5-6-3 呼び出し

 創世の迷宮から、王都に戻ってから一週間が経った。通信機やヒロインのことなどで忙しい一週間であった。ケニーは健気にも毎夜、その日のヒロインの様子を報告してくる。真面目に監視をしているようだ。偉い偉い。


「エリーザお嬢様。王宮から書状が届いていますが」

「ありがとう、リココ」

 やっときたか。想定通りなら王宮からの呼び出しだろう。王女襲撃事件の詳細を聞かれるのだろう。

 私はリココから受け取った封書を開け、内容を確認する。

「あら、予想と少し違ったわ」

「どうかされましたか」

 リココが心配そうにこちらを見る。

「王女襲撃事件の事情聴取かと思ったら、第一王女殿下からのお茶会のお誘いだったわ」

「今回の襲撃事件やレオン様との婚約で、かなりお近付きになられましたからね。それでお返事はどうしますか」

「王女殿下からのお誘いをお断りできないわ。返事を認めるから、届けさせて」

「畏まりました」

「あ、たまにはリココが王宮についてくる」

「私が、ですか。いえ、いつも通りシリーさんの方が良いと思いますが」

「そう。なら、シリーお願いね」

「畏まりました」

「リココも、王宮に行ってみたくなったら、遠慮せずに言ってね」

「はい、わかりました。一生ないとは思いますが」


 それから二日後、私はシリーを伴って、王女殿下のお茶会が行われる王宮の一室に来ていた。そこには王女殿下の他に、見覚えのある方がいらっしゃった。

「シルキー。こちらが北の公爵令嬢エリーザ=ノース=シュバルツ。姉君。こちらがエルファンド神聖王国第四王女シルキー=ハート=パルガン殿下」

 ナターシャ第一王女殿下が、それぞれを紹介してくださった。今日のお茶会は三人のようだ。王女二人に囲まれてのお茶会、あまり嬉しくない。リココが来たがらない気持ちが今なら少しわかる。


「初めまして王女殿下、エリーザと申します。今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします、北の公爵令嬢。実は前から一度お会いしたいと思っておりまして、今回無理を言ってナターシャ殿下に呼んでいただきました。よかったら私のことはシルキーと気軽に呼んでくださいね」

「お声を掛けていただき光栄です。それでしたら私のこともエリーザとお呼びください」


 隣国の第四王女がなぜここにいる。十日前に国境付近で助けたが、こちらに向かっている途中だったのか。一体なにしに来たのだ。助けたのが私だとはバレていないだろうな。

「シルキー殿下は、国王の親書をわざわざここまで届けてくれたのだ」

 顔に出ていただろうか、ナターシャ殿下が疑問に回答を与えてくれた。

「父に頼まれて創世の迷宮に向かったのですが、皆さん出立した後だったものですから。後を追ってきたのですけれど、結局ここまで追いつけませんでした」

 転移で帰って来てしまったから追いつけるわけがない。

「予定より創世の迷宮を早く発ってしまいましたからね。ご迷惑をおかけしました」

「いえ、全然。しかし、お隠れになるのがお上手なのですね。足跡を探しながらきたのですが、全く見つかりませんでした」

「そうですか。往路で襲撃にあいましたから、隠密行動を取らせていただきました」

「それは正解だったかもしれませんね」

 シルキー殿下が神妙な顔をされた。


「実はな、姉君。シルキー殿下は国境付近で襲撃を受けたそうだ」

「そうなのですか。それで大丈夫だったのですか」

「うむ、それがな、黒髪の仮面の令嬢に助けてもらったそうだ」

「まあ、黒髪の仮面の令嬢ですか」

 それって私のことだよね。エルフの宝玉で記憶を消したはずなのに、なぜ憶えている。

「ナターシャ。そのことは秘密だと約束したではありませんか」

 シルキー殿下がナターシャ殿下の話を遮る。

「シルキー。エリーザ嬢なら大丈夫だ。絶対にこの話を他に漏らすことはない。そうだろう姉君」

「は、はい」

 そりゃあ漏らさないよ。自分のことだもの。知られたら大変なことになりかねない。


「それでな、その仮面の令嬢だが、突然現れ、見たこともない魔法を使ってシルキー殿下たちを助けると、みんなの記憶を消して、また突然消えたそうだ」

「す、凄いですね。ですが、記憶を消されたはずなのに、なぜ、シルキー様はそのことを知っていらっしゃるのですか」

 そう、そこが一番の問題だ。


「このペンダントのお陰だと思うのです。いろいろな防御魔法が付与されているのですが、精神支配無効の効果もありますので」

「そうですか。それで記憶が消えなかったと」

 そうか、精神支配無効の魔道具で防げるのか。それだと魔力抵抗が高い人にも効かないかもしれないな。これからエルフの宝玉を使う時は気を付けないと。

「そうなのです。ですから他の皆さんは記憶が消えてしまい、どうしようかと考えたのです。それで、命の恩人の仮面の令嬢様が、記憶を消していったのだから、知られたくなかったのだろうと考え、皆さんには秘密にすることにしたのです」

 ここで一旦、話を切り、ナターシャ殿下を恨めしそうに見ながら話を続けた。

「それなのに、ナターシャが無理矢理聞き出すのですよ、酷いと思いませんか」

 ここで、私に向き直り、私の手を取り懇願するような瞳を向けた。

「ですから、エリーザさんは絶対に秘密にしてくださいね」

「わかりました。私もシルキー様と同じ考えです。仮面の令嬢は、きっと隠密行動中で、他人に知られたくなかったのでしょう。私は絶対に秘密にします。シルキー様も絶対に秘密にした方が良いと思いますよ」

「そうですよね。ありがとう。私も今度こそ誰にも話しません」


「うまくまとまったところで、話を蒸し返してしまって悪いのだけれども、姉君」

「なんでしょう、ナターシャ殿下」

「その黒髪の仮面の令嬢だが、金髪のメイドを連れていたそうだ」

「へー。そうですか。よくメイドだとわかりましたね」

「メイド服を着ていたそうだからな。間違いない。ですよね、シルキー」

「はい、ちょうど、そちらの方と同じ格好をされていました。そういえば、髪の感じもこんな金髪でしたね」

 シリー。なぜメイド服を着ていった。そういえば、こいつ、迷宮にもメイド服を着ていくやつだった。ああ、こんなことなら、今日は無理矢理にでもリココを連れてくればよかった。

「姉君。どうかされたか」

「いえ、別に。金髪のメイドなんか、世界中、探せばいくらでもいますよ」

「そうじゃな」

 そう言った後、ナターシャ殿下が私の耳元に近付くとボソリと呟いた。

「そのメイドはシリーと呼ばれていたそうじゃ」

 その言葉で硬直する私に、ナターシャ殿下は私の肩を叩きニヤリと微笑んだ。

「後で二人だけでゆっくり話そうか。姉君」

「・・・はい」


「そういえば、ナターシャはエリーザさんのことを姉君と呼んでいらっしゃるのね」

「そうじゃ。姉君の弟のレオンと婚約したからな」

「そうですか。それは、おめでとうございます。そういえばエリーザさんも婚約されているのですよね」

「はい。一応」

「第一王子と婚約している。そちらでも妾の姉君だ」

「それでは将来王妃様でしょうか。それでは、さん付けではまずいですね。エリーザ様」

「いえ、王妃になるつもりはありませんし、王女殿下に様付けなど恐れ多い。なんなら呼び捨てでも構いませんから」

「王妃になるつもりはないのですか。もし婚約を解消するのであれば、私の兄などどうでしょうか。実は、兄は、こちらの第一王子とエリーザ様が婚約しているのを知っていながら、エリーザ様のことを諦められないようなのです」

「なにを言っているのですかシルキー様。イーサク殿下とは親しくさせていただいていますけれど、そんな関係ではありません。イーサク殿下の言っているそれは冗談ですよ」

「え、いや、イーサク兄様でなく、シューサク兄様のことなのですけれど」

「シューサク様?どなただったでしょうか」

 私が思い出せないでいると、呆れたシリーに耳打ちされる。

「お嬢様、第二王子殿下の方ですよ」

「第二王子はツヴァイト殿下でしょ」

「隣国の方です」

「隣国・・・。ああ、私をネタにジョークトークした王子か」

「シューサク兄様が、なにか失礼なことでもいたしましたか」

「いえ、それほどのことでもありません。婚約解消したら自分のところに来いと、冗談を言われて、からかわれただけです」

「そうですか。シューサク兄様がそんなことを。大変申し訳ございませんでした」

「謝っていただかなくても大丈夫ですよ。今まですっかり忘れていましたから。気にしないでください」

「はあ」

 シルキー殿下は気の抜けた返事をした後、何やらぶつくさ呟いていた。

「シューサク兄様、駄目です。駄目駄目です。相手は覚えてさえいません。それより、イーサク兄様も、なのですか。これは帰ったら取っちめないと」

 だから、気にしなくてもいいのに。

「姉君は意外と持てるのだな」

「ナターシャ殿下も、からかわないでください」


「シルキー。念のために言っておくがな。今の婚約が破棄されても、エリーザ嬢を国外に嫁がせる気はないからな。兄上たちにはよく伝えておいてくれ」

「ナターシャ・・・。わかりました」

「ちょっとナターシャ殿下。私の婚姻を勝手に決めないでください」

「なにを言っておる。王族として、有力貴族の婚姻を決めるのは当たり前だろう」

「そんな。また私の知らないところで決まってしまうのね。よよよ(泣)」

「わかった、わかった。妾が決める場合は事前に相談するから。泣くな」

「約束ですよ。ちゃんと事前に相談してくださいよ」

「ああ、約束する。但し、妾が決める場合に限るがな」

「えー。それって、他の王族が決める場合は、我関せずということですか」

「そうなるな」

「それじゃあ、ほとんど意味ないじゃないですか」

「そうだな」

「・・・」

「諦めろ」

「うっ」

「こちらの国は随分と大変なのですね」

 私が言葉に詰まっていると、シルキー殿下が哀れむように呟いていた。


 その後は、なるようにしかならないと、気を取り直した私と王女殿下たちの三人で、最近流行のお菓子やファッションなどの女子トークで、和やかに時間が過ぎていった。


 そろそろ時間的にお開きかな、という雰囲気になったところで、シルキー殿下が爆弾を投下した。

「それにしても、エリーザ様の付き人の方はお奇麗ですね。スタイルも良くて。まるで女神様のようです」

 まあ、まんま、女神なのだけれど。

「お褒めいただき光栄に存じます。彼女には私の子供の頃から、専属の侍女をしてもらっています」

「そうですか。それで侍女さんのお名前はなんておっしゃるのかしら」

「えー。専属侍女の名前はリココです」

「そう。リココさん。どうしたらそんなにスタイルが良くなるのかしら。なにか秘訣があれば教えていただきたいわ」

「・・・」

 シルキー殿下がシリーに話しかけたが、シリーは無言を通した。

「リココさん?聞こえませんでしたか」

「リココでしたら屋敷で留守番しておりますが」

「あなたはリココさんではないのですか」

「いえ、私はリココではありませんが。私の名前は」

 私は慌ててシリーの発言を止める。

「ちょっと、なに言っているの」

「ですがお嬢様。お嬢様の伝え方では、王女殿下が、私をリココさんと勘違いされるのは、仕方がないことだと思われますが」

「それは、わざと勘違いするように伝えているの」

「え?」

 シルキー殿下が、疑問符を頭の上に浮かべながら私を見た。

「あっ」

 私は、失言に気付き、そのまま固まった。

「あちゃー」

 ナターシャ殿下は頭を抱えている。


 最初に動き出したのはシルキー殿下だった。

「あなたのお名前を伺ってもよろしいかしら」

「私はエリーザお嬢様専属侍女のシリーと申します」

「そう。シリーさんというの。金髪、メイド服で、シリーさんなのね」

 そうつぶやいた後、シルキー殿下は私を見つめる。

 私は思わず頭を振った。

「凄い偶然ですね。私を助けてくれた、仮面の令嬢様の連れと同じ名前なんて。そう思いませんか。エリーザお姉様」

 シルキー殿下は、どうやら、気付かないふりをしてくれるようだ。

「えっ。ええ。そうですね。凄い偶然ですね・・・。お、お姉様!?」

 お姉様呼びされて、思わずシルキー殿下を見返してしまった。

「そういえば、お姉様も仮面の令嬢様と同じ黒髪なのですね。凄い偶然ですね。お、ね、え、さ、ま」

「はい、偶然です。シルキー様」

「今度からシルキーと呼び捨てにしてくださいね。お姉様」

「いや、流石にそれは」

「あ、なんだか丸い宝玉のようなものが」

「わかりました。シルキー。これでいいですか」

「ふふふ。末永くよろしくお願いしますね。お姉様」

「こちらこそ、お手柔らかにお願いしますね。シルキー」

 なにやら、とんでもない弱みを握られてしまったようだ。


「自室に閉じこもっていたのかと思えば、転移を使ってあちこち飛び回っていたとは。妾を除け者にして、自分たちだけで楽しんでいるから、こういうことになるのじゃ。これでは隣国から婚姻の話が来ても、断り切れるかわからないぞ」

 お茶会のお開き後、ナターシャ殿下にこっ酷く叱られた。



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