さまよう小箱は暁に消ゆ・1



「パイアール。特別通信です」

「うん?」


操縦席にいたパイアールに、リウが声を掛ける。

そんなに改まって確認を取って来ることは珍しい。

大体はパイアールの気持ちを優先して、嫌そうなものは勝手に切ってしまうのに。


「誰だ?」

「メインモニターに出しますか?」


そんな事まで言ってくる。名前も出さずに。

余程面倒な相手か?


「出せ」

「はい、出します」


パッと切り替わったモニターに映ったのは。

見知っていたが見知らぬ表情の人物だった。


『運び屋パイアール。どうか助けて欲しい』

「どうしましたか、アスラン連邦軍南司令部少佐」


パイアールが溜め息を吐かなかったのは、正式な軍服姿だったからだ。何時もの簡略化されたものではなく、勲章もすべて付けた正規の服装。

つまりはこの依頼は、連邦軍からの正式な依頼だからだ。

どうりでリウが確認を入れる訳だ。


『悪いが、惑星デシレットまで来てほしい』

「…まじか」

さすがに口を吐いて出る。

そこは連邦軍の南司令部がある場所で。つまり元海賊のパイアールにしてみれば、敵地のど真ん中の訳で。


「どうしても場所はかえられませんか?」

『無理だ。すまない』

なるほどなあ。

操縦席にもたれかかり、目を閉じたパイアールが悩んでいるのをアスランは辛抱強く待っている。ただしその近くにいるだろうアスランの部下は待つ気が無いようで。


『早く時間を決めないか!』

『少佐の依頼を断るというのか、貴様!!』

などと怒鳴りつけてくる。

パイアールがちらりと目を開けると、目を半目にしているアスランが映っていた。

(お。久しぶりに怒っている顔見たな)

そんな事を思っていると、腰の剣を抜いた姿が一瞬見えた後、画面がとじた。


あーあ。

パイアールの感想はそんな感じだった。

上司の通信に口挟むとか。いくらアスランが何時もはラフな人物でも、今回の通信ではだめだろう。

空気読めよ。


『すまない、パイアール』

肩の当たりに血が付いているのは見ない事にしてやろう。

「俺でなきゃダメかい?」

『多分』

「そうか。…うん、まあ、行くわ」

『……ありがとう』

アスランが本当に心底安心したような顔をしたことに、パイアールが内心でびくつく。

え、マジか、その反応。


通信を閉じてから座標を出しつつ、パイアールはもう後悔している。

そのパイアールを見てリウが首を傾げる。

怖がっているように見えたのだ。そんな恐怖心などからは遠い人物だと思っているリウには、今のパイアールは新鮮だった。


「嫌だったのですか?パイアール?」

「嫌に決まってるだろ?アスランが真剣だなんて絶対面倒な案件だ」

「怖いのですか?」

パイアールが睨みつけてくる。

「怖いよ、当たり前だろ?連邦から正式に、元海賊に頼まなければいけない仕事なんてないぜ?それなら理由は一つ。…俺の特異体質だ」


リウがハッとする。

パイアールは苦い顔をした。

「正式の依頼だ。もう断れない」

そう言ってから、また航路を確認する。

空気を読まない部下を切ってでも、依頼しなければならない案件。

無事では済まないだろうなあ、とパイアールは溜め息を吐いた。


惑星デシレットが近付くにつれて、パイアールの口数が少なくなる。

けれどそんな事より。


デシレットへの最後のリングアウトをした途端。

「行くな!!パイ!!」

ぐみが怒鳴ったのだ。

ああ。やっぱりなあ。

そんなパイアールの顔を見て、またぐみが怒る。

「君はこれが分かった上で、行くのか!」

「仕方ないよ、受けたんだし」

「これはっ」

言葉を詰まらせながら、ぐみが言う。


「これは触れてはならないほどの、呪いだ。記憶や感情などという類のものじゃない。決して触ってはいけない物だ。止めるんだパイ」

その言葉にパイアールは笑う。

「君は!」

「あの星にいる生物全部が、呪われている。そういう事だな、ぐみ?」


グッと声を詰まらせるぐみに、またパイアールが笑う。

「さすがに今回は覚悟を決めていたよ。俺は行く。止めるな」

「でもっ」

リウも船を止めようか話を聞いている。

それに気付いてパイアールが命令する。

「船を止めるな。時間通りにデシレット近くの宇宙港に泊めろ」


今回はデシレットに直接下りる事は許されていない。

元海賊だからかと思っていたが、どうやらアスランの優しさらしい。


「君は死ぬ。確実に。ボクはそれを見過ごせない」

「俺は皆に生きて欲しい。そう願っている」

ぐみの身体が震えて、ボタボタと涙を流している。彼女のそんな感情を見るのは初めてのパイアールはグッと口を噛んだ。

絆されてはいけない。

どちらにしろ自分が降りなければ、この船は連邦軍にマークされて、じきに撃墜される。


一人の命か三人の命か。

そのトロッコ問題は、パイアールにとっては簡単だった。


「リウ。船を出したらブルースターのとある場所に行って欲しい。必ずだ」

「パイアール、わたしは」

「必ず行け。……最後の命令だ」


リウは頷くしか出来ない。

ハルミナなら命を賭けて止められただろう。この倫理の縛りなく。ただパイアールが大事だと叫んで手を掴んだろう。


リウは初めて涙を流した。

それを見てパイアールが情けない顔で笑う。

けれど、止めるとも分かったとも、パイアールは言わなかった。


小さな宇宙港。そこに降り立つパイアールを見送ることしか三人は。

ルミナスは綺麗なあいさつでパイアールを見送った。

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」

「ああ、行ってくる」


そう笑って片手を振り、パイアールはアスランと合流をした。

見送っている三人を見て、アスランは頭を下げた。

本当にすまないと思いながら。



「お前まで辛気臭いのは、まずくないか?」


そういって笑うパイアールに今更、アスランは感心する。

今やこの星自体が恐ろしい空気だというのに。もちろん異能の持ち主ならそんな事分かっているだろうに。


「君は怖くないのかい?」

「は?怖いさ、当たり前だろう?」

それでもパイアールは笑う。

「ただ俺は、最後まで足掻くタイプでね」

そういってアスランの肩をポンポンと叩く。

たったそれだけで、アスランは泣きそうになった。


自分と知り合いだったばかりに。

この先地獄へ行く友人に。





連邦軍南司令部。

その本部は酷い有り様だった。

沢山の人間が重なるように奥に向かって倒れている。

それは、何処かで見た古のゾンビ映画のように。けれどこの場に生きているものは居らず。


パイアールは隣に立っているアスランを見る。

その顔色は悪く、付き合う事はないと思う。

「お前は帰れば?」

「君一人に全てを任せる訳にはいかない」


無駄な責任感だな。

「来られると困るから言ってるんだけど」

「何だって?」

アスランが困ったようにパイアールを見る。

「いざって時に足手まといだよ、能力のない奴は」

そういっていきなりアスランの腹を殴った。

油断していたアスランは後ろの部下たちに受け止められる。

「貴様!」

怒鳴る部下たちにしっしと手を振る。


「てめえらは帰れ。成功しても失敗しても、お前らは無用だわ」


ハッとした部下たちは、死体を避けて中に入っていくパイアールに一斉に敬礼してアスランを連れて行く。

「離せ!パイアール!!」

叫ぶアスランはけれど立てずに引き摺られていく。


やれやれと肩を竦めたパイアールも、別に無事な訳では無かった。


眼前には無数といえるほどの人の山。

戦争でもここまでの人数は見ないだろう。


それらの全てが建物を目指して命を失っている。


それでも想像していた自体よりも軽い事に、パイアールは安堵している。

周りの人々は泣きながら一方向を見ているだけで、怨嗟の声は聞こえないからだ。


パイアールは多くの泣き声が聞こえる中、建物の奥に向かっていく。

どうやったらこんなに人間が詰まるのかという具合の所を、無理矢理開けながら進んで行く。

どうやら長官室にそれは有るらしかった。

壊れた扉は床に落ちていて用をなさず、パイアールはやっとたどり着く。


そこには小さな細工箱と、黒い塊がいた。

これか。

パイアールがそう思った瞬間、黒い塊が見た気がした。


パイアールはニヤリと笑うと、自分の手を掻き切って箱にバンと押し付けた。

黒い塊が低く唸った。


「呪いたいのか?それとももう嫌なのか」

呟くパイアールに、じりっと黒い塊がにじり寄る。

「どっちでもいいか」


(これが俺の考えるものなら。この先どうにもならん。

俺じゃ無理だ。

だから抑えられる誰かが来るまで、出来る限り耐え続けよう。


知り合いには連絡をしてある。

あとは来てくれるかどうか)


パイアールは、また笑う。


さあ、根競べだ。





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