5-7-1 三者会談 第一王子、第一王女、大公令嬢

 私は、商店・歓楽街でも貴族街に接した、静かなカフェの一室に来ていた。このカフェは表通りの商店街通りから入る表玄関だけではなく、貴族街に面した裏通りから入ることができる裏口がある。貴族たちが秘密裏に会合を持つ時に利用するものだ。

 私も今回、第一王女から内密に会いたいと要請があり、ここに来ている。今まで、第一王女からこのような呼び出しを受けたことはない。一体どのような用件だろう。

 部屋の中であれこれ考えながら待っていると、予定よりまだ時間があるが、店の従業員に案内されて第一王女がやってきた。


「トレス、態々時間を割いてもらってすまなかったのじゃ」

「いえ、それは構いませんが、ナターシャ様、何故態々こんな所に呼び出されたのですか。秘密裏にとのことでしたが、どのようなご用件でしょうか」

「それについて話すのは、もう少し待ってほしいのじゃ。もう一人やって来るゆえ」

「そうですか」

 第一王女より遅れてくるとは、礼儀のなっていないやつだ。私は憮然としたが、さほど待つことはなくその無礼者はやってきた。


「いやあ、待たせたかな。こちらが呼び出したのにすまない」

「然程待ってはおらん。気にすることはないのじゃ」

「そうかい。トレス嬢も態々すまない」

「いえ。ただ、殿下からの呼び出しとは聞いていなかったもので、驚いています」

「ナターシャ、話してなかったのかい」

「どこから話が洩れるか、わからないからな。黙っておいたのじゃ」

「そうか。随分用心深いのだな」

「話の内容からすれば当然じゃ」

 やって来たのは、無礼者ではなく、第一王子だった。


「トレス嬢、実は君と腹を割って話し合いたいと、前から思っていたんだ」

「腹を割ってですか」

「そうなんだ。早速だが、私は、王位を継承するのは、正妻の子である第三王子が相応しいと考えている」

「行き成りですね」

「ははは。それを踏まえて、君は第三王子と結婚する気はあるのかい」

 行き成り過ぎるのも程があるだろう。一体何を考えている。言葉通りに受け取るわけにはいかないだろう。

 第一王子は王位に就きたくない。しかし、婚約者の公爵令嬢は王妃の最有力候補となってしまった。それなら、婚約は解消し、第三王子の婚約者にしてしまえばいい。こんなところだろうか。

「それはつまり、王妃には北の公爵令嬢を当てたいから、私の意向を聞きたいということですか」

「いや、逆だ。私が王位に付きたくないと考えているように、エリーザも王妃になりたくないと考えている」

「エリーザ様がですか」

 これは意外だな。第一王子が王位に就く気が無いのは察していたが、公爵令嬢が王妃になる気がないとは、あれだけ精力的に王妃教育を受け、実績も上げているのに、信じられないな。

「そうだ。できれば私はエリーザの願いを叶えたい。だから」

「ぷぷぷ」

「なんだい、ナターシャ。話の途中だぞ」

「エリーザの願いを叶えたいと言うが、姉君は王妃になることを願っていないだけでなく、第一王子と結婚することも望んでおらんぞ」

「くっ、そうだな。先程の発言は訂正しよう。私は王位を継承する気はないが、エリーザを手放すつもりはない。エリーザを第三王子には渡さない。これでいいか、ナターシャ」

「自分勝手な言い分だが、それが本音じゃろうから、まあいいのじゃ」

 第一王子はいつの間に公爵令嬢に惚れ込んでいたのだ。確か他からの縁談話を断る口実に婚約したと聞いていたにだが。ということは、第一王子は公爵令嬢に代わる王妃候補を探している訳か。

「つまり、第三王子の相手に、エリーザ様と同等以上の、王妃に相応しい方が必要で、それに私がなれということですか」

「話が早くて助かるよ、トレス嬢」

「確かに大公の娘なら公爵令嬢より上になりますから、表立った反対はないでしょうが、私では相手が納得しないでしょう」

「なぜだい。第三王子もエリーザ狙いなのかい」

「いえ、第三王子は秘密がばれないか、エリーザ様を警戒しており、好いてはいません。私も彼女のことは信用しておりませんし」

 多分、公爵令嬢は私の正体を知っている。そう簡単には信用できない。

「そうか、エリーザの鑑定を警戒しているのか。彼女なら隠れていても、変装していても、簡単に見つけ出してしまうだろうからな。第三王子がエリーザに好意を持っていないのであればよかった」

 第一王子は本当に公爵令嬢のことが好きなのだな。第三王子が公爵令嬢に好意を持っていないと知り、安堵したことが表情からも分かる。

「では、なぜトレス嬢では納得しないと思う。トレス嬢を好いていなくても王族や貴族なら政略結婚は普通だろう」

「自分が好きな相手を娶ろうとしている殿下が、そんなことを言いますか。ああ、エリーザ様から見たら紛れもなく政略結婚なのですね」

「これは手厳しいな」

「殿下も、嫌いな相手とは結婚したいと思わないでしょう」

「トレス嬢は、嫌われているのか」

「今のところはそんなことはありませんが、将来的には必ず嫌われるでしょう。いや、むしろ恨まれる。と言った方がよいかもしれません」

 そう。私の正体がばれれば恨まれることになるでしょう。

「恨まれるとは尋常ではないね。その理由を訊いても」

「それは殿下にもお話できません」

「第三王子が姿を見せないことに関係するのかな」

「ご想像にお任せします。兎に角、私が王妃になるのは無理です」

「そうなると、第三王子には他のお妃候補が必要だな」

 第一王子は、公爵令嬢に代わる王妃候補を探すのを諦める気はないようだ。


「今思いついたがシルキーはどうじゃろう」

 第一王女が聞き慣れない名前を上げてきた。

「夏休みに来ていた隣国の第三王女か」

「そうじゃ。シルキーなら姉君と姉妹になれると言えば喜んで嫁いで来るかもしれぬぞ」

「確かに、エリーザのことをかなり慕っていたからな。だがそうなるとこちらからも、それなりの人物を嫁に出さなければ、向こうの国が納得しないだろう」

「向こうの国には王子が二人いたからな。どちらかにトレスが嫁げばよかろう」

 第一王女。行き成り何を言い出すんだ。人のことを身売りするようなことを、簡単に言い出すんじゃないよ。

「私ですか。それはちょっと」

「なんじゃ、そなたはまだ婚約者候補もおらんし、問題なかろう。妾はレオンと婚約してしまったからな。それとも好きな相手がおるのか」

 そうか、第一王女も政略結婚するのだったな。王族や貴族の娘は皆その覚悟が必要なのか。

「そうではないのですが、私の一存では何とも答うえようがありません」

「そうか。ならご両親と相談して置くとよい。政略結婚だが、第三王子を王位に付けるためじゃ。どこぞの殿下のように単なる我が儘とはわけが違うぞ」

「ははは、本当に手厳しいな」

「まあ、それもこれも第三王子が自分で見つけてくれば済む話なのじゃが。大公家は第三王子と連絡が取れるのであろう。本人にも聞いてみてほしいのじゃ」

「そうですね。本人の意志が大切ですよね」


「しかし、第三王子はいつまで隠れているつもりなんだい。そのへん、なにか聞いてないかい」

「命の危険があるうちは姿を見せないでしょうね。少なくとも成人するまでは無理でしょう」

「命の危険か・・・。原因は側室たちなんだから、私と第二王子でどうにかできればよいのだけれど」

「そうなのじゃ。どうにかしてほしいものなのじゃ」

「そう簡単にどうにかできるようであれば、第三王子も姿を隠す必要もなかったでしょうが」

「ははは。面目ない」

「笑いごとではないのじゃ」


「兎に角、我が儘だの傲慢だの言われようともエリーザを手放すつもりはない。そのことは第三王子に釘を刺しておいてくれ。伝えたいことは以上だ。二人とも時間を取らせてすまなかったな。それではお先に失礼する」

 第一王子は言いたいことを言うと、さっさとその場から去っていった。


「トレス、第一王子の手前ああは言ったが、もし第三王子が希望するならエリーザ姉君を王妃に推すぞ」

「よいのですか」

「国のためじゃ。それが王族や貴族の務めじゃろう」

「そうですか。ナターシャ様は高貴なのですね」

「政略結婚も悪いものとは限らないのじゃ」

「レオン様とは仲がよろしいようで良かったですね」

「うむ、まあ、そんなかんじじゃ。妾もこれで失礼するぞ」

「はい、また何かありましたらお声がけください」

 第一王女も去り、一人残された私は思考をめぐらす。

 公爵令嬢とお会いする必要があるかもしれない。


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