5-7-4 三者会談? ヒロイン、大公令嬢、侯爵令嬢

 カフェでシローさんと商談した後、お手洗いに寄った私は、その扉を開けたまま固まってしまいました。

「あら、サーヤさん偶然ね」

 トレス様です。にこやかな笑顔をこちらに向けています。

「・・・」

 マリー様もいます。無言でこちらを睨んでいます。

「・・・。これは、トレス様にマリー様。こんにちは」

 ようやく私は挨拶の言葉を捻り出しました。


「平民がこんなところでなにをしているの」

「商談があって使わせていただきました」

「商談ですって。女のくせに生意気よ」

 行き成りマリー様に難癖を付けられました。

「マリー様、今時その考えでは遅れを取りますよ」

「ちっ、公爵令嬢になんか遅れをとってないわよ」

「そこまではっきりと申し上げてはおりませんが」

 トレス様とマリー様の言葉の応酬が始まってしまいました。学院でもよくあるのですが、私を巻き込まないで欲しいです。


「嫌味ったらしいわね。それより、あんた達二人して、盗み聞きをしていたんじゃないでしょうね」

「あら、盗み聞きされて困るようなことでも話されていたのですか」

「そんなことはないですけれど、殿下との語らいを聞かれたくないでしょ」

「あら、殿下とご一緒だったのですか。仲睦まじいことで羨ましい限りですわ」

「あの、私は先に失礼してもよろしいでしょうか」

 このまま私がここにいても仕方がないので、話の切れ目を狙って、思い切って声をあげました。


「平民は、さっさと用を済ませて出て行きなさいよ」

「あ、いえ、私はこのまま失礼します」

「サーヤさん。なにも遠慮してそのまま出ていく必要はないのよ。きちんと用を済ませてからいきなさい」

「え、でも。・・・。わかりました。失礼させていただきます」

 トレス様。こんな、すぐ外で二人がやり合っている所で、おちおち用が足せるわけないじゃないですか。


 私が個室に篭っている最中も、二人のいがみ合う声が漏れ聞こえてきます。

「あんた達も、公爵令嬢も覚えておきなさいよ。後で吠え面をかくことになるから」

 大声でそう宣言してマリー様は帰ったようです。私は恐る恐る個室から顔を出します。

「サーヤさん、変なことに巻き込んでごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

「ちょうどサーヤさんに聞きたいことがあったのだけれど、少しいいかしら」

 トレス様が申し訳なさそうに私に聞いてきます。

「構いませんがなんでしょう」

「サーヤさんは、結婚を約束した人や好きな男性はいるのかしら」

「え、なんですかいきなり。特にいませんけれど」

「それじゃあ、好きでもない人と結婚しろと言われたらどうします」

「普通に断りますが」

「まあ、そうですよね。それが断れない場合どうしますか」

「断れない場合ですか。断れない理由によりますし、相手にもよりますね」

「その相手が隣国の方と自分が恨んでいる方とではどちらがましですか」

「どちらも嫌ですけど、敢えて選ぶなら隣国ですかね。恨んでいる人とは一緒に暮らせませんよね」

「そうですよね。ありがとうございます。参考になりました」

 私の答えを聞いてトレス様はなぜか気落ちした様子です。何でしょうこの質問は、実際に選択しなければならない状況にあるように思えます。トレス様に婚約の話でも来たのでしょうか。

 そういえば、トレス様には婚約者がいませんね。婚約者候補の話も聞きませんし、貴族の令嬢としては遅いような気もしますが、何か理由でもあるのでしょうか。


「いえ、お役に立てたならよかったですが。他になにもなければこれで失礼しますが」

「ええ、気を付けて帰ってくださいね。あ、そうだ。最後にもう一つだけ。サーヤさんは、エリーザ様のことをどう思っていますか」

「エリーザ様ですか。難しい質問ですね。見た目は怖いですが、大変お優しい方ではないでしょうか」

「優しい?サーヤさんは入学当初、エリーザ様に水をかけられていましたよね。それでも優しいと言えるのですか」

「あれは、こちらとしても都合が良かったから。あれ、もしかしたら私に恥をかかせないために、自分が悪役になるのも構わずに助けてくださったのでしょうか」

「サーヤさん、どうしたの大丈夫」

「あ、すみません。大丈夫です」

 考えていたことが、思わず口を衝いて声に出ていたようです。

「エリーザ様は聖女様のような方です」

「え、どうしたの急に」

「いえ、今色々と思い返してみて、エリーザ様は聖女様のような方だと確信しました。間違いありません」

「そう。聖女様のような方なの」

「はい。そうです」

 実際には聖女様のような方ではなく、本物の聖女様ですが、これは口止めされているので言えません。

「ありがとう。参考になったわ。それでは長々と引き止めてごめんなさいね」

「いえ、それではお先に失礼します」

「はい、さようなら」

 トレス様は腑に落ちない顔をされていましたが、私は構わずに帰ることにしました。早く家に帰って、ゆっくりお手洗いに入ることにしましょう。


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