5-6-6 ユニコーン召喚の現場にて 第一王子

 ユニコーンの召喚をするというので、学院の訓練場に関係者が集まっていた。第一王女が指揮を執り、関係者以外入れないように訓練場周辺を封鎖している。今回のユニコーン召喚は、エリクサーの材料を得ることが目的であり、このことが周囲に漏れると、いろいろと問題が起こる可能性がある。それを防ぐための処置だ。しかし、エリーザは、次から次へと問題を起こしてくれる。まあ、今回は、私のせいもあるので批難はできないが。


 試練の迷宮でケルベロスの毒を喰らって、瀕死の状態だったところをエリーザによって助けられたのだ。その時、エリクサーを使ったが、それは、隣国の第四王女の物であった。それを借り受ける代わりに、彼女はとんでもない約束を交わしたのだ。

 倍返し。伝説とも、幻とも言われるエリクサーを一週間以内に倍にして返すと約束したのだ。しかも、できなかった場合は自分が隣国に嫁ぐという条件付きで。大体、彼女は私の婚約者なのだから、勝手にそんな条件を飲んでもらっては困るのだが。

 まあ、彼女にしてみれば、エリクサーを用意できる目処があるからこそ、そんな約束をしたのだろうが。それがユニコーンの召喚とは、目眩がしてくる。こちらも伝説級。それこそ幻の幻獣なのだ。彼女には常識という言葉が全く通じないようだ。


「手順についてはこんなところね。ところで、二人はなぜここにいるのかしら」

 私とラン司祭に向けてエリーザが尋ねてきた。

「私を助けるために、シルキー王女殿下といろいろと約束したと聞いている。助けられた身としては見届けるのは当然であろう」

「グラールの世話は僕がしているんだ。連れてきたのも僕なんだから当たり前だろ」

「はいはい、そうですね。二人とも邪魔だけはしないでくださいね」

「邪魔なんかするわけないだろう。他人のことより自分がとんでもないことをしないか気を付けた方がいいだろう」

「その通りだな。君は目を離すといつもトラブルを引き起こすからな」

「人のことを、トラブルメイカーみたいに言わないでください」

「違うとでも言うのかい」

「自覚を持とうよ、自覚を」

「・・・」

 彼女は諦めたように無言で去っていった。


「君は随分とエリーザに嫌われているようだが、その自覚はあるのかい」

 私はラン司祭に聞いた。不躾な質問ではあるが、彼がエリーザを気に掛けているのは知っていたので、あえてぶつけてみた。

「好きの反対は、嫌いじゃなく、無関心だそうですよ。殿下は大丈夫なのですか」

 おっと、逆にやり返されてしまった。確かに彼女は私に関心がないようだ。もともと、お互いの利益のための婚約であるため仕方がないが、少し残念である。

「エリーザ嬢を縛るのは止めてもらいたいのですが」

「縛っているつもりはないが、それは個人的見解かな、それとも教会の見解かな」

「どちらもです。婚約者というだけで十分に行動を制限していますから」

「制限するくらいで丁度いいんじゃないか。今でも、目を離すとなにを仕出かすか分からないのだから」

「確かにそうなのですが、教会としては、彼女の行動に制限を掛けたくないのですよ。その結果、彼女に不利益なことがあったとしても」

 司祭がエリーザを気に掛けているのは、彼女のことを守りたいからではないのか。むしろ、彼女が何か危険な行動をすることに期待しているような口振りだ。

「教会としては、できるだけ早い婚約解消を望んでいます」

 そう言い残すと、ラン司祭はサーヤと呼ばれる少女の方に去っていった。


 エリーザがサーヤという少女を紹介していた。王都でも有数の商会の娘ということだが、エリーザがわざわざ第一王女に紹介している。第一王女もエリーザに促され、進んで声を掛けている。ラン司祭とは旧知の仲のようだ。どういった娘なのだ。


 それにしても、思った以上に、エリーザと第一王女の仲が親密になっているな。第一王女がエリーザを取り込んだのか、それとも、第一王女がエリーザに取り込まれたのか。少し確かめてみる必要があるかもしれない。

「意外だな。第一王女は、君の弟にぞっこんだったのだな」

「殿下」

「それにしても、いつの間に君は第三王子派になった」

「第三王子派になったつもりはありませんが」

「周りでは専らの噂だぞ」

「殿下はお困りですか。でしたらなるべく自重しますが」

「第一王子派の者は困っているだろうが、私自身は困っていない。だが、私を差し置いて、第一王女とばかり会っているのは面白くない」

「そうですか。これから学院が始まれば、ナターシャ殿下と会うことは減るでしょうし、殿下とお会いすることは増えると思いますよ」

「そうか。そうだな」

 第三王子派に取り込まれたわけではないようだが、これは、暗に、私が学院を卒業し、会えなくなれば、それ以降はわからないと言っているのか。第一、卒業と同時に婚約の見直しをする約束になっている。婚約解消。そういうことなのか。勘繰り過ぎか。


「学院が始まれば、イーサク兄様も戻って来られるでしょうから。兄様のこともよろしくお願いしますね。お姉様」

 隣国のシルキー王女が話に割り込んできた。

「イーサク殿下は、こちらに戻られるの?目的は達成されたのだから、もう、こちらには戻らないかと思っていましたが」

「王位継承の足場固めのためにも、国内に注力し、こちらには来ない方が良いと思うぞ。シルキー王女殿下からもそう伝えてみてはどうか」

 私は遠回しに、エリーザにちょっかいを出すなと伝えてみた。

「第一王子自らのご助言、痛み入ります。ですが、確かに、国内の足場固めも重要ですが、将来の王妃候補を見つけるのも重要ですから。ねー。お姉様」

「私に振られても、私は王妃になるつもりはないわよ。シルキー」

 シルキー王女はまるで引く気がないようだ。しかも既に、お姉様、シルキー、と呼び合う仲とは、どうすればここまで慕われるのだ。

「はー」

「どうしました殿下」

「君は第一王女だけでなく、隣国の第四王女も味方に付けたのか。この分だと北の公爵令嬢派ができるのも時間の問題だな」

「なんですかそれは、そんなもの作りませんよ」

「派閥ができるのに、本人の意思は関係ないんだよ。エリーザ」

 思わず、ため息が漏れる。


 事実、一部に彼女を女王にしてはという冗談とも、本気とも取れる話が出ている。現時点では彼女に王位継承権はないが、彼女の母親は先代の王の弟の娘だ。現在の王の従兄弟になる。確実に王家の血を引いているのだ。王が認めさえすれば王位継承権を得ることは簡単だ。そうなれば、間違いなく最有力候補となる。それほど既に彼女は実績を上げている。

 学院や王妃教育の成績が優秀なだけではない。迷宮を攻略し、ギルドランクも今はGだ。いや、創世の迷宮を完全攻略してきたとすれば、既にPランクかも知れない。残すランクはMとOだが、これは英雄だとか勇者がなるランクだ。一般人ではPランクが最高だ。彼女を一般人と呼んでいいかは疑問が残るが、つまり、ギルドランクでも大変優秀だということだ。(冒険者ランクは下から順にS F C A G P M O)

 それだけではない。新しい魔道具を作り、新商品を開発し、お抱えの商会と手を組んで、かなりの稼ぎを上げているようだ。その上、今回は、伝説のエリクサーを作るという。周囲の期待は留まるところを知らない。


 そんな彼女と、これ以上水を開けられないようにと、迷宮の攻略で無理をしてしまったことが、今回、私が死に掛けた原因でもあるが、今は、そんなことはどうでもよい。


 確かに彼女は、王子の婚約者として申し分なかった。王妃教育を卒なく熟し、学院での成績も優秀だ。見た目も目付きがきついが見目麗しい。むしろ、その目付きの鋭さが、上に立つものに相応しくも感じられる。彼女を差し置いて、自分の娘を婚約者にと言い出す者は居なかったし、学院でも、言い寄ってくる女性は居なかった。お陰で煩わしい思いをすることはなかった。

 しかし、彼女は私が望んでいた以上に王子の婚約者として申し分がなさすぎた。いつしか周囲の者は王妃に相応しいのは彼女だと考え出していた。しかも、それが第一王子派の中だけではなくなっていた。派閥に属さない者は勿論のこと、他の派閥の者までがそう考えているのだ。その上、隣国からの引きもあるとなると、これから彼女の周りは、ますます、騒がしくなることだろう。

 彼女には、私が学院を卒業したら、婚約は見直しても良いと最初に伝えてある。このままいくと、王位を継承するつもりがない私とは婚約を破棄することになる可能性が高い。しかし、私自身は彼女のことを気に入っているし、魔剣のこともある。できれば手放したくはない。


 彼女自身はどう考えているだろう。私のことは嫌ってはいないようだが、ラン司祭の言った「無関心」とまではいかないだろうが、積極的に婚約関係を続けたいとは考えていないようだ。

 一方、第二王子に対しては、明かに距離を置いている。私の婚約者だからと気を使っている可能性もあるが、第一王女との関係を見ると、それとは関係なく避けているようである。

 第三王子は行方が分からないが、第三王子派の第一王女とは親密だ。だが、第三王子派には、トレス大公令嬢がいる。そこを押し除けて第三王子と婚約するのは難しいだろうし、彼女もそう考えているだろう。

 そもそも、彼女自身は王妃になるつもりはないのだ。王子以外の相手を考えている可能性もある。しかし、それは周りが許さないだろう。彼女を王妃にしたいという周囲の期待はかなり高いのだ。


 それではどうする。簡単なことだ。代わりの王妃候補を立てればいい。だが、これはいうほど簡単ではない。彼女に代われるほどの候補がいないのだ。第二王子の婚約者候補の侯爵令嬢は、王妃になる気満々であるが、中身が伴わない。評価できるのはやる気だけである。やる気だけなら王国一だ。他はどこをとってもエリーザ以下だ。

 エリーザに対抗できるとなると、やはりトレス嬢となるだろう。だが、このトレス嬢もよくわからない。第三王子派を引っ張っているようであるが、第三王子の婚約者候補ではない。本人に王妃になる気があるのかは不明だ。というか、第三王子の行方が分からないのが一番の問題だ。一度、第一王女とトレス嬢に、話し合いを申し込んだ方が良いかもしれない。第三王子のことを、腹を割って話す必要がある。


 あれこれ考えているうちに、ニコラスがユニコーンの召喚に成功したようだ。あれが幻獣ユニコーンか。確かここからは聖女の出番だったな。

 聖女グラール。教会が秘匿しているため、その出生は明かにされていない。常識を身に付けるためと称し、最近学院に通っているが、謎だらけの人物だ。

「ラン司祭。エリーザはなぜ聖女を抱き抱えているのだ」

「説明があった通り、聖女に万が一のことがないようにですが、何か問題でも」

「いや、聖女を守るためなら、彼女ではなく、もっと屈強な騎士に守らせたらどうだ」

「なにを言っているんですか。そこらの騎士より彼女の方が強いでしょう」

「確かにそれはそうなのだが」

 彼女は、剣の腕前もそこらの騎士に負けることがない。

「それにしても聖女と仲が良さそうだな」

「それはもう、主従関係と言っていいほど仲がよろしいですよ」

「どっちが主で、どっちが従だ」

「あはははは。どっちでしょうね」

 笑って誤魔化されてしまった。どう見ても、エリーザの方が主だろう。


「む、ユニコーンの様子がおかしくないか」

「あれー。そっちに行きますか」

 ユニコーンは迷った挙句、サーヤに近付いていった。

「サーヤといったか。彼女も聖女なのか」

「いえ、聖女ではないのですけれどね。ちょっと特殊なことは確かですが、大丈夫なのかな」

 そして、ユニコーンは実体化して彼女に触れようとした。そこで、何かに気付いたのか、態度を急変させると、少し距離を取り、何やら威嚇を始めた。

「まずいですね。聖女じゃないと怒っているようです」

「聖女に、なだめさせれば良いのではないか」

「聞く耳を持ってくれればいいですけれど。あっ、危ない」

 見ている間に、ユニコーンがサーヤに突進した。助けに入らなければと思った瞬間、さっきまで聖女を抱き抱えていたエリーザがサーヤを抱き寄せ、ユニコーンの突進を躱していた。そのまま睨み合うエリーザとユニコーン。だがそれは長くは続かなかった。突然ユニコーンが硬直し、ばたりと横倒しになったのだった。

 心配そうにユニコーンに近付くエリーザ。私もエリーザの側に駆け寄る。


「流石、スライムなら睨むだけで殺せるだけはあるな。ユニコーンをひと睨みで失神させるとは、恐れ入った」

「え、これ、私のせい」

 エリーザ本人も信じられない様子だが、彼女の魔眼によるものとみて間違い無いだろう。魔眼の効果を間近で見るのは初めてであるが、それにしてもすごい威力だ。

「姉君は大したものだな」

「剣も使わずに、すごいです、お姉様」

 他のみんなも近付いてきて、エリーザを囃し立てる。

「わーん。怖かったです。エリーザ様、助けていただいてありがとうございました」

 サーヤは泣きながらエリーザに抱き付いていた。


 ニコラスとケニーが、気絶しているユニコーンから角を切り取り、エリクサーの材料を得ることができた。なぜか目を覚ましたユニコーンはニコラスではなく、エリーザの使い魔となったようだ。聖女といい、ユニコーンといい、彼女は一体何人僕を持つつもりなのだろう。


 その後、レオンに手伝ってもらって無事エリクサーを完成させることができた。出来立てのエリクサーをシルキー王女に二本返していた。エリクサーが二倍になって戻って来たのに、シルキー王女は渋い顔だ。エリーザを自国に連れていく言い訳が無くなってしまったのだ。エリクサーとエリーザの価値を比較すれば渋い顔にもなるだろう。

 しかし、これは、エリクサーのことは秘匿するとしても、エリーザには何か礼をしない訳にはいかないだろう。エリーザより価値が低いとしても、それは比較することがおかしいのだ。エリクサーの価値も計り知れない。それだけに頭の痛いところだ。私はどうしたものかと頭を抱えるのであった。

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