5-6-4 エリクサー

 学院の夏休みも後半に入り、残すところも一週間と少しとなった。今日も今日とて、私は王宮に呼び出されていた。

「シルキー。いつまでここにいるつもりなの。そろそろ国に帰った方が良いと思うわよ」

「そうですね。お姉様の学院が始まるまでは、こちらでゆっくりさせていただこうかと思います」

「そんなこと言っていて大丈夫なの。大体正式な訪問でもないのに、後でどうなっても知らないわよ」

 そう、シルキーの訪問は、彼女がその場の成り行きで、勝手に決めたもので、正式なものではないのだ。だからこそ、逆に、ここでのんびりとしていられる。正式な訪問なら、行事が目白押しだろうし、帰国の日程も決まっているはずだ。

「大丈夫ですよ。私は第四王女ですし。国に帰っても、特にやることもありませんから。なるようになりますよ」

「ナターシャ殿下からも、なにか言ってあげてください」

「姉君よ。まあ良いではないか。妾も話し相手ができて退屈しないで済んでおる」

「はー。殿下までそんなことをおっしゃって」

 私がため息をついていると、王宮の執事がやってきた。


「王女殿下、ニコラス様がいらっしゃっていますが、いかがいたしましょう」

 ニコラスという名前を聞いて、ナターシャ殿下は誰のことかと一瞬考えたが、シルキー様の渋い顔を見て思い至ったようだ。

「丁度良い、お通ししろ」

「畏まりました」

「ちょっと、ナターシャ」

「シルキー、年貢の納め時だ」

 シルキー様が抗議の声を上げるが、ナターシャ殿下は取り合わない。暫くするとニコラスが執事に連れられてやってきた。


「ナターシャ王女殿下、この度はお目通りをお許しいただき感謝申し上げます。そして、シルキー王女が長らくご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」

「良い良い。妾は気にしておらん。そなたもそこに座れ」

「は、それでは失礼させていただきます」

 ニコラスはナターシャ殿下に勧められ、私たちと同じテーブルに腰を下ろした。

「ニコラス、戻っていたのね。元気そうで何よりだわ」

「エリーザお嬢様もお元気そうで何よりです。先程王都に到着しました」

「まあ、着いたばかりだというのに大変ね」

「はい。我が国には常識が抜けている王女殿下がいるものですから」

「な。私に常識がないと言うの」

「そうでございましょう。シルキー殿下。創世の迷宮までのお使いを頼まれたのに、隣国の王宮で寛がれておいでなのですから」

「私は、王の親書をちゃんとナターシャ王女に届けましたよ」

「創世の迷宮でナターシャ王女殿下にお会いできなかった時点で、お戻りになるべきだったのです。シルキー殿下が出発されて直ぐにイーサク王子殿下が戻られて、状況が大きく変わられました。ナターシャ王女殿下、こちらが新しい王の親書です」

 ニコラスは側仕えから親書を受け取ると、ナターシャ殿下にそれを渡した。

 新たな親書は、イーサク王子との約束を踏まえて書かれたものなのだろう。シルキー様が持ってこられたものより、現状に即した内容となっていた。

「それは、結果論からすれば、創世の迷宮から戻った方が良かったかも知れませんけれど、その時点では、わからなかったじゃないですか」

「それはそうですが、勝手に国外に出て、しかも用事が済んだのに、そのまま帰って来ないのは、王女として常識があるとは思えませんが」

「それは・・・。私は、将来の我が国の王妃候補と親睦を深めていたのです」

「王妃候補ですか」

 ニコラスはナターシャ殿下を見る。

「違うわよ。エリーザお姉様のことよ。ねー。お姉様」

 ニコラスは驚いてこちらを見る。

「何のことでしょう王女殿下様。私は王妃になる気も、隣国に嫁ぐ気もありませんが」

「あー。さっきまでシルキーと呼んでくれたのに、裏切りですわ。酷いです。お姉様」

「まあまあ、シルキー。姉君のことは駄目だと、最初から言っていただろう」

「そんな簡単に諦められません」

 ナターシャ殿下とシルキー様の言い合いが始まってしまった。

「エリーザお嬢様。どういうことです」

「はー。どういうことでしょうね」

 ニコラスが困り果ててしまった。私も困っている。


 ナターシャ殿下とシルキー様の言い争いは終わる様子がない。丁度良いので、私はニコラスと幻獣ユニコーン召喚の話をすることとした。

「ニコラス、例の召喚の件なのだけど」

「はい、こちらは既に準備が出来ています。後は聖女様の都合がつけば、いつでも召喚可能です」

「なら、近いうちに都合をつけて連絡するわ」

「はい、お待ちしております」

「ニコラスは、エリクサーの調合の仕方までは知らないのですよね」

「そうですね。残念ながら。アレの角がエリクサーの材料の一つだということしか知りません」

「そうなると、今までの研究を踏まえて、一つ一つ試してみるしかないわね」

 幻獣ユニコーンの角が手に入ったとしても、調合方法がわからなければエリクサーは調合できない。エリクサーの完成品を鑑定できれば、調合方法を知ることができるのだが、それが無い以上、何度も試行錯誤するしかない。

 レオンも連れてきて、半分くらい手伝わせることにしよう。もうばれているので、転移魔法を使えば、領地にいるレオンを王都まで呼ぶのは簡単だ。


「なにか面白そうな話をしているわね」

 ナターシャ殿下とシルキー様の二人は、いつのまにか言い争いをやめてこちらを見ていた。

「姉君はエリクサーを研究しているのか」

「はい、子供の頃からレオンと一緒に」

「それであれほどの薬草園が公爵邸にあったのか。しかし、エリクサーなど本当にできるのか。ただの言い伝えじゃろ」

「あら、エリクサーなら実在しますよ。私も一本持っています。これです」

 そう言うと、シルキーは手元のポーチから小瓶を取り出した。

「これが、エリクサーですか。鑑定してみてもよろしいでしょうか、王女殿下様」

「お姉様は案外疑り深いのですね。それで納得がいくなら鑑定してみてください。その代わり、本物だったら、また、シルキーと呼んでくださいね」

 シルキー様は、私が、エリクサーが本物か確認のために、鑑定したいと言ったと勘違いしているようである。しかし、私は、勿論、調合方法が知りたくて鑑定したいと言ったのである。だが、この際、そんなことはどうでもいい。シルキー様から許可は出たのだ。黙って鑑定しよう。


『鑑定』

 私はエリクサーの調合方法を知ることができた。シルキー様、様様だ。

「ありがとうございました。確かに本物です」

「シルキーと呼んでくださいね。お姉様」

「わかりました、シルキー」

「しかし、シルキーは、そんな貴重な物、よく持っていたな」

「確かに、失われたエルフの秘術を使って作られたもので、新たに作れませんから、貴重であることは間違いないでしょうが、我が国の宝物庫にはいくつか在庫がありましたよ」

「シルキー殿下、今更ですが、エリクサーのことを不用意に広めてはいけません」

「え、だってニコラスもお姉様とエリクサーの話をしていたじゃない」

「それは、あれです。エリクサーの一般的な世間話ですよ」

「嘘おっしゃい。エリクサーの材料がどうのと言っていたではないですか。それこそ、国家機密の漏洩ですよ。この売国奴め」

「いえ、そんなことは・・・」

「まあ、私の滞在をあと一週間認めるならば、今のは、聞かなかったことにしましょう」

 あらら。いつのまにか立場を逆転してしまった。この王女、抜けているように見えて、実はやり手なのか。


「そうなるとなおさら、よく持ち出しの許可が出たものじゃな」

「・・・」

「シルキー殿下、持ち出しの許可は取ったのですよね」

「いやー。急いでいたし」

「取っていないのですか。こんな貴重なものを無断で持ち出して。だから常識が抜けていると言われるのです。あれ、その胸のペンダントは何ですか」

 シルキー様は明らかにギクリとなり、ペンダントを握って隠し、顔を背けた。

「そのペンダント、国宝の『エルフの守り』ではないですか。それも黙って持ってきたのですか」

「いやー。もしもの時にあると安全かなと思って。それに、凄く役立ったし」

「役立ったって、何があったのです」

「え、いや。国境付近で襲撃されただけだよ」

「襲撃者は、護衛によりすぐに撃退されたと聞いていますが」

「あ、そうだよ。襲撃者は護衛が撃退したのだった。いや、ペンダントがあって心強かったということだよ」

「なにか怪しいですね」

「別に怪しくないよ」

 いや、この王女は、やはり抜けているようだ。


 シルキー様とニコラスが遣り合っていると、そこに騎士だと思われる伝令が駆け込んできた。

「王女殿下、大変なことが」

「なにごとじゃ、来客中だぞ」

「失礼しました。至急に王女殿下にお知らせしなければならない件がございます」

「それ程急ぎか。すまないが、少し席を外すぞ」

 そう言うと、ナターシャ殿下は伝令の騎士と隣の部屋に移動した。

「なんじゃと」

 扉越しに聞こえるほどナターシャ殿下は驚いているようだ。

「何事でしょうか」

「分かりませんが、大事なのは間違いないですね」

 暫くするとナターシャ殿下は隣の部屋から戻って来られた。

「申し訳ないが、急用ができた。今日のお茶会はこれで終わりとさせてもらう。それと姉君にはこれから一緒に来てもらおう」

「私ですか。どちらに行かれるのです」

「それは馬車で移動しながら話そう」

 王宮でのお茶会は解散し、私はナターシャ殿下と馬車で移動することとなった。


 馬車の中、私はナターシャ殿下に尋ねた。

「どこに向かっているのです」

「試練の迷宮じゃ」

「なぜそんなところに。・・・。第一王子に何かあったのですか」

「その通りじゃ。第一王子が魔物の毒を受けて重体じゃ」

「毒への備えをしていなかったのですか」

「もちろん備えはしていた。十分にな。それでも重体になったのじゃ。備えがなければ即死だっただろう」

「一体何にやられたのです」

「ケルベロスだそうじゃ」

「ケルベロスって、最下層のラスボスじゃないですか」

「そうなのか」

「そうです。まだ誰も倒していないのですよ。なぜ、そんなに下層まで」

「誰かに、いいところを見せたかったのではないか」

「そんな相手がいたのですか。言っていただければ応援したのに、水臭い」

「いや、これはただの妾の感じゃ」

 ナターシャ殿下は呆れたように前言を否定した。本当なら呆れますよね。いいところを見せようとして、逆にやられるなんて。

「そうですか。それにしても無理しすぎです。周りの心配も考えていただきたいものです」

「姉君も心配ではあるのだな」

「それは当然でしょう。それで、今はまだ迷宮の最下層ですか」

「いや、迷宮のそばの救護所に運ばれている」

「そうですか、重体とのことですが、どのような様子なのです」

「それが、芳しくないな。方々手を尽くしているようだが、どれも全く効かんようじゃ」

「じゃあ、このままでは」

「そうだな。覚悟を決めておいたほうがよいかも知れない」

「そうですか」


 程なくして、馬車は迷宮そばの救護所に着いた。

「王女殿下、それにエリーザ様も」

「第一王子はどこじゃ。案内せい」

「こちらです」

 私たちは入り口を警備していた騎士に連れられ、第一王子が運び込まれている病室に入った。

 第一王子は、全身の肌が紫色に変色し、意識がないようだ。

「様子はどうじゃ」

 ナターシャ殿下が側に控えていた医師に尋ねた。

「出来る限りの事はしているのですが、どれも効果がなく」

「そうか。それで、あとどのくらい持つ」

「このままでは、持っても二、三トキかと」

 医師は悔しそうに下を向いた。

「姉君、これからどうする。別の部屋を用意させようか」

「そうですね。先ずは王子殿下を鑑定してもよろしいですか」

「それは構いませんが、ケルベロスの毒の所為なのは間違いないですよ」

「いえ、私が知りたいのは治療法なのですが」

「そんなことが鑑定魔法で分かるのですか。そういえば、過去に鑑定魔法でアレルギーを直した少女がいたと聞いたことがありますが」

 いえ、それは私のことだと思いますが、直してはいません。アレルギーだと指摘しただけです。噂話に尾ひれが付いていますよ。と言いたいところだけれど黙っていた。そんなことより、先ずは鑑定だ。

「それじゃあ、鑑定しますね」


『鑑定』


 確かに、ケルベロスの唾液の毒ね。そして、治療法は、成程、そうきたか。薄々、そんな気がしていたけれど、やはり、エリクサーしかないのね。

 魔王になるために、試練の迷宮最下層で必要なアイテムとして、エリクサーがあるわけだわ。エリクサーがないと、最下層は攻略できない仕様なのね。これは。

 さて、こうなるとどうしたものか。

 あと二トキでユニコーンを召喚して、角を採取し、エリクサーを調合できるだろうか。調合自体は先程鑑定で覚えたから問題ない。問題はユニコーンの召喚と角の採取だ。今からニコラスに召喚の準備をさせて間に合うだろうか。間に合わなければ、第一王子の命はない。

 安全策を取るなら、シルキー様の持っている完成品だ。今から取りに行けば余裕で間に合う。だが、シルキー様が黙って提供してくれるだろうか。ただという訳にはいかないだろう。こちらも、それなりの覚悟を持って交渉しなければ。


「姉君。どうした。やはりだめだったか」

「いえ、治療法はありました」

「治療法があるのですか。一体どんな方法が」

「唯一の治療法は、エリクサーです」

「それは、伝説のエリクサーならば直るでしょうが、それは治療法が無いのと同じです」

「そうとも言えん。実は今、エリクサーを持った者が王宮におる」

「それは、真ですか。でしたら早く」

「それがそう簡単にはいかん。エリクサーを持っているのは隣国の王女だ。エリクサーと引き換えに、何を要求されるか分かったものではない。姉君もそれを考えていたのだろ」

「そうですね。ですが王子殿下の命には代えられません。私がお願いに行ってまいります」

「いや、妾が行こう。こういった交渉は得意だ」

「いえ、今回は私が行きます。王子殿下もナターシャ殿下に借りを作りたくないでしょう」

「そうか、だが分かっているのか、向こうはきっと姉君を要求するぞ」

「そうですね。その可能性は十分に考えて行って来ます」

「それが分かっているのなら、妾からはもう何も言うことはない。行ってまいれ」

「はい」


 私は馬車で王宮に戻ると、直ぐにシルキー様との面会を申し出た。何事が起きたか心配していたシルキー様は、すぐに面会に応じてくださった。

「急なことで申し訳ございません」

「構いませんよ。それで何があったのです」

「実は、第一王子が迷宮の魔物から毒を食らい、重体です」

「それは大変ですね。それで治療の目途は立っているのですか」

「それが、鑑定した結果、治療にはエリクサーが必要だとわかりました」

「鑑定でそんなことが分かるのですか」

 シルキー様は驚いた様子だったが、今はそれを問いただしている場合ではないと思い直したようだ。

「それよりも、エリクサーですか。それで私の元に来たのですね」

「その通りです。どうかエリクサーを貸してください」

「第一王子の命がかかっているということであれば、提供はいたしますが。我が国にとっても貴重なものです。ただという訳にはいきません。そうですね。エリクサーと引き換えに、お姉様には我が国に来ていただきましょうか」

「いえ、私が言ったのは、エリクサーを貸してくださいです。提供してくださいではありません。一週間あれば、こちらでもエリクサーを用意できるのですが、王子に必要なのは今直ぐなのです。一週間後に倍返しでどうでしょう」

「倍返し?何ですそれ」

「エリクサーを二本返すということです」

「一週間で、どこからエリクサーを手に入れるのです」

「それは秘密です」

「む。ではその秘密と引き換えにエリクサーを貸しましょう。但し、一週間後にエリクサーを二本用意できなかった場合、お姉様には我が国に来てもらいます。それでいいですか」

「ありがとうございます。それでお願いいたします」

 こうしてエリクサーを手に入れた私は、馬車で救護所まで急ぎ戻った。


 エリクサーを飲んだ第一王子は、今まで死にそうだったのが嘘のようにあっという間に回復した。流石、伝説のエリクサー。

 さて、それでは私はエリクサーの作成に取り掛かるとしましょう。先ずは、どうやって、私が聖女であることを誤魔化したまま、幻獣ユニコーンを召喚するかですね。第一王子の感謝の抱擁を受けながら、私はそんなことを考えていた。


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