5-7-6 女騎士
試練の迷宮最奥の部屋で倒れていた、ビキニアーマの女性を私は助け起こした。
「大丈夫ですか。どこから具合が悪いのですか」
「水、水をください」
どうやら脱水症状を起こしているようだ。私は収納から水筒を取り出すと、彼女に差し出した。
「水です。たくさんありますから好きなだけどうぞ」
「辱い」
彼女は私から水筒を受け取ると、その水を飲み干した。
「プハー。生き返る。お陰で助かり申した」
「それはよかったです。ところであなたはどこからいらしたのですか。この辺では見慣れない格好なのですが」
彼女は自分の格好を確認し小首を傾げた。
「某の国では、女騎士はみんなこの格好ですが、こちらの国では違うのですか。某は、その転移陣でこちらに来たのですが、名はユキ=アカシと申す。シナノの国で近衛隊長をしているでござる」
おいおい、そのビキニアーマの格好で、喋り方は武士か。武士なのか。
「えーと。ユキさんは転移陣で来られたのですね。私、シナノの国というのを聞いたことがないのですが、ここからどの位離れているのですか」
「某もよくわからないのですが、言い伝えによると、大地の反対側につながっていると言われています」
「反対側ですか。そうなると別の大陸ですね」
「因みにここはなんという国なのでしょうか」
「あ、失礼しました。ここはファルベス王国。私はこの国の北の公爵の娘エリーザ=ノース=シュバルツ。それと、彼女は侍女のシリーですわ」
「公爵令嬢なのですか。そんな方がどうしてこんな所に。外に魔獣がいたはずですが。あ、騎士を引き連れて魔獣討伐に来られたのですね」
「いえ、ここに来たのは私たち二人だけですよ。ですが、外のケルベロスは大人しくさせましたから心配しないでください」
「外の魔獣はあなたの従魔だったのですか」
「いえ、そうではないのですが・・・」
「お嬢様が睨み付けて大人しくさせたのですよ」
「シリー。余計なことを言わないで」
「睨み付けてって、あの魔獣をですか」
「オホホホホ」
ここは笑って誤魔化すしかない。
「ところで、ユキさんはなぜこちらの国にいらしたのですか。近衛隊長が冒険でもないでしょうに、一人でいらした目的がわかりませんわ」
「実は、某たちの大陸には百を超える国があったのですが、十年ほど前からその中の一国が急激に力を付け、周辺諸国を武力で併合して始めたのです。このままでは後一年も経たずに、全ての国が滅ぼされてしまいそうな状況で、某の国も隣国まで敵が押し寄せており、戦が始まるのも間もなくでしょう」
「それで逃げてきた。いや、近衛隊長でしたね。なら、援助を求めにきたのですね」
「端的に言ってしまえばその通りです。貴国にご助力をいただきたい」
「ユキさんには申し訳ないけれど、それは多分無理ですわ。同盟国でもないユキさんの国を支援なんてできないでしょう」
「それはそうでしょうが、何も軍隊を出してくれとお願いする気はないのです。ただ、聖魔道具を譲っていただくか、無理なら貸していただきたいのです。勿論、それ相応の謝礼は払います故」
「聖魔道具。聖剣や聖杯ですか。確かに強力な武器になりますが、危険過ぎて渡せませんよ」
聖杯なんか使用したら、歴史が変わってしまうじゃない。
「いえ、武器として使用する気はないのです。ウイルスの除去のために『聖光』を使いたいだけなのです」
「まさか、細菌兵器が使われているのですか。ですが、聖杯で病気が治せるとは聞いていませんが」
「ウイルスと言っても、病気のウイルスとは違う、魔法ウイルスというものです。これに感染すると魔法の制御ができなくなります。これには聖魔道具から出る『聖光』が唯一の対抗手段なのですが、そのことがわかる前に、全ての聖魔道具を敵国に奪われてしまった次第で」
「魔法が使えなくなるだけで、健康には問題ないということですね」
ウイルスと言ってもコンピュータウイルスと同じように病気のウイルスとは別物なのね。
「その魔法が使えないのが大問題なのです。戦力が低下するのは勿論、こちらの国ではどうかわかりませんが、生活の至る所で魔法が使われているため、市民生活に支障が出ているのです」
「魔道具にも感染するのですか」
「いえ、魔道具には感染しませんが、感染した人は魔道具を使用できなくなります。実は某も感染していたようで、こちらに来る時は転移陣を発動できたのですが、こちらにきたら魔法が使えなくなってしまいました。進もうにも魔法が使えなければ魔獣を倒すことができず。戻ろうにも、転移陣が発動せず戻ることもできず。で、二進も三進も行かない状態だったのです」
「え、ユキさんも感染しているのですか。それって私たちに伝染する可能性はないのですか」
「某が今ここで魔法を使おうとしなければ伝染しません。魔法を使おうとすると他に伝染するようです」
「そうですか、その点はよかったです。少し安心しました。そのウイルスについて詳しく調べたいのですけれど、ユキさんを鑑定してもいいですか」
「あ、はい、どうぞ。ウイルスのことだけでなく、某の所属も確認してくだされ」
「それでは遠慮なく」
『鑑定』
「えっ、あーこれは、魔法の発動方法が違うのね」
「どうかしましたか」
「ユキさんは、いくつ魔法が使えますか」
「いくつ?」
「あー。何種類の魔法が使えますか」
「種類ですか。小さい頃から魔法の勉強は欠かしませんでしたから、大抵の魔法は使えますが、それがなにか」
「我が国では、魔法は、五歳の時、神から一つだけ授かるもので、複数の魔法が使える人はいないのです」
「魔法を神から授かるのですか。勉強して会得するのではなく」
「そうです。我が国では、魔法を勉強して会得した者はいません。魔法が一つと言いましたが、火系や水系など一つの系統だけしか使えないということで、経験を積んで、その系統の魔法の効果や威力を高めることは可能ですが」
「魔法が一系統しか使えなければ、生活に困るではないですか」
「生活には魔道具を使っていますから、困ることはないのです」
「我が国とこちらの国では随分と違うのですね」
「それでその魔法の習得法の違いにより、このウイルスは私たちには感染しません」
コンピュータウイルスがOSの違いにより感染しない場合がある。みたいな感じかな。
「そうですか。ならば、某がこちらの国にウイルスを撒き散らす心配はないのですね。それなら、ぜひこの国の国王に謁見し、聖魔道具を譲っていただけないか交渉しなければ」
「それが、そう簡単には国王に会えないと思います」
「それは勿論承知しています。粘り強く交渉あるのみです」
「そういうことではなくてですね。ユキさん、この転移陣の向こうはどこに繋がっていますか」
「某の国の地方都市にある、大聖堂の秘密の間ですが」
「そうですか。こちら側は地下迷宮の地下五十階です。出口に向かうには魔獣を倒しながら登っていく必要があります」
「迷宮の地下五十階。魔法も使えない状態で、食料も無し。無理。あ、でも、二人で降りて来られる程度なのですよね。それならなんとか」
「因みに、ここは未攻略の迷宮で、今まで誰もここまでたどり着いた者はいません」
「では、お二人はどうやってここに」
「それはお答えできませんし、今のところ、ユキさんをここから連れて出ることは、私達にはできません」
「そんな。どうにかなりませんか。このままではせっかく助けていただいたのに、結局は死を待つのみではありませんか」
ユキさんが必死に私に訴えかける。確かにこのままではユキさんは生殺しだ。流石に見捨てるのは良心が痛む。
どうしたものだろうか。
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