5-7-5 その頃、公爵令嬢は

「フフフフフ」

「エリーザお嬢様、どうしたのですか、そんな不気味な笑いを浮かべて」

「不気味なって、失礼ですね、リココ。天使が舞い上がる様なこの笑みに向かって」

「どう見ても、悪徳商人が悪巧みしている様にしか見えませんよ」

「リココも言うようになったわね。でもいいの。今は気分が良いから」

 私は手に持った女神の腕輪を掲げながら眺める。

「その腕輪直ったのですか」

「ええ、直るまでに随分と時間がかかって心配していたけれど、きちんと元通りに機能する様になったわ」

「女神の腕輪でしたよね。魔力吸収の機能がある」

「そうよ、これを身に付けていれば、魔法攻撃を自分のMPとして吸収できるわ」

「なにか、今でも強いエリーザお嬢様が、ますます無敵になられますね。そんなに強くなられてどうするおつもりですか」

「そうね。取り敢えず、必要なアイテムは揃ったし、当面の目標は試練の迷宮の攻略かしら」

 魔王になるために必要なアイテム、女神の腕輪、聖杯、エルフの宝玉、エリクサーの四つを揃えることができた。聖杯はグレースになってしまったが、聖杯と同じことができるので大丈夫であろう。念のため聖剣を手に入れる努力は続けるが。

 次のステップは、来年の夏の演習で、試練の迷宮最下層奥の隠し部屋で、魔族を配下にし、魔王になることだ。そのために、迷宮の攻略に向けて準備を進めなければならない。


「試練の迷宮というと、先日、第一王子が魔物にやられて死にそうになったところですよね」

「そうよ、第一王子はラスボスのケルベロスにやられたのよ」

「そうですか。エリーザお嬢様はその敵討ちに向かわれるのですね。亡き婚約者の仇を討つため迷宮に潜る令嬢。健気ですわ」

 リココが両手を祈る様に握り、目をキラキラさせている。

「リココ、第一王子は亡くなってないから。そんなこと言っていると不敬に問われるわよ」

 おーい。戻って来いリココ。

 戻って来ないリココは放って置いて、シリーを相手に話を進める。


「まずは、今まで迷宮攻略に向けて準備してきた、魔法カードの開発や剣の訓練などの戦力増強が、どの程度通用するのか検証が必要ね。取り敢えず、最下層のボス、ケルベロスとどの位戦えるか試してみることにしましょう」

 リココがこちらを見てニヨニヨしている。

「決して第一王子の敵討ちのため、ケルベロスを延しにいくのではないからね」


 そんなわけで、私はシリーを連れて試練の迷宮最下層に転移していた。転移したのがバレないように、例によってリココは屋敷の部屋で留守番である。


「あれがケルベロスのようね。そうすると背後の扉が冥界の門なのかしら」

 物陰から様子を伺いながら、なにとはなくシリーに話しかける。

「どういうことですか」

「ケルベロスは冥界の門の番犬だとよく言うでしょ」

「そうですか。ですがあれは、この世界を作った神が作ったものですから、あの扉の先は冥界ではないと思いますよ」

「そうなの」

「冥界とは、死んだ人の魂が行き着く先のことですよね」

「そうね」

「それなら、既にお嬢様はその扉を一度潜っていますよね」

「ああ、シリーがいた部屋の扉か。ん?シリウスっておおいぬ座の星よね。もしかしてシリーが本物のケルベロスなの」

「違いますよ。おおいぬ座の犬は番犬でなく猟犬です」

「あら違うのね。でも犬つながりであれをどうにかできない」

「別に名前がシリウスというだけで、私は犬ではないのですが」

「そうなの、それは残念。それじゃあまず仕返しの一撃を入れる前に鑑定してみるわね」

「お嬢様、仕返しではなかったはずではないのですか」

「あ、そうだったわね。仕返しではない一撃を入れる前に鑑定するわね」

「・・・。そうしてください」


『鑑定』


「なるほどね。さほど強くないけれど、殿下がやられた通り、唾液が猛毒なのね。それに再生能力もあるわね。おお、ユニコーンと同じように幻獣化もできるときたか。これは一発で決めないと厄介ね。本番までに何か一撃必殺の大技を用意しておかないと」

 そう、今日来たのはあくまでも下見。本番は来年夏の学院の演習時である。

「お嬢様なら、既に必殺の武器をお持ちではないですか」

「あれ、そんな強力な武器、何かあったかしら」

「そのいかにも悪役令嬢然とした、目付きの悪い魔眼ですよ。それで睨めばケルベロスでもイチコロです」

「誰が、目付きが悪いですって」

「こっちを睨まないでくださいよ。ここは魔素の濃度が非常に高いのですから。お嬢様のMPレベルがどんどん上がっているので、本気で睨まらたら私でも耐えられません」

「確かにMPが充実している感覚があるわね」

「現にスライムやユニコーンをそれで倒しているじゃないですか。それに、天界で私は消滅させられるところだったのですよ」

「そんなことも言っていたわね。わかったわ、それじゃあ一度やってみるから、効かなかったら直ぐに転移してよね」

「畏まりました。ですがそんな心配は無用だと思いますがね」

「一言多いのよ。一言。じゃあいくわよ」

 私は物陰から踏み出すと、ケルベロスを、魔力を込めて睨み付けた。

「平伏しなさい」

 私が思わず叫んでしまうと、ケルベロスは三つの頭を地面に摺り付け、平身低頭状態となった。

「やりましたね、お嬢様」

「うん、まあ、そうね」

 なんとなく納得がいかないけれど、これはこれでいいか。


「ふふふふふ。高々番犬の分際で、天の猟犬、おおいぬ座のシリウス様に楯突こうなんて百億年早いのよ。そのまま地に伏せっているがお似合いよ」

 あれー。シリーったら、さっき言っていたのと随分態度が違うのだけれど。対抗心満々じゃない。あんなに頭ごなしに言って大丈夫なのかしら、自分の実力で平伏せさせたわけでもないのに。

「シリー、余り虐めちゃ駄目よ。仕返しされるわよ」

「別に虐めてなどいません。上下関係をはっきりさせているだけです」

「ほんとに知らないわよ」

「ギャー」

 あっ。噛まれた。ほら見ろ。言わんこっちゃない。

「お嬢様。毒が。死にます。死んでしまいます」

 シリーの顔が見る見るうちに紫色に変色していった。

「仕方ないわね。はい。エリクサー」

 私はエリクサーをシリーに飲ませる。紫色の顔は直ぐに赤味を取り戻した。

「この馬鹿犬。なんてことしてくれるのよ」

「シリーよしなさい。エリクサーも数に限りがあるのだから、次に噛まれてもあげないわよ。ケルベロスも、いくら気に入らなくてもシリーを噛んだら駄目よ」

 文句を言うシリーを私は止め、そのうえで、ケルベロスを睨みながら注意する。ケルベロスはお腹を上に出して完全服従姿勢を示す。

「ざまあ」

「シリー。何度も言わせないで」

「すみません、お嬢様」

 シリーはなぜこうまでケルベロスに対して敵対的なのだろう。今までシリーが敵対心を顕にしたことはなかった。矢張り犬同士の縄張り争いなのだろうか。


 取り敢えずケルベロスは問題ないことがわかったことだし、さっさと扉の向こうを確認して帰ることにしよう。

「シリー、扉の向こうを確認するわよ」

「畏まりました」

 私はシリーを従え、扉を開け、その中に入った。そこは教室程の大きさの部屋で、中央に魔法陣が描かれていた。あれは転移陣のようだ。そして壁側にはなぜか一人の女騎士風の女性が倒れ込んでいた。


 私は不思議に思いながらもその女性を助け起こした。こんな所に人がいるのも不思議であるが、それ以上に、女性の格好が所謂ビキニアーマなのである。この世界では今まで見たこともない。一体この人どこから来たんだ。


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