2-9-1 婚約

 その後もレアカードの売り上げは順調で、販売を始めて一年近く、創世の迷宮に遠征するには十分な資金が貯まった。

 その間、エリクサーの開発は頓挫したままだった。ただ調合の腕前はかなり上がった。

 魔術回路については、かなり研究が進み、既存の魔法を組み合わせた、オリジナルの魔法を作れるレベルとなってきた。

 体力に関しては、地道な訓練と、時々は、ギルドの討伐依頼をこなし、短剣だけでなく、レイピアを使いこなせるようになった。


 年齢も14歳となり、そろそろ創世の迷宮に出発かと考えていた時、再び父に呼び出されたのであった。


「お父様、何か御用でしょうか」

 私は、シリーとともに父の執務室に来ている。

「まあ、お前も座れ」

 父に勧められるままソファーに腰を下ろす。

 正面には父と、珍しいことに母も一緒に座っている。何事だろう。思い当たる節がない。


「王宮より使いが参った。第一王子とお前の婚約が決まったそうだ。早々に王宮に出頭せよとのことだ」


 あれ、私、逮捕されるの。何か、そんな悪いことしたかしら。コンニャクの刑ってどんな刑よ。まだ、そんなに悪役令嬢ぽいことしてないのに、学院に入学する前に捕まってしまうなんて、思いもしなかったわ。


「エリー、大丈夫?ちゃんと聞こえてる」

 母が心配してこちらを覗いている。


「お嬢様、出頭といっても逮捕されるわけではありませんよ」

 シリーが小声で耳打ちする。


 あ、出頭といっても逮捕されるわけではないのね。ただ王宮に来いと。でもなんで?


「エリー、もう一度言うぞ、お前の婚約が決まった。相手は第一王子だ」


「私の婚約が決まった?決まった?私、初耳なのですけれど」

「初めて話すからな」


「婚約者候補、とかではなく、婚約者なのですか」

「そうだ、婚約者だ。候補ではなく、決定だ」


「なぜ、予め教えていただけなかったのですか」

「エリー、私たちもさっき初めて知ったのよ」


「お前こそ、第一王子と何か約束したのではないのか」

「いえ、そんなことはないはずですが」


「第一王子とお会いしたことはないの」

「第一王子とですか。でしたら、一年前に国王に謁見した時にお会いしました」


「謁見の間で顔を合わせただけか」

「いえ、書庫のようなところで、二人だけで」


「二人だけで会っていたのか」

「その時何を話したの」

「確か、友達になっていただけませんか。と。それと、聖剣とか魔剣の話を少し」


「お前からお願いしたのか。そうか、それでか」

「ですが、殿下は私には全く興味がなかったようですが」


「私には、か」

「エリー、男ゴコロとはわからないものよ」


「それにしても、急に決まったと言われても困ります」


「あまり乗り気でないようだけれど、だれか他に好きな人でもいるの?」

「いませんけれど」


「どのみち、王宮からの正式の使者だ。私でも断れん。ある意味、自分で蒔いた種だ、諦めろ」

「そうですか」


「明後日にはここを出て王都に向かう。準備して置け。ああ、暫くは戻れないだろうからそのつもりでな」

「暫くですか。どれくらいです」


「場合によっては、一生ここへは戻れん。暫くは、王都別邸で暮らしてもらうことになるだろう」

「そうですか、わかりました」


 私は、茫然自失のまま執務室をでる。


「おめでとうございます。お嬢様」

「ああ。ありがとうシリー」


「まさか、お嬢様が第一王子の誑し込みに成功するとは思いませんでした。御見それしました」

「酷い言われようね」


「先ほどから、あまり嬉しそうではありませんが」

「そうね、あまり嬉しくはないわね。なぜかしら」

「まだ実感がわかないだけでは」

「そうかもしれないわね」


 翌日は、出発の準備と、暫く戻れそうにないので、知り合いへの挨拶や、身辺整理にあてた。


 そして二日後、王都に向け屋敷を出発、もう戻れないかもしれないと思うと、こみ上げてくるものがあった。


 今回は、シリーとリココだけでなく、父と母も一緒である。母が一緒なのは初めてである。弟のレオンを、一人残していくことになってしまったが、大丈夫だろうか、心配である。


 王都に到着したのはそれから四日後、一年ぶりの王都別邸である。予定より、二年近く早い引っ越しとなった。


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