5-6-7 ユニコーン召喚の現場にて ヒロイン
学院の夏休みも、残すところ一週間を切りました。夏休み中は商会の仕事が忙しく、ろくに休む暇もなく、大変でした。それというのも、公爵令嬢のエリーザ様の紹介で、レグホン商会と取引をすることとなり、通信機という魔道具の製造と販売を依頼されたためです。
発売と同時に問い合わせが殺到し、今でも品薄状態ではありますが、エリーザ様が製造方法を公開したため、発売時の混乱は収まりつつあります。製造方法を秘匿すれば、いくらでも儲けることができたでしょうに、エリーザ様は心が広い方です。
単純にそう考えていたら、それだけではないようです。レグホン商会のシロー君が裏話を教えてくれました。
帝国では、既に通信機が普及していること。このままでは、軍事、商業、全てに置いて我が国が劣勢になること。対抗するためには早急に我が国でも通信機を普及させなければならないこと。製造方法を公開しないと、騎士団や王族により独占されて、普及が図れないこと。レグホン商会には、似たような機能であるが、使い勝手が違う携帯念話機の独占販売を認められたこと。
私は胸に掛けられている携帯念話機の試作品を手に取ってみます。通信機に比べると伝えられる距離が短いものの、会話ではなく、念話が送れること。そして、常に身に付けておけるこの小ささ。これは爆発的に売れるでしょう。
ただ単に心が広いだけでなく、国のため他国に負けないように考え、民のため有用な技術が独占されないように考え、それでいて、お抱えの商会にはきちんと利益をもたらす。エリーザ様は、なんと聡明な方なのでしょう。
そんな訳で、夏休みの後半は、商会で仕事詰だったこともあり、身体を動かす機会がまるでありませんでした。完全に運動不足です。このままでは剣の腕も鈍ってしまいます。学院も始まることですし、鈍った身体を鍛え直すために、私は学院の訓練場で訓練をすることにしました。
そんな訳で、朝から訓練をしているのですが、何故かケニー様もいらして、ずっとこちらを見ています。そう、自からは訓練することなく、立ったまま、ずっとこちらを見ているのです。私に何か変なところでもあるのでしょうか。
そういえば、私がたまに外出すると必ずケニー様を見かけます。ケニー様は大きいから目立つだけ。ただの偶然。と思っていましたが、これはまさか、噂に聞く、ストーカーというやつでしょうか。だとしたら、どうしたらいいのでしょうか。ケニー様は確か騎士団長の息子さんだった筈です。そんな方がストーカーだとしたら大問題です。迂闊に他人には相談できません。
私は、胸に下げられている携帯念話機に再び手を添えます。そうだ、エリーザ様ならばケニー様とも仲が良かった筈。きっと相談に乗ってくれるだろう。
そう思っていたら、当のエリーザ様が訓練場に現われました。エリーザ様はこちらに気付くことなく、ケニー様と話を始めました。
なんだ、ケニー様は、エリーザ様と待ち合わせだったんですね。ストーカーだなんて、自意識過剰もいいところでした。相談する前で良かったです。
私が、安堵の息を吐いていると、エリーザ様に続いて騎士の方が多勢入ってきました。続いてニコラス先生にラン司祭、グラール様も一緒ですね。その後も何名か位が高そうな方が入ってこられます。一体これから何が始まるのでしょう。思わず呆然と立ちすくしていると、私を無視して何やら儀式の準備が進められているようです。騎士の方々は出入り口を封鎖して回っています。私も早くこの場を離れた方がいいでしょう。
そう思い、唯一開いている出口に向かって歩き出そうとした瞬間、あれが空中に現れたのです。あれです。あれ。私の運命を弄ぶ、選択肢の文字列が空中に浮かんでいるのです。
1 王子に抱き付く
2 司祭に抱き付く
3 教師に抱き付く
4 騎士団長の息子に抱き付く
5 公爵の息子に抱き付く
6 公爵令嬢に抱き付く
今回、選択肢が多い・・・。って、抱き付く選択肢しかないじゃない。私はこのままひっそりと帰りたいのです。
くー。この中では、6 が一番無難ですよね。王子に抱き付くなんて絶対に無理ですし、他の男性も有り得ないです。てか、あれ、第一王子様じゃないですか。第一王子様といえば、エリーザ様の婚約者だった筈です。この選択肢、私を殺しに来てるの。第一王子様に抱き付いたら、確実にエリーザ様に殺されます。
もう、6 番でいいです。いえ、6 番でお願いします。どうか、無事に生き残れますように。
「何でヒロインがここにいるのよ」
エリーザ様の大声で、私は我に返ります。
「サーヤさん。なぜここにいるの。どこから入ってきたの」
「え、あの、私は朝からここで訓練をしていたのですが」
私はエリーザ様に問い詰められ、しどろもどろです。
「彼女の言う通りだな。エリーが来るずっと前からここで訓練していたぞ」
ケニー様が助けに入ってくれました。ストーカーだと疑ってすみませんでした。
「そうなの」
ケニー様の言葉に、エリーザ様は考え込んでいます。
「あの、お邪魔なら直ぐに出て行きますから、そんなに睨まないでください」
ええ、本当に、今すぐ出て行きますから。
「あれ、サーヤさん、いたの。これから面白いことが起こるから、一緒に見ていかない」
ラン司祭が話に入ってきて、余計なことを言います。
「え、ですが・・・」
「サーヤさんの、この後の予定が空いていらっしゃるようであれば、ご一緒にどうですか」
私が言い澱んでいると、エリーザ様が誘ってくださいます。
「今日はここでずっと訓練するつもりでしたから、空いていますが。よろしいのですか」
公爵令嬢のお誘いを断る訳にはいきません。私は仕方なく一緒に見学することにしました。
「それならどうぞご一緒しましょう。えーと。それでは、ここにいる人達を紹介しておきますね」
「はい、よろしくお願いします」
別に紹介なんかしていただかなくても、隅の方で見学させていただきますから。と言いたいところですが、公爵令嬢にそう言われれば、そうも言えません。
「ニコラスと、ケニーは知っているだろうから、あと、第一王子も知っているかしら」
「学院で、遠くからお姿をお見かけしたことはあります」
「そう。第一王子の隣にいらっしゃるのが第一王女、その隣が私の弟のレオン、こちらにいらっしゃるのが、隣国エルファンドの第四王女」
王子に加えて、王女が二人も。ここは王宮か。想像以上に、そうそうたる顔ぶれに私は固まります。
「皆さん。こちらランドレース商会のサーヤさん。今回、ご一緒することになりました」
「サーヤです。よろしくお願いします」
私は、なんとか挨拶をすることができました。公爵令嬢のお誘いでもお断りするべきでした。後悔先に立たず、です。
「姉君、ちょっと、ちょっと」
第一王女様がエリーザ様を呼び寄せて、何やら耳打ちしています。
エリーザ様は既に王女様から、姉君と呼ばれているのですね。実に仲が良さそうです。
話が済んだのか、第一王女様が私の方に一歩踏み出します。何かお言葉をいただけるのでしょうか。
「妾がナターシャだ。エリーザ姉君の弟のレオンと婚約しておる。今は、ラブラブじゃ。だから、妾から、レオンを取ろうとしては駄目じゃぞ。それが約束できるなら、仲良くして進ぜよう」
「え、あ、はい。お約束します」
ちょっと、エリーザ様の弟様は第一王女様の婚約者だったのですか。危なかったです。これ、5 番の公爵の息子を選んでも打首だったじゃないですか。公爵の息子って誰かと思って興味を惹かれましたけれど、選ばなくてよかったです。しかも、第一王女様はエリーザ様の弟様とラブラブ宣言。確実に死んでいましたね。
その後、恐れ多いことに、第一王女様に、これからユニコーンを召喚するのだと教えていただきました。私は隅の方でそれを見学することにしました。
ニコラス先生が魔道具に魔力を込めると、光り輝く五芒星の召喚陣が描き出されます。そして、その輝きが一際増すと、その中央に半透明なユニコーンが現れたのです。召喚には成功したようです。
ここからは、聖女で在られるエリーザ様がユニコーンを実体化させます。今の半透明な状態は、幻のようなものなのだそうです。
そのユニコーンが、エリーザ様と視線が合うと顔を背けました。その後、エリーザ様と何故か私を見比べ、納得したかのように私の方に歩いて来ます。
ちょっと、何故、私の方に来るのですか。私は聖女ではありません。聖女は、エリーザ様です。こっちに来ないでください。
心の中でユニコーンに訴え掛けますが、訴えが通じることはありませんでした。ユニコーンは私の側まで来ると、纏っていた光が消え、半透明な状態から、実体化しました。
そして私に、顔を近付けてきます。もう少しで、顔と顔が触れ合うと思ったその瞬間、ユニコーンは顔を歪め、数歩私から離れました。そして、ブヒブヒ鳴いて、何か文句を言っているようです。仕舞いには、頭を下げ、前足を掻き鳴らし、威嚇を始めたのです。
「どうしたのかしら、いったい」
「騙しやがったなと怒っている」
「グラールは、ユニコーンが言っていることがわかるの」
「わかる。純情そうな顔をして、俺を騙しやがって、この偽聖女がと言っている」
エリーザ様とグラール様がそんな会話をしています。
「えー。私、聖女だなんて言ってませんよ」
私はグラール様に向かって叫びます。飛んだ言いがかりです。
「純心な俺の心を弄んだくせに、よくも抜け抜けと、この女狐がと言っている」
「それはよくないですよ、サーヤさん」
「私、そんなことしてませんし、そんなつもりもありませんってば」
なぜかエリーザ様からも私が悪者扱いされてしまいます。濡れ衣です。
「無意識でやっているのか、まさに、魔性の女、俺の傷ついた心の代償として滅ぶがいいと言っている」
「そんな」
私が抗議の声をあげると、ユニコーンが、私目掛けて、角を突き出して突っ込んできました。避けようと思うのですが、恐怖で身体が思うように動きません。あ、駄目だ。このままでは、また死ぬことになる。
そう思った瞬間、「危ない。サーヤさん」エリーザ様の声がすると同時に、私は遠くにいた筈のエリーザ様に抱き寄せられ、ユニコーンの突進を躱していました。
通り過ぎたユニコーンは向きを変え、こちらを睨んできます。私は生きた心地がしません。しかし、次の瞬間、ユニコーンは硬直し、そのまま横向きに倒れ込んだのです。
どうしたのでしょう。エリーザ様に抱き付いたまま、ユニコーンに近付いてみると、目を大きく見開き全身を痙攣させています。何事が起きたのかわかりませんが、私は助かったようです。
「わーん。怖かったです。エリーザ様、助けていただいてありがとうございました」
私はエリーザ様に抱き付いたまま、泣き弱ってしまったのでした。その時、少し下着が濡れていたのは誰にも内緒です。
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