんじゃ」

「少し聞きたいことがあるのだけれど、クレイヴは何ができるの」

「わしは剣じゃからな。できるのは切ることぐらいじゃ」

「聖光は出せないの」

「それは聖魔道具ならどれでも出せる。人に向かって、呼吸はできないのと言っているようなものじゃ」

「成る程。それで、切ることって、どのくらい切れるか試し切りして構わない」

「構わんぞ。その辺の岩を切ってみるがいい」

「それじゃあ遠慮せず。えい」

 私は聖剣を鞘から抜くと、近くにあった手頃な岩に切りつけた。


 ガッチン。


「切れないわよ。私の腕が悪いせいかしら」

「魔力を込めねば駄目じゃよ」

「ああ、そうか。では気を取り直して。いきます。やあ」


 スパン。


 岩がみごとに真っ二つに切り裂かれた。

「すごい切れ味ね」

「流石に真っ二つとは驚きました」

「本当にね。殆ど抵抗もなかったわ。あら、ここのところ何かキラキラしていない」

 元々岩があった空中が、剣を振り下ろした跡に沿って一直線上に輝いている。私は思わずそれに手を出した。

「主よ駄目じゃ」

「えっ」

 指先が切れて血が吹き出した。

「お嬢様。早く血止めを」

 シリーが慌てて、指の付け根を布切れで思い切り縛り上げる。血が出ているが痛さを感じなかった私は、その様子を茫然と見つめていた。


「すまんの。空間が断絶しているから、触れたものは何でも切れてしまうのじゃよ」

「空間が断絶してるって、空間ごと切ったの。それってまずいんじゃ」

「心配せんでも断絶空間は数年で元に戻る」

「数年って。これ、ほっといたら危険じゃない。どうにかできないの」

「わしにはどうにもできんな」

 使えない。危険すぎるよ聖剣。切った跡が危険な状態で残るなんて、核爆弾並みじゃない。


「聖女様を傷付けた。断絶空間は悪。滅せよ」

「えっ」

 様子を見ていたグラールが突然喋り出したと思ったら。指の傷口が塞がった。というか。出血した跡も見られない。そればかりか、真っ二つに切り裂いたはずの岩が元に戻っている。過去改変が起こったようだ。

「グラール。何を滅したの」

「断絶空間」

 断絶空間が無かったことになった。それで岩は元に戻り。私の指も切れたという事実がなくなった。

「ありがとうグラール」

「いつものこと」

 いつものこと?どういう意味だ。私がグラールを使ったのは二回目だ。それがいつも?それに今回私はグラールに命令していない。グラールが自己判断で行ったことになる。これって危険なのでは。


「いつもすまんな」

「老耄の後始末は私の役目」

「なんじゃ老耄とは、折角感謝しておるのに、この鼻垂れ小僧が」

「その小僧に尻拭いをさせているのはどこの誰」

 考え込んでいたら、聖剣とグラールが喧嘩を始めた。


「ちょっと待った。二人ともやめて。二人はどんな関係なの」

「老耄が所構わず断絶空間を作るから、困った神が私を作った」

「つまり、グラールは断絶空間を元に戻すためにいるの」

「神に与えられた使命はそれ。後は主になった人によって与えられたもの」

 これは、断絶空間の修復以外は、自己判断で行わないと考えていいのだろうか。念のため釘を刺しておこう。

「グラール。断絶空間以外は、私の許可なく滅しないでね」

「わかった」

 これで一先ず一安心。


 しかし、聖剣とグラール。上手く組み合わせて利用できないかしら。どちらも単体では、周囲への影響が大き過ぎて、使い勝手が悪過ぎる。しかしな、グラールで断絶空間を修復すると、切った事実が無くなってしまうからな。折角倒した敵が、無傷で復活してしまっては意味ないし。どうにかならないかな。


「クレイヴは、空間を切らないで物だけ切れないの」

「そんな器用な真似をした奴はおらんの」

「使用者ではなく、クレイヴの方で制御できないの」

「わしがか、無理じゃな」

「取りつく島もないわね」

「能無し頑固じじい」

「なんじゃと。お主とて似たようなものじゃろう。過去に干渉しないで、現在を変えてみよ」

「無理」

「はい、はい。わかりましたから。喧嘩しない」

 これは、どうにもならないか。うーむ。


「そうだ、クレイヴは過去とのつながりは切れないの」

 できるのであれば、グラールの使い勝手が良くなる。滅しても過去が変わらないのだから。

「主の魔力があれば、時空断絶はできるぞい。だがよいのか。過去とのつながりが絶たれるということは、やり直しが利かないということじゃぞ」

 ヒロインが何度も死に戻りをしているが、それができなくなるということか。迂闊には使えないわね。しかし、ヒロイン以外にも、時間を操る人がいないとは限らないし、いざという時に使える様に、心構えはしておく必要があるわね。


「あのー。さっきからよくわからないお話をされていますが、一体何が起こったのでしょう」

 考え込んでいた私に、ユキさんが話しかけてきた。

「え、なんのこと」

「エリーザ様が岩を切ったように見えたのですが、岩はそのままですし、聖剣も折れた様子がありません。岩を聖剣が通り抜けたのですか」

「あー。それはね」


 ユキさんにグラールの過去改変について説明した。

「うーん。ハッキリ言って、難しくてよくわかりませんが、凄いことが起きてるのですね」

「うん。まあ、そうね」

 殆んど理解してもらえなかった。

「本当に、訳がわからないですよね」

「シリーさんもですか。理解できないのが自分だけではなくて、少し安心しました」

「私もです」

 シリーとユキさんは両手を繋ぎ合わせて、仲間がいたと喜び合っていた。


 シリー。あなた仮にも、女神だろ。お前はわかれよ。


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