5-7-8 言い訳を考えよう

 試練の迷宮最下層から、一瞬で王都の屋敷の自分の部屋に戻って来た私達を、留守番をしていたリココが迎える。

「お帰りなさいませ。エリーザお嬢様」

「ただいま。リココ。留守中変わったことはなかった」

「ケニー様がいらっしゃいましたが、今はお昼寝中だとお帰りいただきました」

「そう。何か用があったのかしら」

「特に言付け等ございませんでしたが」

「まあ、急用なら念話してくるわよね」


「ところでエリーザお嬢様。後ろの方はどうしたのですか。服も着ず、裸のままで。魔物に襲われ、服を奪われたのですか」

「裸ではない。失礼な。これは歴とした騎士服だ」

「これが騎士服。なんて破廉恥な。一体どこの娼館の騎士服ですか」

「なっ。某はシナノの国の近衛隊長だぞ。娼館の騎士呼ばわりは侮辱にも程がある」

「まあまあ、二人とも落ち着いて。ユキさん。その格好は、我が国では誰でもリココと同じ感想を持ちますよ。それからリココ。ユキさんの国では、あれが標準的な女騎士の服装だそうです。国の違いによる習慣の違いを認めないと駄目ですよ」

「申し訳ございません。エリーザお嬢様。余りにもショックだったもので、取り乱しました。お客様も失礼しました。以後気を付けますのでお許しください」

「某の方こそ、声を荒げてすまなかった。それと、私はユキ=アカシ、客人でなくエリーザ様の部下になった者だ。以後よろしく頼む」

「エリーザお嬢様の部下になられたのですか。私は専属侍女のリココ=メランといいます。こちらこそよろしくお願いしますね」

「それじゃあリココ、ユキさんに代わりの服を出して頂戴。流石にその格好だと我が国では出歩けない。下手をしたら公然猥褻で守備隊に連行されかねないわ」

「畏まりました」

「それほどですか。価値観の違いが著しいですね」


「これなどどうでしょう。この国で女性騎士が好んで着る服です。どれかサイズが合うでしょうか」

「うお、どこから出したのですか」

 リココが突然何もない空間から服を取り出したのでユキさんがびっくりしている。

「普通に収納魔法で出したのよ。そちらの国にはないの?」

「ありますが、魔法陣が描かれなかったもので愕きました。それに、いつ使うかわからない物を、あんなに収納している者は、某の知る限りおりません」

 リココは二十着近い数の服を次々と出している。

「それはまあ、我が国でもリココ以外にいないわ。リココは特別なのよ」

「そうですか」

「リココ、もうそれ位でいいわよ」

「はい、畏まりました」


 ユキさんは、リココが出した服の中から、サイズの合いそうな物をいくつか選び、着替えのために、リココと一緒に隣室に移った。


「お嬢様、よろしかったのでしょうか」

「何のこと、シリー」

「ユキさんのことです。部下にしてしまって、よろしかったのですか」

「よろしかったも何も、あそこで魔族を部下にするのは計画通りじゃない」

「ですが、その計画は一年近く先の予定です。ですから、相手はユキさんとは別の方になる筈です」

「まあ、それはそうなのだけれど、あそこで出逢っちゃったからね。見殺しにはできないわ」

「それにです。お嬢様。ユキさんの話によると、一年後には邪魔王が魔大陸を統一している可能性が高いです。今お嬢様が介入されますと筋書きが大きく変わってしまう可能性があります」

「それは確かにそうなのよね。もしかしたら、魔大陸を統一した邪魔王を倒すだけでよかったかもしれないのに、シナノの国でクーデターをして、邪魔王を退けて、場合によればその上で、残っている国を平定しなければならなくなるわけでしょ。やらなければならないことが随分と増えるわよね」

「いっそのこと、一年待ちますか」

「ユキさんと約束しちゃったからそうもいかないわよ」


 シリーと話しているうちにユキさんは着替えを済ませて、リココと一緒に戻ってきた。

「エリーザ様、着替え、ありがとうございました」

「別に気にせずともいいのよ」

「いえ、迷宮から連れ出していただいたことといい、感謝の言葉もございません。ですが、エリーザ様は私を騙したのですか」

「騙した?なんのことかしら」

「エリーザ様は、迷宮から私を連れて出られないと仰いました」

「ああ、嘘は言ってなかったのよ。シリーの転移魔法は特殊でね。どこでも行ける代わりに、私と私の所有物しか転移できないの」

「所有物には人間も含まれます」

 シリーが補足説明を加えた。

「あの時点で、近衛隊長だったユキさんは、私のものではなかったわ」

「成る程、それで、私のものになりなさい。発言となるのですね」

「まあ、そんなところかな」

 本当は、少し気が動転していただけだけれど。


「どこでも転移できるとのことですが、どの位の距離まで転移できるのですか」

「どこでもと言ったらどこでもよ。距離は関係ないわ。あ、だけど転移できなかった所もあったわね」

 創世の迷宮では転移が阻害されていて、最下層まで転移できなかった。

「シリー、その辺どうなの。ユキさんの国にも転移できる」

「確認しますね。えーと。距離的には問題ありませんが、所々、かなり広範囲に転移ができないところがありますね」

「それは転移防止の結界が張ってあるからではないでしょうか」

「へー。そんなものがあるのね」

「多分ユキさんの言った通りですね。転移が阻害されている感じがします」

「戦争中ですから。転移で敵に攻め込まれたら一溜りもありません。交易に支障がでますが仕方ありません」

「それもそうね。でもそうなると困ったことになったわ」

「何か戦術的問題でもありましたか」

「いえ、戦いの話でなく、学院生活とどう両立させるかの問題なのだけれど」

「クーデターを進めながら学院にも通う気でいたのですか」

「シリーの転移があれば可能だと思っていたのよ。それにクーデター自体は然程時間を取られないと思っているわ。大変なのはその後よ。どうやって邪魔王を退けるかよ。学院の冬休みまでは待てないわよね」

「そうですね。できるだけ早く動く必要があります」

「学院に通わなくて済む何か良い言い訳はないかしら」


「留学していることにしたらどうでしょうか」

 リココが思い付いた案を提案する。

「それはいい案なのだけれど、問題は留学先よね。シナノの国に留学しますと言っても、どこそれって感じでしょうし」

「そうですね。シナノの国のことは大っぴらにできませんからね」

「なぜです。国王に伝えて、正式に送り出してもらえばいいのではないですか」

「シリーが転移魔法を使えるのは秘密なのよ。だから迷宮の最下層に行って、転移魔法陣を見つけたことも、そこで異国の女騎士を助けたことも表沙汰にできないのよ」

「確かにシリーさんの転移魔法は常識外れですね。秘密にするのもわかります」


「エルファンド神聖国に留学していることにしたらどうですか。シルキー王女に頼めばどうにかなるかもしれませんよ」

「確かにどうにかなりそうだけれど、実際に行ってないことがばれたら、後々厄介なことになりそうだし、それに、シルキー王女には借りを作りたくないのよ。本当に隣国に留学させられてしまいそうだから」

「シルキー王女ならやりかねないですね」

「そうですね。そうなると留学の線は難しいですか」

「そうね。いっそのこと失踪したことにしようかしら」

「家出をするということですか」

「そうよ。家出の理由は、諸國漫遊隠密世直旅なんかどうかしら。身分を隠して悪を懲らしめながら、世界各地を旅して巡るの。なんか楽しそうじゃない。言っていたら本当に行きたくなってしまったわ」

「まあ、実際にそれに近いことをするわけですから、それでいいのではないですか」

「いいわけないでしょう。シリーさん。投げ遣りになってますね」

「そんなことありませんよ。リココさん。ちょっと、どうでもいいと思っただけです」

「シリー。まじめに考えて」

「畏まりました。お嬢様」


 その後も意見を出し合い、一応の結論を得た。


「じゃあ、長期不在の言い訳はそういうということにして、行くメンバーだけれども、ユキさんとシリーで、リココには悪いけれどまた留守番をお願い」

「私もユキさんの国を見てみたかったですが、エリーザお嬢様の指示なら仕方ありません。わかりました。留守番します」

「それで、リココには留守番中も学院に通ってもらいたいの。そして、講義の内容と学院で何が起こったか、念話が通じれば念話で教えて欲しいの。念話が通じない場合は、私が戻ったら直ぐ確認できるように記録して置いて。お願いできる」

「畏まりました。お任せください」

「それと、サーヤさんに注意しておいて。トレス様も気にかけているから大丈夫だとは思うけれど、もし危険な目に合っていたら、ケニーに言って助けてもらって」

「サーヤさんって、ランドレース商会の方ですよね。わかりました」


「あと問題なのはグラールね。シリーが転移できないとなると、向こうでグラールを呼び出せない可能性があるわ。そうなると一緒に連れ出さなければならないのだけれども。教会に黙ってというわけにはいかないでしょうね」

「そうですね。黙って連れて行ったら誘拐ですね」

「別に構わない。我は聖女様のもの」

「うお、グラールまだいたの」

「呼び出しておいて存在を忘れるなんて失礼」

「あ、ごめんなさい」

「構わない」

「そうだわ。グラールから伝えてもれえればいいじゃない。本人の意思なら仕方ないでしょう」

「エリーザお嬢様、それはちょっと。後で文句を言われる留守番の身になってください」

「駄目かな」

 リココは首を大きく横に振った。

「駄目なのね」

 今度は首を縦に振る。

「わかったわ。教会に行って許可を取ってきます」

 はー。腹黒司祭に会わなければならないのか、気が重い。


 私はグラールを連れて教会に向かったのだった。


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