週末になると死神が励ましてくれる

笹師匠

生きる勇気の無い奴に死ぬ資格は無い

「────ッッ」


今、俺の1歩先には虚空が広がっている。靴を脱いで解放された素足に、校舎屋上のコンクリートの感触が冷たい。


繰り返すだけの日々の生活に俺は疲れていた。幼少期から何をしてもあまり良い成果を出せず、先生はもちろん後輩にまで軽蔑の眼差しを受けていた。


頑張っても成果を出せないのに、俺がこの世界にいる意味ってあるのかな……何日も思い悩んだ末の決断だった。だったのだが。


「いざこうしてみると怖いや……」


もともと高所恐怖症だった俺はすっかり膝が笑って前に踏み出せずにいた。せっかく慣れない墨字で遺書だって書いて、あとは一絞りの勇気さえあればそれでお終いなのに。


「……飛び降りないの?」

「ちょっと待ってよ。まだ心の準備が出来てない」

「もう準備ならしてあるじゃん。遺書も書いて靴も脱いで……あと何が必要なの?」


…………?

話していてなんだが、お前は誰だ!?


振り返ろうとして足元がぐらつく。俺は何故か反射的に手を伸ばして、落下防止用フェンスのへりを掴んでいた。


「ありゃ、落ちないの?せっかくアタシが直々に看取ってあげようと思ったのに」

「お、おおお前は誰だ!?急に現れて!!」

「やだなぁ、死神に決まってるじゃない」


死神。


「────笑えない冗談はしてくれ。これから自殺するんだから」

「……冗談って。もしかして本気で言ってるの?」

「そりゃそうだ、そんなのいる訳ない。君は風来坊してどっかから来たただの人なんだ」

「面白い事言うねぇ、死の淵にいるのに」


そう言うと黒いローブをまとった少女は大きな鎌を、どこからともなく取り出して俺の首元に刃を当てた。妙に嫌な感じのする金属の冷たさが神経を駆け巡る。


「……ねぇ、いい加減手を離したら良いんじゃない?そうすれば君の望み通りの結末が起きるよ?……それとも、まだ何か足りない?」


少女の言う通りだ。俺が今フェンスから手を離せば、そのまま遥か下方のアスファルトに激突してオダブツだろう。それが俺の望みのはずなのに、手が腕が言う事を聞かない。


「────君に生きる勇気はある?」

「あったらこんな事してない。っていうかもうどっか行けよ。例え君が本物の死神だとしても俺が死ぬのと君は無関係だろう」

巫山戯ふざけてるね、ホント」


少女の顔がやけに苛立っていた。何故死神が死を望む者に説教しているのだ?


「……生きる勇気が無い君に、死ぬ権利は与えられない。それに君はまだ寿命じゃないから、落ちても大ケガするだけで死ねないよ」


死ぬよりもっと苦しい現実が待ってるよ?


死神は至極まじめな顔で俺を諭す。

俺は心にしこりが出来た気分だった。


「君は死ぬ勇気も出せない本当の臆病者なんだね。今の君、世界一滑稽だよ」

「五月蝿い、今に見てろ」


俺は恐怖を無理やり押し潰して、半ば飛び出した。




…………ドン。

全身の鈍い衝撃は思ったより軽くて、何故か落下し終えた後から頭に何かが直撃した様な痛みにも襲われた。何かがおかしい。


「……ぷっ」


いつの間にか頭の近くに移動して来ていた死神が吹き出す。堪えられなくなって、終いには声を挙げて笑い出した。


「ここがいつから現実だと思っていたの?君か死ねない本当の理由は寿命じゃない、ここが夢の中だからよ!

それなのに死ぬ事に必死になっちゃって!君の必死になった表情、とても良かったよ?」


この娘、一体どこまで俺をバカにするんだ……!!


俺は怒りで少女の襟首を掴む。少女はまるでその行動を予測済みだとでも言う様に、不敵な笑みを口元に浮かべている。


「……もう、死ぬ気は失せた?」


俺は気付けば自殺しようとしていた事を忘れていた。少女の服から手を離し、俺はがっくりと膝を地に突いた。


「……どうやらそうみたいだ。なんか君に構ってたら今日結構する気分じゃなくなった」

「じゃあまた来週来るね。君を見殺しにするの、なんか後味悪いし」


それじゃ!

少女は颯爽とどこかへ消えてしまった。俺はしばらくそのまま屋上で倒れたまま空を見ていたが、何となく動かなきゃな、という気になって、家まで走って帰るのだった。

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