5-7-3 三者会談 ヒロイン、騎士団長の息子、商会頭の孫
「お待たせしました。シローさん」
「サーヤさん、ご無理を言ってお越しいただきありがとうございます」
私はレグホン商会のシローさんのお誘いで、王都でも一番格式の高いカフェに来ています。商会の応接室ばかりではなく、たまにはこういったところで商談するのも、目先が変わっていいのではないかと誘われたのです。
「サーヤさん、ところで、何故ケニー様も一緒なのですか」
シローさんは私にそばまで来ると、小声で訊ねられます。私と一緒に部屋に入ってこられたケニー様は、物珍しそうに部屋の中を見回しています。
「それが、たまたま店の入り口でご一緒して、店に入った時、従業員の方から、ご一緒ですかと聞かれて、ケニー様が、見守っているだけだと答えられたものだから、護衛と勘違いされて。訂正する間も無くこちらに案内されてしまいました」
「そうですか。わかりました」
シローさんはケニー様に向かって話しかけます。
「ケニー様、ご一緒していただけるということでよろしいのでしょうか」
「ん。おう。一緒で構わないぞ」
「そうですか。でしたら、そちらの席にどうぞ」
「悪いな。気にせず二人で話を進めてくれ」
シローさんは別に気にする様子もなく、事務的にケニー様に席を進めています。
「あの、構わないのですか」
「エリーザ様との商談の時も時々こんなことがありましたから、気にせず商談を始めましょう」
「はあ。そうですか」
その後、シローさんとの商談は滞りなく終わった。
「ケニー様。エリーザ様は、今度はなにをしでかしたのですか」
「ん。なんのことだ」
商談が終わるとシローさんはケニー様と話を始めた。
「夏休みの終わりに学院の訓練場で人払いをして、何かしていたと噂になっていますよ」
「ああ、ユニコーンの召喚のことか」
「ユニコーンですか」
「ちょっとケニー様、それを言ってしまって構わないのですか」
私は焦ってケニー様を止めに入る。
「あれ、喋っちゃまずかったのか。特に口止めされた覚えはないが」
「駄目に決まってるじゃないですか。わざわざ人払いして、警備に騎士まで外に出していたのに」
「あれ、その口振りだとサーヤさんも一緒にいたのですね」
「え、いえ私は」
シローさんの突っ込みに、私は思わず言い淀んでしまいます。
「たまたま訓練場で訓練していただけだぞ」
「う、なんで言っちゃうんですか」
「別に隠すほどのことでもないだろう」
「お二人で訓練していたのですか」
「違います」
「俺は監視のためにいただけだぞ」
「そうですか。(ほっとしました)」
シローさんが後半何か呟いたようでしたが、よく聞き取れませんでした。ほっとしましたと聞こえたような気がしますが、なににほっとしたのでしょう。
「兎に角、ケニー様もシローさんも訓練場でのことは絶対に秘密事項ですから、喋ったら駄目ですよ。特に私も居合わせていたなんて殺されても言わないでくださいね」
「わかりました」
「そこまで気にすることか」
「王子や王女殿下が居合わせた中、一人平民の私が一緒にいたなんてことが知れ渡ったら周りから変な目で見られてしまいます」
それでなくても侯爵令嬢に目を付けられているのに。
「王子や王女殿下がご臨席だったのですか」
「そうそう。隣国の王女もいたぞ」
「ですから、そのことについて気安く話さないでください」
私はなんとかケニー様とシローさんに口止めをしました。
「ところでケニー様はなにか用事でこのカフェに来たのではないのですか」
「俺か。俺は先ほども言ったように見守りのためだな」
「見守り?なにを見守っているのです」
「それは・・・。秘密なのかな?」
「えっ」
なぜかケニー様は私の方を見ています。
「えっ、サーヤさんですか。それに何故疑問形なのです」
「いや、エリーに頼まれたから、詳しくは分からん」
「えっ」
エリーってエリーザ様よね。なぜエリーザ様の名前が出てくるの。
「エリーザ様の依頼なのですか。エリーザ様がサーヤさんを監視しろと」
「万が一の時は守るように言われているな」
「万が一、ですか。通信機絡みでトラブルに合うかもしれないからですかね」
「よく分からんが、通信機の話が出る前だったような気もするが」
「そうなのですか。そういえば通信機の話が出た時、エリーザ様はサーヤさんとお近付きになりたいとおっしゃられていましたね。あの時は通信機を広げるために、ランドレース商会に近付きたいと思っていましたが。あれは逆に、サーヤさんに近付くために通信機の話を持っていったのかもしれませんね」
シローさん、なにその推理。考えすぎでしょう。私は一介の商人で、平民ですよ。
「私、何かエリーザ様に興味を持たれることがあるのかしら。確かに何度か助けてもらったことはありますが。日頃、お話しするようなことはありませんでしたよ」
「どうなのでしょうね。ただ、エリーザ様は将来サーヤさんが何かトラブルに合うかもしれないと考えているのは間違いないでしょうね」
「何か危険な未来でも見えたのかもしれないな」
「えっ、エリーザ様は未来予知ができるのですか」
「いや、それは分からん。本人はそんなこと一言も言っていないからな。ただ、そう考えた方が辻褄が合うことが多いというだけだ。単に鑑定結果から予測しているだけかもしれないが」
「鑑定結果ですか。どんな鑑定結果から未来を予測しているのでしょう」
「さあな。エリーに鑑定できない物はほぼないからな」
「そうですよね。人物ならその人の経歴まで鑑定できちゃいますからね」
「経歴って」
「その人がどこで生まれて、どうやって育ってきたか。犯罪歴はあるか。みんな鑑定できてしまいますからね。商会の採用面接の時はお願いして鑑定してもらっているのですよ。勿論相手の許可は取っていますよ。まあ、許可しない人は採用しませんけれどね」
「エリーザ様はそんなことまで鑑定できるのですか。それは記憶を読みとっているのですか」
「いえ、そうではないみたいですよ。本人が覚えていなかったり、知らなかったりすることでも鑑定していましたから」
「果物や野菜の産地や栽培方法も鑑定できるからな。未来は兎も角、過去は鑑定できることは間違いない」
「それはすごいですね。過去を鑑定できるなら、未来を鑑定できても不思議ではないかもしれませんね」
あれ、ということは、エリーザ様は、私が死ぬと学院入学式まで時間が戻るのを知っている可能性があるのではないでしょうか。そう考えれば、エリーザ様がケニー様に私を守るように頼んだのも理解できます。
それに、教会で聖杯のことで盗賊とやり合った二回目の時、エリーザ様は、私に死なれては困ると言って、教会に来られたとラン司祭から聞いた気がします。その時は気になりませんでしたが、今思うと私が死ぬのを知っていて、それをわざわざ助けに来たことになります。平民の、何度か顔を合わせたことがあるだけの私を、偶然居合わせたというわけでなく、わざわざ助けに来たのです。単に、聖女様だから慈悲深いという可能性もありますが、私が死んで、時間が戻ってしまうことを阻止しに来たと考える方がしっくりきます。
「サーヤさん、どうかしましたか」
「すみません。考え込んでしまって。シローさん。エリーザ様と二人きりでお会いする場を作ってもらうことは可能でしょうか」
「それは、エリーザ様にお伺いしてみてもいいですが。どのようなご用件ですか」
「用件ですか。そうですよね。ただ会って話がしたいでは通りませんよね。適当な用件が必要ですよね」
「何かエリーザ様も、サーヤさんに通信機の話を持って行った時、同じように悩んでいらっしゃいましたね。わかりました。用件は聞いていないが、サーヤさんが会いたがっていると伝えましょう」
「そうですか。シローさん、ありがとうございます」
「そんな回りくどいことせずとも、携帯念話機で念話を送れば済むだろう。確か預かっているのだよな」
「あ、はい。身に付けていますが。これは緊急連絡用で、それこそ死にそうな時に連絡するためのものかと」
「そんなに勿体ぶらずに、どんどん使えばいいだろ。俺なんか毎日連絡しているぞ。ついでだから、今聞いてやるよ」
「え、そんな。ケニー様にも、エリーザ様にも申し訳ない」
「いいって、いいって。・・・。あれ。通じないぞ」
ケニー様は携帯念話機を手で振って確かめています。
「エリーザ様が王都の外に出ているのではないのですか」
「そんな予定は聞いていないが。エリーは思い付きでどこへでも飛んでいくからな。俺はちょっと確かめに行く。それじゃあ邪魔したな」
ケニー様は急ぎ部屋を出て行ってしまいました。
「それでは私たちも帰りますか」
ケニー様に続き、私たちも部屋を出たのでした。
そうだ、帰る前に念のため、お手洗いに寄っておこう。
「シローさん、私はここで失礼します」
「あ、はい。また、よろしくお願いします」
シローさんと分かれた私は、お手洗いに向かいました。そして、その扉を開けた瞬間、私はその判断を後悔することになったのでした。
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