5-6-5 幻獣ユニコーン
「王女殿下、周辺の人払い、及び、入口の封鎖、完了しました」
「ご苦労。それでは外で誰も入って来ないように、見張をよろしくなのじゃ」
「了解しました」
私たちは幻獣ユニコーンを召喚するため、夏休み中の学院の訓練場に来ていた。情報秘匿と安全確保のため、ナターシャ殿下が連れて来た騎士隊が、人払いをして、入り口を封鎖した。
「ニコラス、準備は済んだかしら」
「はい、エリーザお嬢様」
「それでは手順の最終確認ね」
私は、皆に手順の最終確認を始める。
まずは、ニコラスが幻獣ユニコーンを召喚する。
召喚された幻獣ユニコーンはそのままでは実体がない。言わば幻のような物だ。幻獣と言われる由縁でもある。その状態では捕まえることも、使い魔契約を結ぶことも出来ないので、実体化させなければならない。
この時必要となるのが、聖女である。ユニコーンは聖女の側では、安心して実体化するそうだ。そのため、今回は、グラールを聖女(ダミー)として連れてきていている。
聖女に万が一のことがあるとまずいので、私が聖女を抱き抱えるようにし、いつでも、不測の事態に対処できるようにした。
そして、実体化したユニコーンとニコラスが、エルフの宝玉を使い使い魔契約を結ぶ。
使い魔契約が済んだら、ユニコーンの角を切り落とす。当初は私がやる予定であったが、なぜか呼んでもいないのに、毎度お馴染みな、ケニーがいるので、彼にやってもらうことにした。
「手順についてはこんなところね。ところで、二人はなぜここにいるのかしら」
今、ここにいるのは、私の他に。
ニコラス、ユニコーンの召喚と使い魔契約を担当するのだから当然だ。
ナターシャ殿下、訓練場の警備を手配してくれている。
シルキー様、エリクサーの入手方法を教える約束をしている。
レオン、この後、エリクサーの調合を手伝ってもらう。
ケニー、呼んではいないのだが、毎度のことなので、もう、何も言うまい。
そして、なぜか、第一王子と腹黒司祭がいる。
「私を助けるために、シルキー王女殿下といろいろと約束したと聞いている。助けられた身としては見届けるのは当然であろう」
「グラールの世話は僕がしているんだ。連れてきたのも僕なんだから当たり前だろ」
「はいはい、そうですね。二人とも邪魔だけはしないでくださいね」
「邪魔なんかするわけないだろう。他人のことより自分がとんでもないことをしないか気を付けた方がいいだろう」
「その通りだな。君は目を離すといつもトラブルを引き起こすからな」
「人のことを、トラブルメイカーみたいに言わないでください」
「違うとでも言うのかい」
「自覚を持とうよ、自覚を」
「・・・」
この二人に何を言っても無駄だ。好きにさせておこう。
しかし、まあ、攻略対象が五人も集まっていると壮観だね。ここにヒロインがいないのが不思議なくらいだ。
「ところでエリー」
「ケニー、どうかしたの」
「彼女はあのままでいいのか」
「彼女?」
私はケニーが指し示す方に首を回した。そこにはヒロインが呆然と立ち竦んでいた。
「何でヒロインがここにいるのよ」
私は思わず大声をあげてしまった。おっと、まずい、落ち着け、落ち着け。
「サーヤさん。なぜここにいるの。どこから入ってきたの」
私は微笑み掛けながら、彼女を問い質した。
「え、あの、私は朝からここで訓練をしていたのですが」
「彼女の言う通りだな。エリーが来るずっと前からここで訓練していたぞ」
「そうなの」
え、朝からいたの。全然気付かなかったのだけれども。そして、ケニーはなぜそれを知っている。あ、私がヒロインを見張るように言っていたからか。そうすると、ケニーがここにいるのもそのためか。いや、ケニーのことはどうでもいい。それより、ヒロインだ。今までケニー以外、誰も気に留めていなかったということは、これはイベント強制力の可能性がある。下手に追い出すと、私が虐めたように取られる可能性が高い。
「あの、お邪魔なら直ぐに出て行きますから、そんなに睨まないでください」
ほらやっぱり、誤解された。睨んでねーよ。微笑み掛けているのだよ。
しかし、このままヒロインをここに据え置くと、もっと厄介なことになりかねない。なにせ、ここには、攻略対象が五人も集まっているのだから。どんなフラグが立つかわかったものではない。ここは悩みどころだ。
「あれ、サーヤさん、いたの。これから面白いことが起こるから、一緒に見ていかない」
「え、ですが」
ヒロインが私の様子を窺っている。この腹黒司祭が余計なことを。こいつ、わかっていて、面白がっているな。くっ、こうなっては仕方がない。
「サーヤさんの、この後の予定が空いていらっしゃるようであれば、ご一緒にどうですか」
「今日はここでずっと訓練するつもりでしたから、空いていますが。よろしいのですか」
くそう。予定は無かったか。
「それならどうぞご一緒しましょう。えーと。それでは、ここにいる人達を紹介しておきますね」
「はい、よろしくお願いします」
「ニコラスと、ケニーは知っているだろうから、あと、第一王子も知っているかしら」
「学院で、遠くからお姿をお見かけしたことはあります」
「そう。第一王子の隣にいらっしゃるのが第一王女、その隣が私の弟のレオン、こちらにいらっしゃるのが、隣国エルファンドの第四王女」
想像以上に、そうそうたる顔ぶれにヒロインが固まる。
「皆さん。こちらランドレース商会のサーヤさん。今回、ご一緒することになりました」
「サーヤです。よろしくお願いします」
ヒロインは、なんとか挨拶をすることができた。
「姉君、ちょっと、ちょっと」
ナターシャ殿下が私を手招きする。私が近くに行くと顔を寄せ、耳打ちしてきた。
「あの子が前に話に出たサーヤさんなのか」
「そうですよ。レオンのことは牽制しつつ、仲良くしてくださいね」
私もナターシャ殿下に、耳打ちで返す。
「うむ。そうじゃったな。心配するのも頷ける可愛さじゃな」
そう言うと、ナターシャ殿下はヒロインの前に進み出た。
「妾がナターシャだ。エリーザ姉君の弟のレオンと婚約しておる。今は、ラブラブじゃ。だから、妾から、レオンを取ろうとしては駄目じゃぞ。それが約束できるなら、仲良くして進ぜよう」
「え、あ、はい。お約束します」
ヒロインが呆気に取られている。レオンとシルキー様は苦笑いだ。私は頭を抱えた。前に交渉ごとは得意だ。みたいなこと言っていましたよね。ナターシャ殿下。
「意外だな。第一王女は、君の弟にぞっこんだったのだな」
「殿下」
「それにしても、いつの間に君は第三王子派になった」
「第三王子派になったつもりはありませんが」
「周りでは専らの噂だぞ」
「殿下はお困りですか。でしたらなるべく自重しますが」
「第一王子派の者は困っているだろうが、私自身は困っていない。だが、私を差し置いて、第一王女とばかり会っているのは面白くない」
「そうですか。これから学院が始まれば、ナターシャ殿下と会うことは減るでしょうし、殿下とお会いすることは増えると思いますよ」
「そうか。そうだな」
なにを考えているのか殿下は暗い顔をした。私は理由がわからず、首を傾げた。
「学院が始まれば、イーサク兄様も戻って来られるでしょうから。兄様のこともよろしくお願いしますね。お姉様」
シルキー様が話に割り込んできた。
「イーサク殿下は、こちらに戻られるの?目的は達成されたのだから、もう、こちらには戻らないかと思っていましたが」
創世の迷宮を攻略し、実績をあげ、獣人の特徴も消えてしまったのだ。王位継承のためにこちらに来る必要はもう無い。むしろ、国を空けたくないところだろう。
「王位継承の足場固めのためにも、国内に注力し、こちらには来ない方が良いと思うぞ。シルキー王女殿下からもそう伝えてみてはどうか」
「第一王子自らのご助言、痛み入ります。ですが、確かに、国内の足場固めも重要ですが、将来の王妃候補を見つけるのも重要ですから。ねー。お姉様」
「私に振られても、私は王妃になるつもりはないわよ。シルキー」
「はー」
「どうしました殿下」
「君は第一王女だけでなく、隣国の第四王女も味方に付けたのか。この分だと北の公爵令嬢派ができるのも時間の問題だな」
「なんですかそれは、そんなもの作りませんよ」
「派閥ができるのに、本人の意思は関係ないんだよ。エリーザ」
王子殿下は少し疲れたように言ったのだった。
「それじゃあ、聖女様とエリーザお嬢様はこちらに、ケニー君はこっちにきてくれるかな」
ニコラスの指示で私たちは移動する。そこには五つの魔道具が大きな円を描くように等間隔に置かれていた。エルフの宝玉、世界樹の枝の杖、水の魔剣、風の羽衣、転写の魔鏡。どれも国宝級の魔道具ばかりだ。ニコラスはよくこれだけの物を集めた物だ。貴重な物ばかりだ。今のうちに鑑定しておこう。
「それでは始めます」
ニコラスは、私たちが位置についたことを確認すると、エルフの宝玉の前で魔力を込め始めた。込められた魔力は、エルフの宝玉を起点に他の魔道具に伝わっていく。それはやがて光り輝く五芒星の召喚陣を描き出した。
「おお」
周りから感嘆の声が上がる。
召喚魔法を見るのは初めてだが、今回は大規模召喚魔法のようだ。
なる程、ニコラス自身の魔術回路だけでなく、五つの魔道具の魔術回路の必要な部分を繋げ、召喚陣を拡張しているのだな。後で私も試してみよう。必要な魔術回路を一つにまとめてしまえば、上手くすればユニコーン召喚の専用魔道具が作れるかもしれない。そうなれば、ユニコーンをいつでも召喚できる。角取り放題、エリクサー作り放題である。
しかし、あれ程魔力を込めて大丈夫なのだろうか。ニコラスは身体中に魔力強化のアイテムを身に付けている。あの魔力量では、普通の魔道具ならば、とうに焼き切れてしまっていることだろう。むろん、魔道具はどれも国宝級なので、さほど心配ないが、むしろ心配なのはニコラスの方である。
私の心配をよそに、召喚陣は光を増し、その中央に朧げな、一本の角を持った白馬が姿を現し始めた。その姿は、光り輝き、半分透けていて、まるで立体映像のようである。
「おお、召喚に成功したのか」
周りからの歓声が大きくなる。
「聖女様、あとをお願いしますよ」
ニコラスはこちらに向かってそう言うと、用意しておいたMPポーションをがぶ飲みし始めた。ニコラスには、聖女がユニコーンを実体化させてから、ユニコーンと使い魔契約する役目がある。このままへたり込むわけにはいかないのだ。とは言ったものの、次は私の出番である。ここを上手くこなさなければ、次へは進めない。心して臨まなければ。
私は、グラールを抱き抱えたままユニコーンを見る。ユニコーンもこちらを見る。一瞬目が合ったので、私は微笑み掛けた。するとユニコーンはビクリとして、視線を逸らした。おい、なぜ視線を逸らす。
そしてユニコーンは周囲を見渡し、ヒロインを見つけると、こちらとヒロインを何度も見比べている。そして納得したように一度頷くと、ヒロインの方に歩み寄って行った。ちょっと、失礼にも程があるぞ。
そのままヒロインに近付くと、纏っていた光が消え、半透明だった身体もはっきりとわかるようになった。ちょっと予定と違って、カチンとくるところもあったが、無事実体化できたようだ。
「おお、実体化したぞ」
「聖女様の所でなく、サーヤさんの所に行ってしまったが、あれでいいのか」
「聖女様の後ろに、姉君を控えさせたのが、いけなかったのではないのか」
「兎も角、実体化には成功したのだ、よしとしよう」
みんな好き放題言っている。
ユニコーンはサーヤさんに頬擦りをするように顔を寄せた。その瞬間、ユニコーンは顔を歪め、数歩退いた。そして、ブヒブヒ鳴いて、何か文句を言っているようだ。仕舞いには、頭を下げ、前足を掻き鳴らし、威嚇を始めた。
「どうしたのかしら、いったい」
「騙しやがったなと怒っている」
「グラールは、ユニコーンが言っていることがわかるの」
「わかる。純情そうな顔をして、俺を騙しやがって、この偽聖女がと言っている」
「えー。私、聖女だなんて言ってませんよ」
「純心な俺の心を弄んだくせに、よくも抜け抜けと、この女狐がと言っている」
「それはよくないですよ、サーヤさん」
「私、そんなことしてませんし、そんなつもりもありませんってば」
「無意識でやっているのか、まさに、魔性の女、俺の傷ついた心の代償として滅ぶがいいと言っている」
「そんな」
「危ない。サーヤさん」
ユニコーンが、サーヤさんに、角を突き出して突っ込んでいった。
『瞬歩』
私は、すかさずサーヤさんとユニコーンの間に割り込むと、サーヤさんを抱き寄せ、ユニコーンの突進を躱した。通り過ぎたユニコーンは向きを変え、こちらを睨んできた。こちらも負けじと睨み返す。その途端ユニコーンは硬直し、そのまま横向きに倒れ込んだ。どうした。何事が起きた。恐る恐る近付いてみると、目を大きく見開き全身を痙攣させている。
「流石、スライムなら睨むだけで殺せるだけはあるな。ユニコーンをひと睨みで失神させるとは、恐れ入った」
いつの間にか第一王子がそばまで来ていた。
「え、これ、私のせい」
「姉君は大したものだな」
「剣も使わずに、すごいです、お姉様」
他のみんなも近付いてきて、囃し立てる。
「わーん。怖かったです。エリーザ様、助けていただいてありがとうございました」
サーヤさんは泣きながら私に抱き付いている。今回、お漏らしはしていないだろうか。この状態では確認できず、少し心配だ。
「完全に意識が有りませんね。この状態では、使い魔契約できませんし、意識が戻った後も、とても友好的に使い魔契約してくれるとは思えませんね」
「使い魔契約は、力ずくで従わせるわけじゃないのか」
「ユニコーンの場合、力ずくで従わせようとすると逃げちゃいますからね。友好関係を結んで、契約するしかないんです」
「成る程な。それで、角はどうする。使い魔契約できる見込みがないなら、伸びてる今切った方が良くないか」
「そうですね。頼めますかケニー君」
「任せろ」
ニコラスとケニーの二人が、ユニコーンの角を採取してくれた。
暫くして、ユニコーンは目を覚ますと、私の前で頭を下げ、ブヒブヒ言っている。
「聖女様、ぜひ俺を配下にしてくださいと言っている」
「えー。なんで。用は済んだから帰っていいよ」
角は既に確保した。ハッキリ言って角のないユニコーンに用はない。
「きっと役立ちますから、何卒と言いている」
「仕方がないから、配下にしてあげるわ。必要になったら呼び出すから、今日はもう帰っていいわよ」
「ありがたき幸せ。いつでもお呼びくださいと言っている」
そして、ヒヒヒーンと一鳴きし、光を纏い、幻と化すと、消えていった。
「あのユニコーン。角を切られて、これから大丈夫なのかしら」
「ユニコーンの角は、毎年生え変わるそうですよ。ですから、来年には元通りになっているはずです」
ニコラスが教えてくれた。
「そう、なら心配する必要はないのね」
来年になったら、また呼び出して角をもらおう。
その後、私は、レオンに手伝ってもらいエリクサーを調合し、無事、シルキー様にエリクサーを二本返すことができた。
伝説のエリクサーが二本になったのに、シルキー様は渋い顔をしていた。
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