そこにいるのは誰?

城崎

認めない、それが彼だなんて

推しを殺した。

推しというのは二次元にいるので実際に触れ合うことは出来ないし、私が殺したのは二次創作の中という非公式な形なので『殺した』という表現で合っているのか分からないが、ともかく、私は推しを殺したのだ。

殺してしまったと言ってもいい。


私が今の推しを好きになったきっかけは、友人に「アンタこういうキャラ好きそう」と紹介されたことだった。ソーシャルゲームの中にいたそのキャラクターは私好みの信念を持った悪役だったので、私は友人の思惑通りそのキャラクターが好きになり、推すこととなった。

そのキャラクターが出るシナリオは何度も読んだし、イベントに出ると聞いたならばそのイベントは全力で走ったし、グッズが出ると聞けば遠征をして是が非でも手に入れた。


時間や金銭のかけ方なんかはあまり関係なく、ただただ推しのことが大好きだった。


おかしいなと思ったのは、彼が仲間となって実装されると聞いた時からだ。信念を持った悪役が好きな私は、そういったキャラクターたちが主人公と袂を分かち、その結果命を落とす話を何度も見てきた。今回もそうなるだろうと思った矢先の出来事だったので、嬉しくないと言えば嘘になる。仲間になるのならば、命を落とすこともそうないだろうと思ったからだ。好きなキャラクターが死ぬというのは、それがどれだけ名場面になろうともつらいことだから、回避できるのならば回避したいと思った。彼を仲間に出来るならばと、いくらかお金も費やした。

しかし、それが悲劇の始まりだった。彼がイベントに登場する度に、ネタキャラ扱いされることが増えたのだ。最初は敵から仲間になったのだからいじられもするよなと、自らを納得させて話を進めてきた。しかし、最近のシナリオでは推しをただの賑やかしとしか思っていないのだ。とりあえず出せば良いだろうという魂胆が見え、雑な扱いが目立った。

とても見ていられなかった。これならば敵として命を散らしてもらったほうが100倍良かったと、何度も思った。

だから、かっこいい推しを永遠のものにしてしまおうと思った。彼をステキなまま、殺してしまおうと決意した。

おこがましいとは思ったが、やろうと思ってからは早かった。

原作を再度読み込み、推しのキャラクターや口調を把握する。どの章の終わりが一番場面としてはかっこよく決まるのか考える。

とても苦しかったけれど、同時に私にとっては最近の原作で推しを見るよりもずっと楽しいことだった。

そしていざ推しを殺す瞬間を書いている時、私は涙が止まらなかった。どうしてこんなことをしなければならないのだろう。生みの親がもっと大切にしてくれればこんなことはなかったのに。それとも、受け入れられない私が悪いのだろうか。いや、私が好きになった推しはこんな雑に消費されるほど器の小さい人間じゃなかった。今のシナリオにいるのは、別の人間である。私の推しは、もうとっくの昔に死んでしまったのだ。私は2度目の死を推しに迎えさせようとしていることに気が付き、また泣いてしまった。こんなにも彼のことが好きだったのだと思い、心が締め付けられるような苦しさを味わった。


かくして私は、私の推しを殺した。

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