さまよう小箱は暁に消ゆ・2



”ミーティア”の中はしんとしていた。


誰も何も言わない。

それでもリウは最後の命令を聞くために、ブルースターの上までリングを繋いだ。


青い星。

人類最古の星。


ブルースターのステーションに船を入れるには審査が必要だ。

他の場所のように、勝手に入港することは出来ない。


『船名をどうぞ』

「“ミーティア”です」

リウがそう告げると。

『うん!?』

そう言ったまま管制官が何やらものすごい勢いで、キーボードを叩いている音が続く。


『い、以前と船型が違うようですが、三代目でよろしいですか?』

三代目?

「そうですが」

そうとも言えますが。


『ご本人はいらっしゃいますか!?』

「いえ、ブルースターにいる知り合いに、連絡を取れと言われていまして」

リウが答えると。

『はあっ!?ついに十二神将が!?』


などという謎の言葉を言われた。

その謎の言葉に、ぐみもルミナスも反応した。

何だ、その痛い名称は。

だがその謎言葉はまだ続く。

『い、いや七大女神の方では!?』

『二十四鬼神の方かもしれないぞ!?』


別の声も混ざって混乱が極まりそうだった。

「あの」

『差支えなければ、どなたをお呼びになっているか聞かせていただけませんか!?』


めっちゃ早口。

ぜったいオタク。パイアールの。


三人が三人とも、何だか笑えてきた。

何だよそれは。

そんな強い人達がいるなら、もっと前から助けてくれよ。


パイアールは死んじゃうんだぞ。


リウはパイアールから預かっていた端末を見る。

「トキオに降下したいのですが」

その途端、うおおおおおおという管制官たちの咆哮が聞こえた。

『来たーーーーーーーーー!!!』


すぐさま降下許可が下りる。

『青の星にようこそ“ミーティア”の皆さま!』

物凄い歓迎ムードに、三人の方が呆気にとられていた。


「次にパイアールに会ったら、絶対聞いてやる」

呟くぐみに、リウがクスッと笑う。

「きっと嫌がりますよ」

ルミナスも頷く。

「ご主人様は~、この星の話は、したがらなかったですから~」

そういって三人とも笑う。


これは本当に何か希望があるんじゃないか。

少しだけそんな事を思った。


船は無事に宇宙港に着く。

ステーションの熱狂に比べて、トキオの港は静かなものだった。


伝説の星は、本当に伝説の雰囲気で。正直、エアバスが似合わないほどの古い建物が並んでいて、街を行く人たちもまるで中世のどこかの人々の様で。ちぐはぐな町中に出て指定されていた住所を尋ねる。


その場所に着いてエアバスを降りた三人は、目の前の建物を呆然と見上げる。


いったいこれは何処の世界遺産なのか。

大きな聖堂が天を突き破らんがごとく、そびえたっていた。


そしてその大きな扉の前に、誰かが立っているのが見えた。

三人が歩いて近づくと、それは美しい女性だった。


リウが一歩前に出た。

「あの、ここに、レコナイ様はいらっしゃいますか?」

「はい、わたくしですが」


本当にいた。

リウは小さく安堵した。

パイアールが自分たちの為に何か適当に言った、そんな話では無かった。


「何かご用でしょうか?」

レコナイは首を傾げる。

「はい。伝言を頼まれました」

「伝言?」

不思議そうな声を出された。

いやこれはやっぱり、パイアールのひっかけだろうか。


「約束を覚えているか?」

「…どなたからですか?」

「パイアールからです」


レコナイの傾げていた首がビョンと戻った。


「え?約束?え?いつの?」

目がきょろきょろとせわしなく動く。

それは三人には分からない。


「あ!!」

レコナイが叫ぶ。

「それ、一昨日頼まれた奴だあ!!!」


最近ですね!?


「待って、じゃあもう突っ込んでる!?パイアールってば」

「たぶん」

ぐみが言うと、レコナイが慌てて巨大な杖を取り出した。


「場所判るかしら!?」

かなり慌てている姿が何やらおかしい。

「君はパイアールを助けられるのか!?」

ぐみの問いかけに、レコナイが首を横に降った。


「私は私の出来ることしか出来ないわ。それもたった一つの事しか出来ないの。だから転移は無理。連れて行ってくれないかしら、その場所に」

「君はなにが出来るんだ」

リウと一緒に走りながら、ぐみが聞く。

走りながらレコナイが笑って言った。

「呪いの浄化よ」


三人プラスワンは急いでブルースターを離脱した。

もちろん出る時も管制官に聞かれ、レコナイだと分かると、暁の女神と歓声が上がった。


リウはすぐにリングを多重掛けした。

ギリギリが七重だったが、さすがに他の乗組員が耐えられないだろう。

六重でいそいだ。


それでもこの宇宙のどんな船よりも早かった。







もう眼は無理だろう。


両目がつぶれるのは不自由さが増すが仕方ない。

息が苦しいのにはもう慣れた。


箱を触っている手だけが残れば良い。

口を零れる血を拭う事も出来ないのか、持ち上げた左手の一部がポトリと落ちた。


この右手が残れば良い。

そうすればきっと誰かが押えてくれる。


上手くいけば浄化も。


黒い塊は一人ではなく、何人もの塊りの様で。

何事かをずっと喋っている。


時間をかけてパイアールに、にじり寄る。

静かにゆっくり。


また腹から血が込み上げてくる。

もう、もたねえかもなあ。

意識が薄れてきた。


パイアールは小さく血と共に息を吐いた。

ふと、何かの気配を感じて、見えない顔を上げる。






「ゴメンネ!パイアール!忘れてたあ!!」

「やっぱりな!?」


その場所が見る見るうちに浄化されていく。

存在するだけで呪いが消え浄化される。


呪いの天敵。

暁の女神、レコナイ。


パイアールの傍に居たはずの黒い塊も。


「もう、めっ!」

それだけで消え失せた。


後にはただの死体の山。

惑星デシレットに蔓延っていた呪いは、きれいさっぱり消え失せた。


ぐずぐずになっているパイアールを見て、絶望的になっている三人だが、とにかく船に連れて行こうと、簡易のカプセルに入れて運んだ。


「ごめんねえ、パイアール」

「もういいよ。分かってたから」


どうにか喋っているパイアールに、気を使う事もなく喋り続けるレコナイ。

更にそれを気遣わず、パイアールはリウに命じる。

「リウ、大至急ブルースターに戻れ。これを早く戻せ」

そのモノ言いに、ぐみが怒る。

「そんな言い方はないだろう?パイを助けてくれたんだぞ!?」

「分かってる感謝している。だがそんなのは何処かの教会で、祈ればいいだけだろう」

ぐみの顔が呆ける。

「は?」


ぐずぐずになっているはずだが、説明しなければ納得してくれないだろうと、パイアールは必死に言っている。


「レコナイは本物の女神だ。居るだけで何もかも浄化する。それは彼女が決めている呪い全てだ。俺達が思う呪いだけじゃないんだ。どう作用するか分からん。だからブルースターの聖堂においてなければならない」


げほげほとパイアールが咳き込む。

やけに水音を伴っている。


「はっきり言って俺にとっての最終兵器の一角だ。早く星に戻したい」

「うふふ。最終兵器だなんて。褒めなくてもいいのよ?」

「…褒めてねーわ」


げほげほと咳き込むたびに、身体が崩れているパイアールを見ていたレコナイだが、飽きたのか室内を見ている。

いや、もっと遠い何処かを見ている気がする。


「おい、何処見てる」

「あのね、イグザグがねえ」

パイアールの息がヒュッと吸い込まれた音がする。


「…この状態で、二人は無理だ。断ってくれ」

「あのね、ほら、いまパイアールは義骸でしょ?だからその近くに放出しておくっていってるよ。よかったねえ?」

「人の話を聞け。顕現するな。俺が持たない」

「大丈夫だよ、パイアールなら」


三人は呆然と会話を聞くしか出来ない。

あまりにもスケールが大きすぎて付いていけなかった。


「リウ、まだ着かないか」

「もうすぐです。パイアール」

リングアウトした途端に、レコナイが消えた。


息も絶え絶えなパイアールが唸る。

「くそう、切り替わりやがった」


「なにが」

ぐみが質問を口にする前に、姿が現れたので、全員が納得した。

先程のレコナイと同じ大きさの、球体人形が現れたのだ。


「やあ、いるだろう?私の部品」

「…来るな。イグザグ」

「すぐ帰るよ?顔も見たしね」

軽く笑って、横にいる三人を見た。

興味無さそうな顔をしてからフイッと消えた。


耳が痛くなるほどの静寂。

ぼうっとしていたリウは咳き込むパイアールに指示を仰ぐ。


「どうすれば!?」

「ゴート商会に連絡して行先を聞いてくれ」

「あ、はい」


超常現象ばかりを見てしまって、常識的な行動を思いつかなくなっている三人は、身体が崩れているパイアールを再確認する。

いまだに安心など程遠い状態なのに。


自分が見られている事に気付いているパイアールは苦く笑う。


「ああいうのは、人生で一回ぐらいでちょうど良いんだよ。何回も何体も関わる物じゃない」

「…どうして」

「うん?なんだ?」

「一緒にいればもっと」

ぐみが呟く。

小さく息を吐いてからパイアールは話す。


「あいつらは、基本自由だ。こちらのいう事を聞くか聞かないかも。…どんなに頼んでも何もしない事もあるし、頼んでもいないのに手を出してくることもある。その全てが今回のように都市以上の規模だ。…誰か一人を助けるとかはできない。使おうと思って使うことは出来ない。今回はたまたま、だ」


ハアッと息を継ぐ。


「だから宇宙の七不思議的に、ブルースターに突っ込んで置けばいいんだ。あそこはそういう物の宝庫だし」


リウが近づいて来る。

「連絡が取れました」

そう言って顔が見えないように端末を傾けて持っている。

『パイアール、大怪我だとは本当か?』

「すまない、大怪我じゃなくてドロドロでぐちゃぐちゃだ。直せないなら他の個体に入れてくれ」

『わかった。とにかく本社に来なさい。様子を見て決めよう』

「…ありがとう」

『待っている。早く来るのだ』

ディナイが涙声なのは仕方ないと、パイアールは思った。


「もう喋らない方が良いのでは」

そう言うリウに断るパイアール。

「無理だ。目を閉じたら多分死ぬ。意識を保つために喋らせといてくれ」


そういう理由で話していたのかと、やっと三人は理解した。

無理をして話しているのは生きるために。


「あの、人形は何の神様だ?」

言葉を途切れさせないために、パイアールに質問するぐみ。

「機械の女神イグザグという。あまり人の話は聞かない。大体聞かない」

「それは~ほとんど聞かないのでは~」

「そう。聞かない。驚くほど自由だ。機械を作るだけの女神だが、機械なら何でも作れるから、結構便利だが」

「聞かないと」

「そう、望まない機械なんて本当に不要だ。それは分からない」


ぐみがそろりと聞く。

「どうしてパイアールはブルースターに詳しいんだ?」

「それはさすがにもう、分かるだろ?」

咳き込むパイアールはまた小さく息を吸う。


「俺はあそこの生まれだ。ブルースターの」

「あそこはどうしてあんな変な文化なんだ?」

行ってきた感想としてはそれが一番不思議だった。


「それは」

リウが答えを遮る。

「着きました。運び出します」

素早く船を止め、素早く手渡した。

カプセルの中でパイアールが手を振った。

それを見て小さく三人で手を振った。

船に戻ってからそれぞれ泣いた。やっと安心して。


新たに起こった不思議など、どうでもいいのだ。


パイアールが生きて帰ってきた奇跡だけを喜びたい。

自分たちで、その奇跡を呼び込めた事も喜びたい。


ぐみとルミナスはやっと眠り、リウはやっと笑いながら外を見ていた。






包帯だらけの自分にうんざりしているパイアールの横で、アスランが土下座レベルで頭を下げていた。


「本当に有難う。どんなに礼を言っても言い足りない」

パイアールはそんなアスランを見ている。

きっと守りたい何かがいたのだろう。

だから必死だったのだろう。

そう思っていたパイアールだが。


「あの箱を持ち込んだのは、うちの部隊だったんだ」

は。

まだ手術後で声を出せないパイアールは、心の中で呟いた。

「後始末が出来ないから、全員死刑のはずだった。本当に助かった。有難う」

はあ。

己の命乞いと。


そんな事で俺は命を張った訳か。

ふざけんなよ。

そんな悪態も言えない。


「お金は振り込んでおく。他のお礼はまた君が元気になってからするよ。じゃあ身体に悪いだろうからまたね」


笑って帰る金髪男に腹が立って仕方ない。

一番はバカな自分に対してだが。


身動きできないから目線だけで横を見る。

窓から青空が見える。

早く星空を見たいと思うパイアールだった。



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