4-4-1 聖杯
高等学院に入って二年目の春を迎えました。一年目は土下座したり、水を掛けられたり、蹴られたり、散々でしたが、死ぬよりはましです。
そう、死んでしまえば、また入学式典後からやり直さなければなりません。既に11回死亡し、12回土下座を繰り返しています。
二年目の春を迎えられたのはこれが初めてです。記憶が残るので前回の危険を回避することはできますが、これからの日々は初めての体験となります。よりいっそう注意していかなければなりません。
とはいうものの、生き返りを繰り返すたびに、経験値が蓄積されていくのか、最初の頃に比べると明らかに強くなっています。これなら、そこいらのチンピラに絡まれても、負けることはありません。
公爵令嬢、あれは別格です。後15回生き返っても勝てる気がしません。
今日はこれから、教会に聖杯を見にいくところです。
聖杯は、いつもは教会の奥深くに仕舞われていて、普段は見ることができない貴重な物です。何年かに一度、一般に公開され、その神聖な姿を見ることができます。
公開されている間は、聖杯の見物客で教会はごった返しになります。前回公開された時は二トキ(3時間)待ちもざらだったとか。
でも大丈夫、普段から教会にお手伝いにいく私は、特別に一般の人より早く聖杯を見せてもらえることになっています。関係者特別内覧枠です。
ラン司祭が手続きしてくれました。普段から親切にしてくれる優しいかたです。流石あの歳で司祭をされているだけのことはあります。
私は関係者入り口から教会の中に入ります。
「サーヤさん来てくださいましたか」
「ええ、折角、手続きしていただきましたので」
「どうぞこちらです。今ちょうど孤児院の子供たちも来て見学している最中です。サーヤさんが来たと知れば喜びますよ」
「そうですか。私も偉い人ばかりだったらどうしようと思っていましたから、その話を聞いて安心しました」
「さあ着きましたよゆっくりご覧になってください。私は他に用がありますのでこれで失礼します」
「ご案内いただきありがとうございました。じっくり拝見させていただきます」
ラン司祭は入って来た入り口から戻っていきました。会場内では子供たちが集まって聖杯を見ています。そのうちの一人が私に気がついたようです。
「あ、サーヤさんだ。こっち、こっち、聖杯綺麗だよ」
こちらに手招きをしています。
「はい、今行きますよ」
私は呼ばれるままに、聖杯が置かれた台に近づきます。
台の上では聖杯がキラキラ輝いています。魔を退ける神聖なる光を感じます。思わず手を合わせて拝んでしまいました。
そんなことをしていたら、いつのまにか子供たちに取り囲まれていました。
「サーヤさん、遊ぼう」
「僕、鬼ごっこがいい」
「あたし、おままごと」
「はいはい、お外に出てからね。ここで遊んではいけませんよ。サーヤさんお願いできますか」
引率のシスターにも頼まれてしまいました。もう少し聖杯を見ていたかったが仕方がありません。
「それじゃあ、お外に行こうか」
そう言った瞬間、入り口から武装した男たちが入って来ました。
「静かにしろ、お前たちは人質だ。死にたくなかったら動くな」
あっという間に、男たちに取り囲まれてしまいました。周りに子供たちがいなければ、やりようもあったでしょうが、子供たちに抱きつかれて身動きが取れません。
「何です。あなたたちは、子供たちに手出しをしないでください」
「大人しくしていれば手荒なまねはしねえよ。俺たちが用があるのは聖杯だけだ」
聖杯を盗みに来たのか。とんでもない奴らです。
「親分、魔力防壁があって聖杯に手が出せません」
「なんだと、そんな話は聞いてないぞ。どうにかして魔力防壁を解除しろ」
どうやら、聖杯は魔法で守られているようです。
盗賊たちが魔力防壁の解除に四苦八苦しているうちに、異変に気付いた聖騎士たちによって入り口が封鎖されてしまいました。
「こっちには人質がいるんだぞ、人質を殺されたくなかったら、この魔力防壁を解いて、聖杯をよこせ」
盗賊の親分が聖騎士に対して怒鳴ります。
「お前たちは完全に包囲されている。諦めろ」
「うるさい。人質がどうなってもいいのか」
「大丈夫だ、人質たちも神のために身を捧げられることに感謝するだろう」
流石にそこまでは思っていません。
「そんな馬鹿はお前たちだけだ」
馬鹿かどうかは兎も角、そうでしょうね。
「投降するなら今のうちだぞ、8まで数える間に投降しなければ、強硬手段に出る」
聖騎士が数を読み上げます。
「12345678」
はや。8まで数えるの早すぎでしょう。盗賊の親分も呆気にとられています。
「突入、聖杯を守れ」
ああ、聖杯第一、人質なんてどうでもいいのですね。
あっという間に聖騎士たちと盗賊の乱戦となってしまいました。
次々と倒される盗賊のなか、一人の盗賊が人質の子供に剣を振り下ろそうとしています。
私は咄嗟にその男に体当たりを食らわせようと踏み出して、盛大に転けました。子供たちが私を掴んで離してくれなかったのです。
盗賊の前に転がりだしてしまった私。
「びっくりした。脅かすな。お前から死ね」
盗賊の剣が私を貫きます。
「ギャー」
私を貫いた盗賊は、後ろから来た聖騎士に斬られたようです。
何とかこれで子供は無事だろう。
私はもうだめみたいです。でも、どうせ生き返るのでしょう。次はうまくやろう。
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