5-1-1 バグ

 大きく音を立てて開かれた扉に、講義室内に居た新入生全員の視線が私に刺さります。

 13回目です。この扉を開いたのは。


 せめてあとほんの僅かでも戻る時間が早ければ、この扉を開けないという選択もあったかも知れないのに。

 私は思わず心の中で愚痴ります。


「おい、お前何者だ」

 騎士さんが私の右腕を掴んで詰問します。


 私は力任せに、無理矢理拘束から逃れます。何度も生き返って能力が上がっていますから、これくらい楽々です。

 と、思ったのがいけなかったのでしょう。私は、反動でそのまま仰向けに転んでしまいます。


 そこに、私たちを止めようと、踏み出していた公爵令嬢の侍女の足が踏み下ろされます。


「グエ」


 私はお腹を踏まれ、変な声を出してしまいます。


 周りからボソボソと、ひそひそ話をする小声が聞こえてきます。

「うわー。足蹴にしているよ」

「公爵令嬢の侍女か」

「主人に命令されたのかしら」

「見ろ、あの令嬢、目つき悪」

「最初の犠牲者か」

「可愛そう」


「はー」

 深い溜息と共に辺りが静まり返りました。

「リココ足を退けなさい」

「あ、すみませんでした」

 私を踏みつけていた侍女が、公爵令嬢の言葉に我に返り、私に謝ってくれます。


 公爵令嬢は、こちらには興味がないといった感じに視線を前に向け、「これがイベント強制力かあ」と小さな声で意味の分からないことを呟いていました。


「大丈夫か」

 私が立ち上がれないでいると、第二王子が歩み寄り、手を引いて立たせてくれます。今まで静まり返っていた講義室に今度は黄色い悲鳴が響きます。


「君、可愛いね。名前は何て言うの」

「え、えーと、サーヤ=ランドレースと言います」

「サーヤね。俺はツヴァイト=セントラル=グリューン第二王子だ、気軽にツヴァイトと呼んでくれて構わない」

「助け上げて頂いてありがとうございました」

 私は深々と頭を下げます。


「そうだ、サーヤもここに座るがいい」

 自分が座っていたソファーを指し示す王子様。途端に再び響き渡る黄色い悲鳴。そんな中、私は眼前の空中に、いつものように選択の文字列が映し出されます。


 1 王子と座る

 2 前の席に孤独に座る

 3 大公令嬢と仲良くなる

 4 公爵令嬢を蹴飛ばす


 この選択も13回目です。今まで2と3は選んだことがありますが、1と4についてはまだ選んだことがありません。


 今回、私は、一つの勝負に出てみることにしました。


 4は流石に無理なので、畏れ多いですが、1の王子と座る。を選ぶことにしました。


 1 で。


 ビー、ビー、ビー


 私が、1を選択した途端に頭の中でサイレンが鳴り響きます。

 続いて、目の前の空中に文字列が流れていきます。


 バグ発生。

 システムエラー。

 修正が必要です。

 デバッグモードに移行します。

 バグ内容、公爵令嬢が第二王子の婚約者ではない。

 修正内容、公爵令嬢の役割を侯爵令嬢が行うように変更。


 実行しますか。


 はい

 いいえ


 これは、よくわからないけれど実行した方がいいのよね。


 はい。実行で。


 サイレンの音が止みました。

 目の前の空中に文字列が浮かびます。


 バグの修正に成功。

 通常モードに戻ります。


 これで、公爵令嬢からの虐めから解放されたのよね。


 ホットしたのも束の間、第二王子の隣に座っていた、金髪縦ロールのご令嬢様がこっちを睨んでいます。


 公爵令嬢に比べれば全然だけど、それでも怖いです。


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