5-8-2 龍神
空飛ぶ馬車を用意してよかった。こんな山道歩いてなんか移動できない。シナノの国は山国だった。街から街へ移動するのに峠を越えなければならない。場合によると山を大きく迂回する必要がある。その点、空飛ぶ馬車を使えば一つ飛びだ。振動も無く、快適である。
但し、高所恐怖症でなければ、である。最初から比べれば随分と慣れてきたが、ユキさんは今も震えながらグラールをしっかりと抱き締めている。
それと、この魔大陸、魔素の濃度が高い。我が国の平均的なところの十倍はある。これなら魔法を使い放題だ。お陰で空飛ぶ馬車も自由に使える。魔大陸と呼ばれるようになったのも、そこから来ているのかもしれない。
言伝えによると、この大陸は龍の背中に乗っているとか。龍から漏れる魔力により魔素の濃度が高いと言われている。
これはあれか。龍神とか出てくる前振りなのか。
スワコウの街までは空飛ぶ馬車ですぐだった。一時間もかからなかった。
因みに、こちらでは、時間の読み方などが元の世界(日本)と同じだ。これで、私の国と時間がずれたりしないのだろうか。戻ってみたら浦島太郎とか勘弁して欲しい。
街の近くで地上に降り、街へは普通に馬車のように地上を走って入った。街の門番にユキさんの正体がバレるのではと心配したが、門番は仲間だったようだ。外から戻って来たユキさんに驚いていた。
地方都市にはユキさんの仲間が多い。転移陣前でユキさんの帰りを見張っているのは、首都からやって来た首都守備隊の者らしい。
私たちは宿を取り、そこに暫く滞在することとなった。ユキさんは忙しそうに仲間と連絡を取っている。私たちは特にやることもなく、宿で手持ち無沙汰だ。宿に泊まって二日目の朝、私はユキさんに話しかけた。
「ユキさん、少しいいかしら」
「どうかしましたか、エリーザ様」
「街を散策してこようと思うのだけれども、大丈夫かしら」
「そうですね。でしたら、護衛兼案内役を付けます。少々お待ち下さい」
「そう、忙しいところ悪いわね。それと、お金を両替できないかしら。向こうと使っているお金が違うわよね」
「それでしたら、エリーザ様が使う分は、私たちが払いますので、心配しないでください」
「それでは悪いわ。取り敢えず金貨を渡しておくから、どうにか両替しておいて。地金にして売っても構わないから」
「畏まりました。でしたら取り敢えずこれをどうぞ。これだけあれば買い物には困らないかと。両替できたものは後でお持ちします」
「ありがとう。では、使わせてもらうわね」
私は金貨と引き換えに、こちらのお金を手に入れた。
暫く待つと、護衛兼案内役の男女が現れた。男性は、背が高く痩せていて、ぱっと見商人に見えるが、身体は鍛え上げられているようだ。女性の方は、まだ少女と言った方がよく、私と年齢は同じ位に見える。街娘の格好をしている。
「聖女様。案内役を仰せつかったカークといいます」
「同じく、スーです。よろしきお願いします」
緊張しているのか、少女、スーさんが挨拶を少し噛んだ。真っ赤な顔をして俯いてしまった。
「エリーザよ。聖女ではなくエリーザと呼んでね。それと、侍女のシリーと、えーと。グラールよ。護衛のような者よ」
「グラールは聖女の道具」
「あは、ははは。だ、そうよ。よろしくお願いしますね」
グラールの発言に引きつった笑いをする私。護衛兼案内役の二人は若干引き気味だ。
二人に案内されスワコウの街を散策する。スワコウの街は神殿を中心に栄えた街で、巡礼に訪れる人も多く。神殿に続く道筋には、巡礼者を相手にしたお店が軒を連ねていた。
お土産物屋さんの前で木刀いや、木剣を見つけた。どこの世界でもお土産物といえばこれなのか。思わず手に取って見てしまう。
「お嬢さん、お目が高いね。それは龍神様の加護が籠もった木剣だ。これで訓練すれば、剣の腕がメキメキ強くなること間違いなしという品物だ。どうだい一本と言わず五本六本。まとめて買えばお安くしとくよ」
「ごめんなさい。私は、剣は」
「そうかい。お嬢さんは眼光鋭くて悪人顔で、剣士向きだと思ったんだが」
「誰が悪人顔ですって」
「あっ。ごゆっくり見ていってください」
店の店員は「しまった」という顔をすると、そそくさと店の奥に引っ込んでしまった。
ひとのこと、悪人顔だなんて失礼にも程がある。それにしてもやっぱり龍神信仰があるのね。
「この神殿、龍神を祀っているの」
私が手にしていた木剣を、側でしげしげと見ていたスーさんに聞いてみた。
「そうですね。この国では龍神を信仰している人は多いですよ」
「龍神を信仰していない私が、神殿に行っても構わないかしら」
「その辺は、おおらかですから、誰でも入れますよ」
「なら、行ってみようかしら」
「それでは案内しますね」
神殿には、首都から来た守備隊がいるらしいけれど、私は顔を知られているわけではないから大丈夫だろう。それに、守備隊がいるのは、神殿奥深くの転移陣の前らしいし、そこまでいかなければ会うこともないわよね。
神殿の中には巨大な龍の像が祀られていた。
「本来ならあの手に宝玉が握られていて、聖光を放っていたのですが、盗まれてしまって。きっと邪魔王の仕業です」
スーさんが悔しそうな表情を浮かべながら教えてくれた。
宝玉か。エルフの宝玉ならあるけれど、これは聖魔道具ではないわよね。どちらかといえば闇の魔道具みたいな感じだ。聖剣でも握らせてあげようかしら。私は聖剣を取り出してみた。
「主よ。まずいことになったぞ」
「どうしたの、こんなところで、人目があるわ」
人目があるこんなところで、剣が喋っていたらそれこそまずい。
「何か来る」
「何かって何、グラール」
「どうかされましたか」
カークさんが心配して声をかけてきた。
「まずいことになりそうなの。注意して」
「わかりました。スー。戦闘態勢」
「了解」
カークさんとスーさんが私を取り囲み、剣を構える。周囲の人はそれを見て、私たちから距離を取る。警戒する中、龍の像が輝き出した。これは、お約束通り龍神のお出ましか。随分伏線の回収が早いじゃないか。
光の輝きは龍の像の前に集まり始める。そして徐々に人型を取る。銀色長髪のイケメン青年である。どことなく保険医に似ている。だが、あっちは糸目。こちらは金色に輝く瞳をしている。
「聖杯と聖剣を従えし、聖女であり勇者よ」
あれ、私、勇者なの。聖剣を手に入れたらそうなるかも、と考えたことはあったけれど。私は自分を鑑定し称号を確認する。あ、本当だ。『聖女』『勇者』と併記されている。え、『創世者』なんてものまである。いつの間に増えたのかしら。って、創世の迷宮で創世の書を使った時に決まっているわね。
「なんでしょう。龍神様?」
龍神だよな。一応、疑問形で聞いてみる。
「我は龍神。其方に聖玉の所有権と賢者の称号を与えよう」
ああ、やっぱり龍神だったか。聖玉と賢者の称号をくれると言うが、もう、その手の物は十分間に合っています。きっぱりと断ろう。
「要りません」
「そうか、ならすぐに聖玉を呼び寄せよ」
要らないと言ったのに、理解してもらえなかったようだ。まさか、こちらが断りとは思っていなかったのだろう。
「だから、聖玉は要りません」
「なに、聖玉をいらんと申すか。賢者の称号も付けるのだぞ」
「聖玉も賢者の称号も要りません」
「そう言わずにもらってくれぬか。こちらにも都合があるのだ」
「面倒ごとはごめんです」
「面倒なことはない。聖玉の持ち主となって、聖玉を呼び出してくれればよいのだ。その後は、そこに置いておけばよい。必要な時はいつでも手許に呼び出せる」
「あれ、転移魔法は結界で阻害されていて、使えないはずじゃないのですか」
「人が張った結界ごときに、竜神の力が阻害されることはない」
「だそうですけど。女神のシリーさん。なにか言いたいことはありますか」
後ろに振り返り、控えていたシリーに問いただす。
「私だって、魔力の消費を考えずに全力をだせば多分、もしかしたら、きっとできます」
相変わらず、シリーは使えない。もう、放っておこう。
「他人にやらせず。龍神様が、自分で呼び戻せばいいじゃないですか」
「それが、そうもいかん決まりなのだ。あれがないとこの大陸が滅んでしまう」
「滅んでしまう。どうして」
「聖光に癒しの効果があるには知っているか」
「はい。知っていますが」
「その効果のおかげで、龍は穏やかな眠りについている」
「リラックス効果がある。よく眠れる」
グラールが隣で、ぼそりと言う。ああ、前にも聞いたわね。
「その効果が切れ、もし龍が起きてしまえば、この大陸全体に大地震が起こり、海に沈んでしまうだろう」
「龍の上に大陸なんか作らないでください」
「いやあ。魔素を高めるにはちょうどよかったのだ」
「はあー。わかりました。私が所有者になると宣言すればいいのですね」
「そうだ。それを私が認めれば、其方が聖玉の所有者で賢者だ」
「賢者とかいらないのですけれど。聖玉を取ってこいって話ではないなら、まあいいです。私が聖玉の所有者になります」
「我、龍神の名において、其方を聖玉の所有者と認めよう」
「後は、聖玉を呼び出せばいいのね。聖玉よ、来い」
私は右手を掲げ、魔力を込めながら聖玉を呼ぶ。
右手の上に光が集まり出し、凝縮すると一つの宝玉になった。
「これが聖玉、あら、顔がついているのね。可愛い。マルちゃんと呼ぶわね」
宝玉にはニコニコマークのような顔が映し出されていた。マルちゃんと呼ぶと嬉しそうに跳ね回っている。
「それじゃあマルちゃん、龍の像の手に戻ってね。必要になったら呼び出すから、その時はまたよろしく」
「ハーイ」
マルちゃん喋れるのね。
聖玉のマルちゃんは龍の像の手に収まり、淡い光を発し始めた。
「これでいいかしら、龍神様」
「ご苦労であった。其方の協力に感謝する。賢者の力、十分に使うといい」
「え、賢者の力ってなに」
その問いに答える間もなく、龍神は姿を消していた。
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