怪談



ブリッジのベッドに寝転んで読書中のパイアールに、ぐみが近寄って来た。


「なんだ?」

本から顔を上げずにパイアールが聞いてくる。

ベッドの縁にぐみが座った。


さすがに目線を向けると、もよもよと口を動かす。

「うん?」

パイアールが身体を起すと、ぐみは眉を下げた。


「なんだ?」

「うん…」


本を閉じて、ぐみを見る。


「あのさ、パイ」

「ん?」

「…ブルースターの話を聞きたいんだ」

パイアールが眉を顰める。


「何でだ?理由は?」

「…パイが入院する時に聞き損ねたから」


興味津々と。そういう訳だね、ぐみ。


「あー。何を聞きたいんだ?」

「うん。あの場所の文化の異常性を詳しく」


なるほど。

パイアールは頭をがりがりと掻いてから、胡坐をかいて座りなおす。


「文化の異常性じゃないんだよなあ。あそこは普通の人間はもう一人も住んでいないんだ」

「え?」


ぐみがきょとんとする。

リウもブリッジに入って来た。

なんだよ、みんな聞きたいのか。


「管制官が変な事を言ってなかったか?」

「あ、うん。なんか痛い名前を」

パイアールは苦笑する。


「痛い名前じゃなくて、それがあの場所の本質なんだ」

「どういうことだ?パイ」

「…要するに、人外しかいない。神とか鬼とか悪魔とか精霊とか。そういう物しかあの星には居ないんだよ」


ぐみがポカンとした顔になる。


「え、いつから?」

「うーん。何時からかあ。多分、もうずっと前からだろうなあ。数百年はあの状態だと思うぞ」


その話にリウが首を傾げる。


「でもパイアール。あなたはブルースターの出身ですよね?」

「そうだな」


困ったようにパイアールが笑う。

ぐみは、まじまじとパイアールを見る。


「いや、君は人間だぞ、パイ」

「俺は人間だよ。そこは間違いない」

「え、でも」


ルミナスが三人分のお茶を持って、リビングからブリッジに入って来る。

ぐみに渡し、パイアールにもカップを渡した。


「うん。俺だけ人間なんだ」

「え」


コーヒーに口を付けてから、パイアールが続きを話す。


「なんて言ったらいいのか。まあ、時々生えてくるらしい」

「え、なにが」

「だから人間が」

「え、どこに?」

「あの星のどこかに」


コーヒーを飲んでいるパイアールを、おかしなものを見るように、ぐみが見つめる。

リウも話が分からないのか、黙ったままだ。

椅子に座って聞いているルミナスが、首を傾げる。


「地面からですか~?」

「まさか」

ぶはっとパイアールが笑う。


「石からだよ」

「 「 「は?」 」 」

おお、はもったなとパイアールは面白そうに三人を眺める。


「待ってくれ、パイ。君も石から生まれたのか?」

「いや俺は、母親いるけど」

はあ~っと、三人がほぼ同時に息を吐いた。


「怖いだろ。そんなの」

話している本人が言うべき台詞ではない。

「君が変な事いうから!」

「いや、俺の母親は自然発生らしいよ」

「え」

パイアールが、何ともいえない顔で言う。


「だから父親は分からない。母親が死んだから、今あの星出身の人間は俺しかいない」

ぐみが眉を寄せている。

「君だけが?」

「そう」

パイアールが黙ると、エンジンの駆動音だけが響いている。

リウがおずおずと聞く。


「それは真実ですか?」

パイアールが片眉をあげる。


「なんだ、俺が嘘を言うとでも?」

「いえ、そういう訳では。でもあまりにも今の話は信じがたく」

そう言うリウを見て、パイアールはニヤリと笑う。


「さあ、どうだろうなあ。信じたいなら信じればいいし、信じたくないなら嘘つきと思っていればいいぜ」

「え、それはなんだよ、パイ」

「それは、お前たち次第という事だ」

ハアッとぐみが息を吐く。


「なんだよ、信じちゃったじゃないか」

「はは。変な話は良くあるだろう」


また変な顔でパイアールは笑う。


「ああ、でも」

それぞれ、立ち上がった三人に、パイアールが声を掛ける。

ぐみも、リウも、ルミナスも、パイアールを見た。


「もう二度と、ブルースターの話は聞くな」


その時のパイアールの表情は、見た事もない様な。


「あ」

「はい」

「うん」


パイアールはカップを片手に、リビングに入っていった。

残されたそれぞれが、お互いの顔を見て、けれど口を開かずにブリッジを出た。


ぐみのカップと自分のカップを持って、ルミナスもキッチンに行くためにリビングに入る。パイアールは、キッチンの奥で煙草を咥えていた。


ルミナスはカップを持ったまま、パイアールを見ている。

薄く目を開けて、どこかを見ているパイアールは、それでいて何処も視ていないような。そんな顔をしている。


「キャプテンも煙草吸うんですか~?」

ルミナスの声にパイアールが、顔を向ける。


「…久しぶりに吸ったよ」

「なるほど~」

「この体になってからは、初めてかもなあ」


そういって苦笑するパイアールの隣に立って、ルミナスが食洗器を開ける。

「まだ、コーヒー飲みますか~?」

「…自分でいれるわ」

「は~い」

洗濯の為に、ルミナスはランドリールームに向かう。


それを見送ったパイアールは、また煙草を咥えた。


『パイアール』

「……なんだ」

特殊通信でリウが話しかけてくる。今はキッチンにしか声がしない。

『だから、あなたの名前はパイアール=ブルーなのですね』


リウの機械体を起動するために、どうしても必要だった入力。


パイアールは目を閉じて呟く。

「…………他言無用だ。言ったらお前を壊さなきゃならん」

『はい。分かりました』



パイアールは溜め息と共に、紫煙を吐いた。




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