5-7-10 空飛ぶ馬車

 次ぐ朝、私たちは屋敷の庭で出発の準備をしていた。本当ならこんなこと必要なかったのだが、第一王子が見送りに来ることになってしまい、仕方なく急遽準備することとなった。

 なぜ、第一王子が見送りに来ることになったかというと、私は、昨日教会を出た後、予定にはなかったが、王宮に向かった。流石に婚約者である第一王子に黙って行く訳にはいかないだろうと考えを改めたからだ。その結果、見送りが決定した。


 庭でなにをしているかというと、空飛ぶ馬車を用意している。

 第一王子に言い訳をすると、案の定、一緒に行くと言い出した。そこで私は、事態は一刻を争う。緊急事態なので空飛ぶ馬車で飛んでいく。定員オーバーで第一王子は乗れない。と第一王子の同行を断ったのだ。そのため、空飛ぶ馬車を用意する羽目になった。


 元々この国に空飛ぶ馬車などない。ならどうする。作るしかないでしょ。


 先ずはユニコーンを召喚する。

 グラール曰く、幻獣であるユニコーンは空を飛べるそうだ。一度使い魔契約をしているユニコーンの召喚は簡単だ。やり方もニコラスから聞いている。


 無事、召喚したユニコーンに馬車を引いて空を飛べるか聞いてみる。

 ユニコーンは空を飛べるし、馬車を引くことも構わないが、引いている馬車を飛ばすことは出来ないと、グラールが通訳してくれた。


 ならば、馬車が浮けば問題ないだろうと、馬車を浮かせる方法を考える。

 ユキさんに物を浮かせる魔法が使えないか聞いてみた。浮かせる魔法はあるが、馬車の様な大きなものは無理だという。精々小石一個が限度だとか。そこは、魔力がカンストしている私。力業でどうにかする。幸い、迷宮の最下層に行ったおかげで、魔力はかなり溜まっている。


 ユキさんに試しに浮遊魔法を掛けてもらい。それを鑑定して、魔法陣を魔法回路に組み直す。出来た魔法回路を馬車に組み込む。


 使用する馬車は、二輪式で、座席があるだけの、二人乗りの物だ。私たちなら詰めれば三人でも座れる。グラールは膝に抱っこだ。

 この馬車にしたのは、重量が軽いからであるのは勿論だが、間違っても第一王子が乗車できないようにだ。


 後は私が、力任せに魔力を大量に込める。

 そんなこんなで、空飛ぶ馬車の出来上がりだ。

 試しに飛んでみるといい感じだ。ユキさんは高所恐怖症なのか、顔を引きつらせていたが、リココなどは大はしゃぎである。


 空飛ぶ馬車の試運転などをしているうちに、第一王子が見送りに来た。


「驚いた。本当に空飛ぶ馬車なのだな。これは量産できるのか」

「残念ながら、ユニコーンを確保できません」

「そうだったな。ユニコーンだったな」

 ユニコーンは角を折られていて、まだ再生していない。見た目ただの馬だ。


「エリーザに餞別というか、貸し与える物がある。これだ」

 私は、第一王子に、金糸の刺繍がしてある奇麗な袋に入った細長いものを手渡された。

「なんです。これは」

「これがあれば、エリーザなら聖女様と一緒に病の人を助けられるだろう」

 そうだ、第一王子は、私が本物の聖女だと知らない。だが、今はそんなことよりも。

「え、これって聖剣ですか」

「そうだ。命を救ってくれた礼でもある。但し、貸すだけだから、ちゃんと持って帰ってきてくれ」

 聖剣、思わぬところで手に入った。

「それは勿論。ところで、この聖剣名前はなんと」

「名前?聖剣に名前はないが」

「じゃあ、私が付けてもいいですか」

「構わんが」

「ふふふふふ。言質を取りましたからね」

 私は聖剣を袋から出し、鞘から抜くと魔力を込めた。

 聖剣は光輝き、やがてその光が一か所に集束した。


 ぽん。


 聖剣が擬人化し一人の老人が空中に浮かんだ。

「久しぶりに気高い魔力を受け入れたわい。さて汝が新しい主人か」

「エリーザよ。よろしく聖剣さん」

「うむ。聖剣さんでも構わんが、名前をくださらんか」

「では、聖剣クレイヴ=ソリッシュでどうかしら」

「聖剣クレイヴ=ソリッシュ、光の剣か。あいわかった」

「じゃあ、クレイヴ取り敢えず鞘に戻ってくれる」

「必要な時は、いつでも呼び出すがよい」

 クレイヴは剣に姿を戻すと鞘に収まった。良かった。ちゃんと元の聖剣に戻った。グラールの時は聖杯に戻らなくなったから心配したけれど。今回は名前を付けるときに「聖剣」と頭に付けたから、それが良かったのか。それともグラールが特殊だったのか。兎に角これで一安心。


「殿下。貴重なものをどうもありがとうございました」

「・・・。はっ。エリーザ、貸すだけだといったはずだが」

「はい、ちゃんとお返ししますよ(私が死んでから)」

「今、最後に何か言わなかったか」

「気のせいですよ。オホホホホ」

「はあ、まあよい。兎に角無事に帰ってきてくれ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと丁寧に扱いますから」

「聖剣のことではなかったのだが」

「リココさん聞きました」

「シリーさん聞きましたよ。殿下は、むふふふふ。ですね」

「そうですね。それに対して、お嬢様は残念ですね」

「ほんとに、とほほほほ。ですね」

「ちょっと、なにを言っているの、二人共。殿下の前で失礼よ」


 その後、殿下にユキさんを紹介し、ユキさんからは感謝の言葉が殿下に伝えられた。

 昨日王子に説明した時に、行先の国名をひた隠しにしていたら、帝国と勘違いされ、出発に反対されてしまった。仕方がないので転移陣のことは告げずに、未知の大陸の国だと教えたのだ。

 第一王子はきっと海を渡って来たと思っている。ユキさんにも話を合わせておくように言い聞かせてある。

 空飛ぶ馬車は、船を用意する必要がない言い訳にもちょうどよかった。


 そうこうするうちに、腹黒司祭に連れられて、グラールもやって来た。


「何か臭う」

「どうかしたのグラール」

「古臭い臭いがする。加齢臭」

「誰が加齢臭じゃ。この青二才」

 聖剣クレイヴから反論の声が響く。

「あれ、二人は知り合い」

「否」

「誰がこんな奴と知り合いなものか」

「そう。取り敢えず今は不味いから黙っていてね」

 聖剣とグラールは仲が悪いらしい。厄介な。


 第一王子、腹黒司祭、リココ、それと屋敷の者に見送られ、私たちは出発した。

 ユニコーンは馬車を引き、空高く駆け上がった。

 あれ、あそこに見えるのはケニーじゃない。血相を変えて走って追ってくる。何か急用かしら。念のため念話を送っておく。

[ケニー。どうかしたの]

[俺も連れて行け]

[無理だから。この馬車定員一杯なのよ]

[走ってついて行く]

[流石に無理だから。しばらく留守にするから、後のことよろしくね]


 そんなやり取りをしているうちに、あっという間に馬車は王都の外に出る。念話できる距離から外れてしまった。ケニーも流石に諦めるだろう。しかしこの空飛ぶ馬車、恐ろしく速いな。ユニコーンは疲れないのだろうか。グラールを通じて聞いてみた。

「聖女様の魔力をいただいているから疲れない、と言っている」

 使い魔だから私から魔力供給を受けているのね。だからこそ、こんなにも速く飛べるわけだ。


「ここら辺までくればいいでしょう。シリー、シナノの国に転移して」

「畏まりました」

 私たちはシナノの国の辺境に転移した。


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