5-7-7 交渉
試練の迷宮最下層の部屋で、ユキさんは進むこともできず。戻ることもできず。このままでは唯死を待つのみだ。
私は考えた末、一つの案をだす。
「私が転移陣を発動しますから、それで向こうに帰ってください」
「それがそうもいかないのです。この転移陣は魔力を込めた本人しか転移できません。某が一人で来たのも、ほかの者達はほとんどウイルスに感染していて来られなかったからなのです」
「そうなのですか。そうなると・・・」
そう簡単には解決できないようだ。
「それに手ぶらで帰ったところで、待っているのは切腹です」
「え、どういうことですか。ユキさんの国は未だ攻め込まれていないのですよね。戦わずに自害する気なのですか」
「そうではないのです。いろいろ事情があって、この任務に失敗した場合切腹を申し使っているのです」
「それは、聖魔道具を持ち帰れなかった場合、切腹しろということですか」
「はい」
「それは、死ぬ気で頑張れと発破をかけられたのではなく」
「いえ、国王陛下からの正式な勅命です」
「そんな命令を出すなんて、どんな国王なのですか」
「一言で言ってしまえば独裁者でしょうか。気に入らない者は次々と粛清して、好き放題です。市民にも重税を課し、反抗するようであれば村ごと皆殺しです」
「それって、敵国に滅ぼされた方が市民のためなんじゃないんですか」
「ははははは。確かに邪魔王の方がマシかもしれませんね。ですが、邪魔王もウイルスを蔓延させて市民生活を困窮させています。その上で近しい者のみウイルスを除去して特権を与えているのです。五十歩百歩といったいところでしょうか」
ユキさんの国もいろいろ大変だな。
「そうですか。邪魔王というのは敵国の王なのですか。随分と変わった名前ですが」
「あ、邪魔王というのは某どもが勝手に呼んでいるだけです。邪悪なる魔王の略で邪魔王ですね。本人は真魔王と名乗っています」
「え、相手は魔王なのですか」
「某どもの国のある魔大陸では、昔、大陸を統一した王が魔王を名乗ったので、それに肖って、魔王を名乗る王は多いですよ」
「魔大陸。では魔族がいる国があるのですか」
「魔族ですか。周辺の島国からは、魔大陸の者は魔族と呼ばれていますね。そういう意味では私も魔族ですね」
「ユキさんは魔族だったのですか」
てっきり、来年の夏休みでなければ魔族に会えない、と考えていたからうっかりしていた。見た目も人間そのままで、私が思い浮かべていた魔族と容姿が違ったので、まったく気付かなかった。
「ええ、あまり呼ばれたことはありませんが」
「そうですか、ユキさんは魔族なのですか。なら私のものになりなさい」
「なんですか突然。私にそんな趣味はありません」
「お嬢様、言葉をお選びください」
「あ、そうね。落ち着け私。言葉を選べ。スーハー、スーハー、スーハー」
私は何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「ユキさん、これは交渉です。ユキさんが私の部下になり、私が魔王になる手助けをしてくれるなら、私がユキさん達のウイルスを除去しましょう。勿論、私が魔王になるのはユキさんの国でなくても構いません。というより、国はいりません。魔王の称号だけください」
「ちょっと待ってください。エリーザ様はウイルスの除去ができるのですか」
「少し変わっていますが、聖魔道具を所持しています。多分、『聖光』を出せると思います」
『聖光』って、私が聖杯を触った時に光った、枢機卿が聖女様の光と言っていた光のことよね。聖杯はグラールになってしまったけれど、聖属性は変わらないのだから出せるわよね。
「エリーザ様が『聖光』を出せることを証明してもらえますか」
「うーん。それもそうね。『聖光』が出せなかった場合、交渉しても意味がないものね。それじゃあグラールを呼び出すわね」
「呼び出す?」
「グラール来い」
私は念を込めてグラールを呼び出す。何もない空間からグラールが姿を現した。
「どれが悪。それを滅すればいいの」
現れたグラールはユキさんを指さしている。
「グラール、わざわざ来てもらって悪いけれど、今回は悪を滅するのではなく、『聖光』を出してもらいたいの。できる?」
「可能」
「じゃあ、やってもらっていい」
「聖なる光を思い浮かべて魔力を注いで」
「ああ、はい。じゃあ行くわよ」
私は教会での聖女様の光を思い出しながらグラールに魔力を注いだ。グラールは眩く光だす。正しく聖なる光。ユキさんは知らぬうちに膝を着き、両手を合わせてグラールを拝んでいる。
「グラール、もういいわ。ありがろう」
「構わない」
「ところでグラール。この光で病気や怪我が治るの」
「この光は癒しの光」
「治るということでいいのね」
「光を浴び続ければ、完治までに十日かかる怪我が一週間で治る」
「浴び続けなければ駄目なのね。微妙ね」
「リラックス効果がある。よく眠れる」
「本当に癒しの効果があるだけなのね。わかったわ。ありがとう」
「構わない」
「それでユキさん、これで証明になったかしら。ウイルスは除去できて」
「はっ。そうでした。闇を照らす光を示せ」
呆然としていたユキさんは、気を取り直すと、腰に挿してあったスティックを取り出し、呪文と共に空中に魔法陣を描き上げた。
『ライト』
魔法陣が収束し、一つの光の玉となりその場に浮かんだ。
「大丈夫です。ちゃんと魔法が使えるようになりました」
「それはよかったわ。だけど、やはりこちらの魔法とだいぶ違うわね」
「そうなのですか」
「こちらでは呪文を長々と唱えないし、魔法陣も浮かび上がらないわ」
「あ、呪文は唱えなくても魔法陣が描ければ魔法は発動します」
「その、魔法陣を描くためのスティック?杖?もこちらにはないわ」
「これも、慣れればなくてもできるのですが、あった方が簡単です」
「とにかく色々興味深いわ。後で詳しく教えてね」
「某は、グラールさん?についてお聞きしたいのですが」
「グラールは、元は聖杯なのよ。私の魔力で擬人化したの」
「聖杯を擬人化。遽には信じられませんが」
「信じなくてもいいわ。こちらにウイルスを除去する手段がある。それをわかってもらえれば」
「それはそうかもしれませんが」
ユキさんは困惑した表情だ。聖杯が擬人化したと言っても信じられないだろう。無理もない。
「それでは、交渉の続きよ。ユキさんは私の部下になり、私が魔王になる手助けをしてくれますか」
「それは・・・。某は王に仕える近衛隊の隊長ですから難しいかと」
「そう。なら交渉はこれで終わりね。ユキさんのウイルス除去はサービス致しますから、とっとと自分の国へお帰りください」
「ちょっと待ってください。いきなりそれでは交渉になりません」
「甘く見ないでください。ユキさんは近衛隊の隊長でありながら、クーデターを計画している組織のリーダーもしていますよね。王に仕えているから難しいとか、笑わせないでください」
「某が、クーデターを計画していることをなんで知っているのですか」
「先程鑑定させていただきましたから」
「鑑定でそこまでわかるはずがありません。いや、こちらの国の魔法ならわかるのか」
「お嬢様が特別なだけですよ」
「聖女だからな」
「そこの二人、余計なこと言わない」
「聖女。あの見た目で。いや、聖杯を従えているのだから聖女であることは間違いないのか。ならクーデターの象徴として。しかし、見た目が。だが、逆に考えれば、強い意志を示している王に相応しいとも取れる・・・」
「ちょっと、さっきから何か不愉快な発言が聞こえるのだけれども」
「はっ。心を読まれた」
「思っていることが声に出ていましたよ。余程のことがない限り。無断で人のことを鑑定したりしません。それに、人の考えていることは鑑定できません」
「あれ、できないのですか。私はてっきりやればできるのに、やらないだけかと思っていました」
「シリー、何を言っているの。できるわけがないでしょう。あれ、でも試したことはないですね。もしかしたらできるのかしら、ユキさん、試してみてもよいですか」
「駄目です。やめてください」
「そうですか。それは残念。それで、どうしますか。交渉を打ち切りますか」
「いえ、どうか私をエリーザ様の部下に、そしてエリーザ様を魔王に」
「交渉成立ね」
「よろしくお願いします。魔王様」
「それじゃあ、細かい打ち合わせは屋敷の部屋に戻ってからにしましょう。シリー、お願い」
「畏まりました」
『転移』
私たちは試練の迷宮から転移したのだった。
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