5-4-1 聖杯二回目
高等学院に入って二年目の春を迎えました。
今日の私は決死の覚悟で教会に向かっています。これから教会で盗賊と遣り合わなければなりません。
前回はそこで、盗賊に殺されてしまいました。
行かなければいい。とも考えましたが、そうなると、あの孤児たちが殺されてしまう可能性があります。
前回は手ぶらでしたが、今回は剣も持ってきました。この日に向けて鍛錬も欠かしませんでした。やるべきことはやったつもりです。後は全力で盗賊を打ちのめすのみです。
私は関係者入り口から教会の中に入ります。
「サーヤさん来てくださいましたか」
ラン司祭が声をかけてくれます。ラン司祭は普段から親切にしてくれる優しいかたです。私は思い切って事情を説明します。
「ラン司祭突然こんなことを言って驚かれるかもしれませんが、これから、聖杯を狙って盗賊が侵入してきます。孤児の子供たちが中にいますよね。私はこれからその子たちを守りに行きます」
剣を掲げてラン司祭を見つめます
「冗談ではなさそうですね。では、行ってください。場所は分かりますか。私は聖騎士を呼んできます」
「はい、大丈夫です」
私はラン司祭に返事をすると、聖杯が展示された会場に向け駆け出します。
会場に着くと、会場内では子供たちが集まって聖杯を見ています。そのうちの一人が私に気がついたようです。
「あ、サーヤさんだ。こっち、こっち、聖杯綺麗だよ」
こちらに手招きをしています。
「皆、落ち着いて聞いて、今から盗賊が襲ってくるわ、直ぐにあそこに隠れて」
私の真剣な様子に、子供たちは静まり返ります。
「シスター、子供たちを早く」
「あ、はい、さあ皆あの部屋に隠れるわよ」
シスターにせかされて、子供たちは会場に続く物置のような小部屋に移動します。
「静かにしていてね。そうすれば大丈夫だから」
「サーヤさんはどうされるのですか」
「私は盗賊を撃退します」
「危険ですよ。一緒に隠れていた方がよいのでは」
「それも考えましたが、盗賊たちは私たちがいないことを不審に思い、探し出すかもしれません。私一人ならどうにでもなります」
「そうですか、気をつけて下さいね」
「はい」
私はそう答えると小部屋の扉を閉めました。
これで準備はできました。盗賊ども、来るならこい。
私は聖杯の前で剣を抜き構えます。
暫くすると外からどたばたと足音が聞こえます。
バタン。
大きな音を立てて会場の扉が押し開けられます。
「おや、話と違うな。子供たちがいるはずなのに、嬢ちゃん一人しかいないぞ」
「お前たち盗賊だな。聖杯は渡さない。これ以上近づけば容赦はしない」
「随分と威勢のいい嬢ちゃんだな、この人数に一人で勝てると思ってるのか」
「そう思うならかかってくればいい。痛い目を見るのはお前たちだ」
「そうかい、じゃあそうさせてもらうぜ。お前らやっちまえ」
盗賊たちが次々と襲い掛かってきます。私はそれを避けながら、カウンター攻撃に専念します。
時間を掛ければ聖騎士たちが来るはずです。
私はその間必死になって盗賊たちと戦います。
盗賊たちの半分も倒したころで、聖騎士が来てくれました。
助かったと一息つくと、盗賊の一人が聖騎士に話しかけました。
「おい、話が違うじゃないか」
「何のことかな、とりあえず死ね」
その盗賊はそのまま聖騎士に切られてしまいました。
私が驚いてみていると、聖騎士は周りの部下たちに、こう命令したのです。
「あの女も盗賊の仲間だ、切り捨てろ」
「ちょっと待ってください、私は盗賊ではありません」
私は慌てて否定しますが、聖騎士はそのまま切りかかってきます。
「私は本当に盗賊じゃないんです。子供たちを助けに来ただけなんです」
「そんな嘘が通用すると思っているのか、さっさと死ね」
聖騎士の執拗な攻撃が私に迫ります。私はギリギリのところでその攻撃を躱します。
「しぶとい奴だな、そうでなくても予定が変わってしまったんだ、お前だけでも殺しておかないと割に合わん」
「どういうことですか」
「さあな。お前以外もう全員討伐されたぞ、お前もあきらめて俺に殺されろ」
既に私は聖騎士の部下たちにより取り囲まれていました。もうだめかもしれません。
今回は諦めて、次回にかけよう。そう思ったその時です。入口から声がしました。
「そこまでだ、その子は盗賊の仲間じゃない。お互いに剣を引け」
ラン司祭です。その脇には何人かの司教と枢機卿もいます。そして何故か公爵令嬢とその侍女も。
取り敢えず、今回は助かったようです。
「これはどういったことか」
枢機卿が聖騎士に尋ねます。
「聖杯を狙って盗賊が侵入しましたので、討伐しました。その娘は盗賊の仲間です。直ぐに誅殺すべきです」
「何か、この娘が盗賊団の仲間だという証拠があるのか」
「この娘は、子供たちを小部屋に閉じ込め、聖杯を盗もうとしました」
「子供たちを小部屋に入れたのは、盗賊たちから匿うためです。それに聖杯を盗もうなどとはしていません」
「小娘が、口では何とでもいえる。平民の分際で、聖騎士の俺が言っているんだ、お前が盗もうとしたに決まっている」
「さっきから聞いていると、あなたは何が何でもこの娘を盗賊の仲間に仕立て上げたいようですが、誰かに頼まれたのですか」
公爵令嬢が話に割って入ります。
「どなたか存じませんが、それこそ言い掛かりです」
「これは失礼、公爵令嬢のエリーザと申します。あなたの言い分だと、平民がここにいただけで盗賊の仲間にされてしまいます。幸い私は、鑑定魔法に秀でていまして、あなたたちどちらの言い分が正しいか鑑定できます。もし、あなたが自分の主張が正しいと言い張るのであれば、私の鑑定を受けられますか」
「俺が正しいのだからそんなものを受ける必要はない」
聖騎士が鑑定を拒否します。公爵令嬢は困り顔で、教会関係者の方に視線を向けます。
「聖騎士よ、鑑定を受ければよかろう。それではっきりする」
枢機卿が聖騎士に命令します。
「いや、それは」
「何だい都合が悪いのかい」
慌てる聖騎士に、ラン司祭が追い打ちを掛けます
「分かりました。鑑定を受けます」
「それでは鑑定魔法を掛けます」
『鑑定』
「これは、あなたが盗賊を手引きしたのですね。それだけでなく、侯爵令嬢にこの娘を始末するように依頼されましたね」
公爵令嬢がとんでもない爆弾発言をします。
聖騎士は私のことを盗賊だと誤解していたのではなかったのです。むしろ、彼が盗賊の仲間で、しかも、私を殺そうとしていたのです。
そう言われてみれば、聖騎士の発言に引っかかる点がありました。
それにしても、私を殺すよう依頼したのが侯爵令嬢とは。
「そんな事ある訳ないだろう。聖騎士だぞ俺は。そうかお前も盗賊とグルだな。悪逆非道なその目、お前が聖杯を盗もうとした黒幕だな」
聖騎士が逆に公爵令嬢が首謀者だと断じます。
「はー。これでは堂々巡りできりがないですね。そうだ、聖杯を使いましょう。そうすれば誰からも文句が出ません」
「どういうこと」
ラン司祭が困り果てた末、良い案を思いついたようです。公爵令嬢はラン司祭に詳細の説明を求めています。
「聖杯は、邪な心の持ち主には触れられないのです。逆に、清き心の持ち主が触れると聖なる光を発します。これでどちらが悪か分かります。どうですか」
「俺はそれで構わない。ただし、相手は首謀者だと思われる公爵令嬢だ」
公爵令嬢が困り顔で私の顔を窺います。
「いえ、最初に疑われたのは私です。ですから私が」
私は思い切って、自分が相手をすると名乗りを上げます。
「それはだめだ、その娘はあの悪辣な公爵令嬢に騙されて、利用されているだけで、自分を悪だと思っていないかも知れない。だから、相手をするのは見るからに悪党のあの悪役令嬢だ」
「はー。そこまで言われたら私も引けないわね。私は構わないけれど、後で覚えて置きなさいよ」
公爵令嬢はいかにも悪役っぽい台詞を言って、聖騎士を睨みつけます。
「両者ともそれでいいようですね。それでは聖騎士からお願いします」
ラン司祭がこの場を取り仕切るようです。
「俺は聖杯に認められて聖騎士になったんだ、触れないはずがない」
聖騎士が聖杯を掴もうとします。ですが何か透明な壁に阻まれて、掴むことができません。
「そんな馬鹿な。俺は聖騎士だぞ。こんなことあり得ない。いや、まだだ、その悪役令嬢がいる。あいつだって掴めないはずだ」
「それではエリーザ嬢、お願いできますか」
「触ればいいのね」
公爵令嬢が聖杯の前に立ちます。一瞬何か考えたようですが、振り返って教会関係者を見渡し、再度確認をします。
「本当に触っていいのね。どうなっても知らないわよ」
否定の反応が無いのを確認すると、聖杯に正対し、そのまま両手で聖杯を掴み、掬い上げるように頭上に掲げました。
途端に聖なる光が教会全体を包み込みます。
「これは、聖女様の光」
皆が絶句する中、枢機卿が一人呟きます。
聖なる光は強さを増し、今までとは逆に一点に集中していきます。
ぽん。
正にそんな音が聞こえそうな感じに、空中に羽の生えた少女が現れました。妖精か天使でしょうか。
「おお、聖杯が擬人化したぞ。伝説は本当だったんだ」
「まさかこの目で伝説の一場面を見られるとは」
何やら司教たちが騒いでいます。あれは聖杯が擬人化したものらしいです。
擬人化した聖杯は、公爵令嬢の前に舞い降りて、片膝を付き、頭を下げます。
「聖女様、ご命令を」
公爵令嬢が困って、辺りを見回します。誰も助けてくれないとみると聖杯に話しかけます。
「聖女様って私のこと」
「そうです」
「あなたは聖杯なの」
「そうです」
「私は聖女ではないわ」
「そんなことはございません」
公爵令嬢が困っています。
「私は聖女になりたくないわ」
「聖杯が認めた者が聖女です。本人の意思は関係ありません」
「困ったわね。ご命令をって、いったい何ができるの」
「悪を滅することが」
「滅するって具体的にどのように」
「消し去ります」
「例えば、あの聖騎士を滅せよと言ったらどうなるの」
「あいつは悪ですから、この世から消滅します」
聖騎士が青い顔をして震えあがります。
「そう、何人ぐらい滅することができるの」
「悪であれば、魔力が続く限り何人でも」
「悪かどうかは誰が決めるの」
「聖女様が」
「そう」
公爵令嬢が頭を抱え込んでしまいました。
「今回命令をする気はないのだけど、元に戻ってくれる」
「畏まりました。いつでもお呼び出し下さい。念じていただければ何処へでも参ります」
そう言うと擬人化を解き元の聖杯に戻ったのでした。
「困ったわ。どうしたらいいのかしら。ねえ、シリーどうしましょう」
「とりあえず、この場を離れてみてはどうでしょう」
「そうね、逃げるが勝ち、ともいうものね」
公爵令嬢が逃げようとしますが、ラン司祭がそれを止めます。
「逃げられるわけがないだろ。取り敢えず箝口令を敷いて、それから対策会議だ」
「私も出席しなければならないの」
「当たり前だろ、それとも教会の地下深くにずっと閉じ込められたいのかい」
「それは勘弁して欲しいわね。分かったわ。一先ずどこかで休ませて」
「了解した。君、彼女をどこか寛げる部屋へ案内してくれ」
「分かりました。それでは聖女様こちらです」
「既に聖女様呼びですか、参ったわ」
公爵令嬢は係の者に連れられて、侍女を引き連れ別室に移られました。
聖騎士は捕らえられ、拘束されたのち、連れていかれます。
「サーヤさん、君にも随分迷惑をかけたね。怪我は無かったのかい」
「はい、怪我はありませんでした。ですが、公爵令嬢は何故ここにいらしたのですか」
「それが、サーヤさんに死なれては困るから入れろ。と怒鳴りこんできてね。まさか聖騎士と、あんなことになっているとは思わなかったから驚いたよ」
「そうですか、公爵令嬢は私のことを気にかけてくださったのですね」
「そうみたいだね。それから、君は侯爵令嬢に狙われているみたいだから、これからはもっと気を付けた方がいいよ。公爵令嬢を頼るのもいいかもしれない。何せ聖女だからね」
「そうですね。考えてみます。ところで私はこれから」
「事情も聴きたいからね。取り敢えず君も別室で待機してもらおうか。第一応接室は知っているよね。そこで待っていてくれ」
「第一応接室ですね。分かりました」
私は現場を離れて第一応接室へ向かいます。
今回は何とか切り抜けられたようです。
ですが、侯爵令嬢に狙われているとなると、これから益々死ぬ可能性が高くなってしまいます。
最初の選択で、第二王子と座る、を選んだのがいけなかったでしょうか。おかげで公爵令嬢に虐められなくなったのに、今度は侯爵令嬢に命を狙われる破目になってしまいました。
ラン司祭の言う通り、公爵令嬢に相談するのもありかもしれません。
今回、聖騎士との件では助けて下さったし、聖杯に認められたということは、悪い人ではないのかもしれません。それに公爵令嬢なら地位も実力も侯爵令嬢以上です。
申し分ないのでしょうが、何分近寄り難くもあります。
何か良い切掛けはないでしょうか。先ずは、助けていただいたお礼をするところから始めるとしましょう。
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