子猫のワルツ・1



リングポイントに向かう為の航行中に、ピポポンという音がした。

パイアールの隣に居たぐみが、その音のした連絡装置に目を向ける。

「何の音?」


操縦席にいたパイアールは、身体を正面に向けメインモニターを開く。

「リウ、発信元は何処だ」

『はい、表示します』

パッと星図と二か所マークされた場所が映る。

一つは自分たちの場所。もう一つが。


「これより“ミーティア”は救難行動を行う。総員移動に備えて身体を固定してくれ」

「あ、救難信号の音だったのか」

ぐみの言葉にパイアールが肯く。

「無視するのは、今は出来ないからな」

「…海賊の時は無視していたのか?」

パイアールがちらりと、ぐみを見る。


「海賊に助けられるのが、嫌な人種はたくさんいるからな」

「なるほど」

「まあ、半分ぐらいは許可されていたけど」

「必死という事か」


ぐみの言い方にパイアールが笑う。

「命は大事だ」

「そうだね」


パイアールの指が忙しくパネルの上を動いている。

グンと加速が掛かり、ぐみが少し眉を寄せる。

「いくらリウでも、これ以上は軽減できない。我慢してくれ」

「うん。急加速なんて珍しいから、慣れてないだけだよ。大丈夫」

ぐみの言葉に肯いて、パイアールはモニターを見ている。


「リウ、最近ここらで海賊が出た話はあるか?」

暫く無音になる。調べているリウの声を待っている間にも、救難信号を出している船に近付く。

『正確な航行跡が残っていませんが、一隻だけ可能性がある船がありました』

「どの船だ?」

リウの言い方に、嫌な予感がしつつ聞いてみる。


『銀眼という海賊の船です』


聞いた途端、パイアールが溜め息を吐く。

「あのじじい、まだやってんのか」

「パイの知り合いか?」

ぐみの言葉に、パイアールが苦い顔をする。

「知り合いねえ。出来れば金輪際、関わり合いたくねえなあ」

「…嫌な人か」

「心底、嫌だね」


メインモニターが星図から切り替わり、破壊されている船を映し出す。

「こりゃ、酷いな」

『どうしますか、パイアール』

「入るよ、もちろん。確認しないとな」

『お一人で?』


少し悩んでから、パイアールは頷く。

「皆は経験がないからな。俺だけで行く」

「ボクも行けると思うけど」

不満そうなぐみの声にパイアールは笑う。

「気持ちだけ貰っとくよ」



“ミーティア”の開口部から外に出て、破片を避けながら内部に入る。辺りに空気は存在していないが、まだ重力発生装置は稼働しているのか、少しだけ身体が中央に引き寄せられて、パイアールは眉根を寄せる。

「リウ、生命反応はあるか?」

『そこから、下の方に稼働している救難カプセルがあります』

頭部内側にマークされた場所が浮かぶ。

パイアールは慎重に移動をしてカプセルの場所に着く。


カプセルは確かに稼働していて、表面上に赤の光が点滅している。

中を覗き込むと、気を失っているような少女と、パイアールを見返してきた猫と目があう。

「お」

そんな声を出して、パイアールは周りを見渡す。

他のカプセルは壊れていないものの、動いてる気配はない。中をのぞいて確認をしたが、やはり何も入っていなかった。


「ここ以外に生命反応はないか?」

中型船の大きさだから、救難カプセルの発着室は多数あるかもしれない。

『いえ。そこ以外には反応はありません』

「…そうか…」

一回、目を閉じてからカプセルに牽引装置を張り付ける。

リウにゆっくりと引き寄せるように頼んで、パイアールはカプセルに手を添えて移動する。近寄る破片などは、パイアールが処理をした。


無事に”ミーティア”に収納出来た時には、随分と時間が経っていた。

疲れた顔のパイアールがエアルームから出て来ると、リウが立っている。

「どうだ?」

「異常検知はありませんでした。カプセル内部のエアにも毒素や細菌の類いの物質もありません」

「カプセルに誘導装置や、爆発物もないと」

「はい、ありません」

「…どういうことだ?」

パイアールの呟きに、リウが首を傾げる。

「不思議でしょうか?」

「おおいにな。相手が銀眼なら当然」


救難カプセル発着室にパイアールが向かう。後にリウが付いて来る。

少し傷があるが、カプセルはそこに納まっていて、内部で猫がうろうろしている。それを見てパイアールが呟く。

「……めんどくせえ…」

後ろでリウがまた首を傾げるが、パイアールはカプセルを開けた。

シュッという音がして、カプセルのウインドウが開く。

びよんと猫が飛び出して、パイアールにしがみついた。

その猫を肩に乗せて、パイアールは少女の肩を揺する。

「大丈夫か?起きれるか?」

揺すられた少女は、ゆっくりと目を開けてパイアールを見る。

「あなたは?」

「俺はこの船のキャプテンだ。身体は大丈夫か?痛むところはないか?」

少女は自分の身体を見まわしてから、こくんと肯いた。

「はい、何処も痛くはありません」

「そうか」

少女がカプセルを出るのを見てから、パイアールは手招きをした。


その間にブリッジに居る二人に、リウが通信する。

『パイアールが名乗りません。キャプテンの呼称でお願いします』

通話を受け取ったルミナスとぐみは、顔を見合わせてから瞬きをする。


ブリッジにパイアールが、少女とリウを連れて入ってきた。

ルミナスはその少女を見て納得する。


少女の見た目が異質過ぎた。

古き良き時代のビスクドール。大時代的なドレス風のワンピース。長い金髪と青い目に陶磁器のような白い肌。椅子に座って黙っていたら、ショウウインドウに並べられそうだった。

ぐみが一拍置いてから話しかける。

「キャプテン、その子が救助した子か?」

「そうだ。まだ状況が分からないし、触らないでくれ」

「わかった」


ルミナスが少女に話しかける。

「お嬢様、何か飲まれますか?」

メイド服姿のルミナスに、顔を向けて少女が肯く。

「紅茶をお願い」

「かしこまりました。今すぐお持ちします」


キッチンへ向かうルミナスを見て、パイアールは少女をリビングへ連れて行く。ソファに座らせてから隣に座った。

「さて、聞きたいのは」

そう言ってから、自分を見上げている少女に笑いかける。

「お前の目的かな」


パイアールが少女の首を絞めた。

さすがにぐみがぎょっとするが、パイアールがすぐに手を離したのでほっとする。そして少女の首に何か掛けられたことを目視した。


「なにを」

少女の驚きの声を、パイアールが溜め息で遮る。

「お前がなにかは知らないが、大方じじいの手の者だろう?」

少女が嫌そうに眉を寄せてから自分の首を触り、首輪がある事を確認してからはあっと息を吐いた。


「…何故わかった」

パイアールが肩を竦める。

「こっちのほうから、やたらと声が聞こえるんで。大体の構図は分かったんだよ」

パイアールが肩の猫を指さす。

苦い顔をして、少女がパイアールを見る。

「お前は」

「名乗ってなかったな。パイアールだ」

ぎょっとして少女が立ち上がろうとするが、パイアールが肩を押さえて座らせる。そのために隣に居たのかとルミナスは思ってから四人の前に、カップを並べた。


「抵抗は止めるんだな。それはえげつない奴だから」

パイアールが指差した首輪を触ってから、少女は盛大な溜め息と共に髪をかき上げた。

「なんだよ。親父の仇敵かよ」

「そんな事言われてんのか。こっわ」

笑っているパイアールを見てからカップに手を着ける少女に目線をやりつつ、パイアールは肩の猫に触る。


「そういう訳だから安心しろ。後で話も聞くから」

猫が小さく肯いてから、だらりと力を抜く。ずっと体に力が入っていたから疲れたのだろう。ぐったりされて重くなった気がしたが、気にせずにパイアールもコーヒーを飲んだ。


ルミナスが小さな皿に水が入った物をテーブルに置く。

「こちらはいかがですか?」

猫を見て言うと、ぴょんとテーブルに乗って水を飲みだした。

それを微笑んで見ているルミナスを見た後、パイアールは少女に聞く。

「で、お前の名前と仕事の内容を聞かせて貰おうか」

はあっと、息を吐き出した後、足を組んでから少女が口を開いた。

「オレは、アトラクト。親父の命令はそれを連れて、惑星フラングへ行く事だ。その先の指示は着いてからって話だった」


「惑星フラング?」

パイアールの視線に頷いてリウが検索をする。


「連邦の惑星ですね。移民を受け付けている農業中心の惑星です」

アトラクトがぎょっとしてリウを見る。見られたリウはにっこりと笑った。

「サポートマシナリーかよ。人かと思ってたぜ。よくできてんな」

そんな感想にリウがまた微笑む。


「そんな星に行けって?」

「オレだって意味が分からねえんだよ。理由は教えてくれねえし」

ぶつぶつ言いながら、紅茶を飲みほしたアトラクトはカップを小さく降る。気付いたルミナスが紅茶のポットを掲げたのでカップを皿に置く。

注がれる紅茶を見ているアトラクトを、じっとパイアールが見つめている。


「まあ、軟禁だな」

平然と言うパイアールに、アトラクトはがっくりとした。

「そうだろうな。宇宙船内ってだけで監禁な気はするけどな」

「まあ、悪いようにはしないさ」

海賊の常套文句に嫌そうな顔をするアトラクトだが、パイアールには関係ない。ルミナスに客室案内を頼んでから、パイアールは猫に向き直った。


「で、だ。君の名前とどういう状況だったか教えてくれるかな」

猫はじっとパイアールを見てから、話し始めた。



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スペースオペラは、まだ早い! 棒王 円 @nisemadoka

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