第27話 Aチーム

 日が沈んで間もない頃、時田翠子は最寄りの駅に到着した。軽い足取りでホームを突き進み、改札を抜ける。途端に不機嫌な表情となった。

 半透明の仙石竜司が白い特攻服姿で待ち構えるように立っていた。視線が合うと渋い表情で一礼した。翠子は遠方を眺めるような目付きになって足を速める。

「……話は歩きながら」

 擦れ違い様に翠子が小声で言った。

 二人は並んで夜道を歩いた。先に話を切り出したのは翠子であった。

「私の能力、赤ちゃんには絶対に秘密だからね」

「跡目の話と関係があるってことですか」

「それもあるし、お父様の耳に入ると連れ戻されるかもしれないからね」

 道端の自動販売機に目が留まる。立ち寄って缶ビールを買った。その場で開けて豪快に飲みながら歩き出す。

 真横に付けた竜司が口を開いた。

「姉御、その力があれば何でもできるんじゃないですか」

「無理ね。お父様の力の底が見えないわ。配下の者にも手練れがいるし、お母様も侮れない」

「そう、なんですか。俺からすれば姉御も十分、化け、凄い力量を感じる訳ですよ!」

 竜司は即座に言い直す。翠子の射殺すような視線は缶ビールをあおると収まった。

「私は自分が思った通りに生活をしたいだけ。赤ちゃんは跡目を継ぎたい。どちらも納得していて、今の関係は良好だと思う。姉としては少し悪い気がするんだけどね」

「事情はわかりましたが、これからどうするんですか。賞金首を狩って回ったおかげで賞金稼ぎに接触できました。想定外の妹さんですけど……」

「そう、そこが問題なのよ!」

 興奮した口調で返した。翠子は残りのビールを一気に喉に流し込む。

「赤ちゃんの手伝いをして報酬を貰うことは……無理ね。賞金首によっては隠していた能力を使わないといけないし。あんたはあまり当てにならないし」

「ちょっと待ってください! これでも力を付けてきたんですよ」

「あんたねぇ。赤ちゃんの踊りで簡単に寝たでしょ」

「……あれは油断して、そうですよ! 目が覚めたら外だったんですけど!」

 思い出した瞬間、目を怒らせた。翠子は手の中の缶を両手に挟んでクシャッと潰した。変わり果てた丸い物体を摘まんでヒラヒラとさせる。

「寝るのに邪魔だから私が投げ捨てたんだけど、それがなによ。赤ちゃんの愛らしい寝姿を独占できるのは私だけなの。文句があるっていうなら握り潰すわよ」

「勘弁してくださいよ」

 苦笑いを浮かべると竜司は前を向いた。リーゼントを挟み込むようにして手櫛を入れる。

「妹さんから他の賞金稼ぎの情報を訊き出す、なんてのも無理なんでしょうね」

「力に目覚めていないことになっているから。その行動は不自然で赤ちゃんの質問攻めに遭うわね。あんたがもう少し強かったらねぇ」

 翠子は持っていた丸い物体を指で弾く。低い唸りを発し、横手の金属製のゴミ箱に吸い込まれた。甲高い音と共に小さな火花が起こった。

 目の当たりにした竜司は軽く口笛を吹いた。口の端の笑みはすぐに消えた。強い意志を目に宿し、翠子に向かって口を開く。

「姉御、正直に答えてください。俺と妹さん、どちらが強いですか」

「赤ちゃんに決まっているじゃない」

「やっぱ、そうですよね。姉御の妹さんだ、俺みたいな半端者が敵う相手じゃないですよね」

 ぎこちない笑顔で頷く竜司に翠子は、今はね、と付け加えた。


 二人はワンルームマンションのドアの前に立った。翠子が鍵で開けようとすると中から微かな足音が聞こえる。

 ドアが開くと時田赤子が割烹着姿で現れた。慌てていたのか。右手にはしゃもじを持っていた。

「姉様、お帰りなさいませ」

「赤ちゃんの為に帰ってきたよ!」

 神速の一歩で抱き上げる。赤子は全く反応できず、しゃもじを振り上げた姿でプルプルと震えた。

「姉様の身体能力は本当に凄いのですが、とても腹立たしいのです。いつか回避するのです」

「じゃあ、お姉ちゃんは見切られないようにしないとね」

「作ったご飯が冷めるのです。美味しい間に食べて欲しいのです」

 その言葉は絶大で赤子は瞬時に下ろされた。軽い息を吐くと黒目勝ちの瞳は横へと流れた。

「トサカ頭は線香の煙でも食べていればいいのです」

「はっははは! 妹さんは真顔で面白いことを言いますね」

 目を剥いた状態で竜司が返す。赤子はあからさまに眉をひそめた。

「気持ち悪いのです」

 一言で済ませると奥に引っ込んだ。

「あんたが先ね」

 竜司を先に入れて翠子がドアを閉める。上着を適当に脱ぐと急いで手を洗った。

 全員が揃った座卓には肉料理を中心にした皿が並ぶ。いただきます、と声を合わせて夕飯が始まった。

「赤子の花嫁修業に穴はないのです」

 艶やかなおかっぱ頭を軽く横に振った。翠子は満面の笑みでフォークとナイフを持ち、分厚い肉を切っては口に運ぶ。時折、ソースに塗れた唇を窄めて震えた。

「最高に柔らかくて肉汁が溢れる~」

 フォークはサラダを突き刺し、口の中に突っ込む。合間にご飯を掻っ込み、コンソメスープは皿ごと持ち上げて飲んだ。

「……盃みたいっす」

 豪快な食べっぷりに竜司が呟いた。その隣で赤子は音を立てずに食べ進める。

「ぷはぁ、食べたー。ビールを飲む余地もないよー」

 ベッドを背もたれにした翠子が腹を突き出す。

 赤子は後片付けに専念する。最後は座卓の隅々まで台拭きを走らせた。

 その後、いつもの着物姿になって翠子と座った状態で向き合う。

「姉様、お願いがあるのです」

「お姉ちゃんにできることなら喜んでするよ」

「姉様は強敵に出会う達人なのです。実家に帰ってくる度に強くなることで証明されているのです。その幸運を赤子にも分けて欲しいのです」

「いやー、そうなのかなー。自覚は無いんだけどね」

 翠子は膨れた腹を摩りながら表情を緩める。

「……不運じゃなくて?」

 竜司の呟きを無視して赤子は話を進める。

「姉様が遭遇する強敵は賞金首の可能性が非常に高いのです。赤子が姉様に付いていけばバウンティハンターの仕事がはかどるのです。力も付けられてとても都合が良いのです。もちろん、報酬も払うのです」

「姉御、やったじゃないですか!」

「トサカ頭、うるさいのです」

 赤子に静かに咎められた竜司は崩壊寸前の笑顔で引き下がった。

「赤ちゃんがそれを望むなら、もちろんいいよ。今日から始める?」

「善は急げなのです。全然、期待はしていないのですが、トサカ頭も少しは役に立つのです」

「いやいや、目を見張るような活躍をしてみせますよ。本当に冗談が好きですね、妹さんは」

 震える拳で竜司が真っ先に立ち上がる。遅れた赤子は見上げる形で手を合わせた。

「それは何の真似ですかね」

「トサカ頭が巻き添えになった時に備えて先に祈っておくのです」

「はあああ? 笑えないぞ、おっかぱ!」

「赤子の心の中でトサカ頭は散々、嗤われているのです」

 殺気立つ二人に翠子がやんわりと声を掛ける。

「今日からチームなんだから仲良くやりましょうよ、ね」

「姉様の言う通りなのです。バウンティハンターの資格を持つ赤子がリーダーをつとめるのです。名前は赤子の頭文字を取ってAチームとするのです」

 その提案に翠子が瞬時に反応した。

「あの~、その名前はちょっと。Bチームじゃダメかな」

「赤子のAチームなのです」

 なだらかな胸を張って赤子が押し通す。翠子は苦い笑いで、了解、と口にした。

 竜司は誰とも目を合わさないようにして掠れた口笛を吹くのだった。

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