微熱・2
(どうするか。
取り敢えずは、あの老人に会いに行かないとだろ?
ああ。思考も遅いな)
パイアールが立つと、リウが支えに来た。
「…悪いな」
「いえ。あなたを支えるのが私の役目ですから」
…直接支えながら、言う事か?
船を降りて、歩いて行く。
確かこの先にあの、温室みたいな家があったはず。
「…は。何だこれ」
パイアールの目の前にあったのは、ただ木が鬱蒼と生えている原生林的な場所で。
どこにも家なんて無かった。
まわりを見渡しても、住宅街だと思って歩いていた道すらない。
地図を見て、もう一度まわりを見る。
…あってるよな?
(そうか。してやられたな。
騙されたのか、俺が間抜けなのか。
とにかく俺は、運ぶべきものを体の中にしまわれて、ただで運ぶわけだ。
くそ。
運び屋としては、くやしいな)
けれど仕方が無い。
指定された先に運んでみるか。
自分の動かない心臓の辺りを触ってみる。
…何だろうな、これって。
それにしても。
暑くて気を失いそうだ。
どうにもならない温度にイラッとしながら、パイアールは船に戻る。
メモに近い場所まで、船で移動した。
リウに言って、一番近い場所に止めさせる。
この場所からなら、歩くのも大したことないし。
「…行ってくるわ」
片手をあげると、リウが近づいてきた。
「私も行きます、パイアール」
「ん?そうか?」
ぼんやりしているパイアールを、リウが心配してついて来る。
船外に出ても繋がっているから、別段構わないが。
…珍しいよな、リウが自分で外に行くのはさ。
(俺そんなにヤバいか?)
メモに書いてあるのは、暫く歩いた先で。
道が無くなっていくのを、パイアールは覚悟をしていたが、やっぱり。
歩く先はあの老人がいたところと、同じような森の中だった。
いわゆる、獣道を歩いて行く。
パイアールがふらつくのか。
世界が上手く回らないのか。
足元が揺れている。
「…抱えましょうか?パイアール?」
「止めてくれ。カッコ悪すぎる」
パイアールがそう言って笑ったのに、リウはひどく心配そうな顔で見ている。
ああ。
何だかまともに考えるのが、面倒くさくなって来た。
近くの木の根元に座る。
背中を預けると、その木に凄い親近感がわく。
(…本格的にヤバいな)
このまま眠っても良い気がしてきた。
パイアールの傍にリウが立つ。
見上げると、首を横に振った。
「…どうした?」
「パイアール。…生命活動が低迷してきました。…これ以上は危険かと」
確かに、呼吸数が少ない気はするが。
行かねえと、終わんねえよ。
パイアールがゆるゆると立ち上がるのを、リウが心配そうに見ている。
平気だって。
そこにある木に手を着いて、自分の体を支える。
その手の平が、木に同化をしたがっているのが、自然に分かった。
パイアールは手を離せずに、木を見つめる。
「…パイアール?」
意識が混ざっていく。
空気も光も。
自分を取り巻くものが、何かに。
後ろから手が伸びて来た。
リウがパイアールの身体を後ろから抱きかかえる。
「…もう止めましょう、パイアール。本当に危険です。…今のパイアールは呼吸すらしていません」
「…そうだな…分かってる」
頭を強く降っても、この感覚が取れない。
なまじ意識を読んだりできる分、俺には不利だろう。
「けど、行かねえとな」
「…パイアール」
パイアールが強く言うと、リウが手を離した。
よし、良い子だな。
そこからすぐに目的地が見えた。
いや、目的地って言うか。
ひときわ大きな樹木の前に、見たような老人が立っていた。
「…良く運んでくれたな。運び屋の少年」
「へ。…高くつくぜ、じいさん」
(俺を騙すなんて、いい度胸だろ?)
パイアールの台詞に、老人がまた不思議な顔をして笑う。
あいまいなそれがパイアールには読みにくい。
パイアールがフラフラとその木に近寄るのを、老人は黙ってみている。
目の前の樹木は一体何百年そこに立っているのか。
太い胴がが大きな根を支えて、その根はどこまで伸びているのか分からない。
指が触れると、かすかに震えた気がした。
パイアールは自分の足から力が抜けるのが分かった。
木の根元に座り込む。
「パイアール!」
リウの声が遠くから聞こえる。
パイアールは苦しくて、木に爪を立てる。
その時自分の中から何かが出て行く感触があった。
それは喉を通って、外へ。
「パイアールッ!!!」
リウの絶叫が聞こえた。
パイアールは大量の血を吐きながら、心臓に巻き付いていた蔓のようなものを吐き出していた。
腹が裂けて喉も避けて、そこからも蔓が出て行く。
自分の体中から何かが抜けていく。
この感覚が正しいなら、こいつは自分の血管の中も通っていたんだろう。
肺や喉の器官の一部を持って行かれる。
自分の指先が力なく、木の肌を伝って落ちるのが見えた。
視線が揺らぐのを何とか意識で押さえて、自分の身体から蔓が出切るのを眺める。
…やっと心臓がごとりと動いた。
口からは血が流れるだけで、言葉なんて出やしねえ。
老人はその木に巻き付いた、二色の蔓を満足そうに眺めている。
「パイアール!!」
リウがパイアールを抱き起そうとする。
そのリウの腕を握った。
首を横に振る。
「何故ですか!?今すぐに!」
パイアールは指先で木をそっと叩いた。
その音にリウがパイアールの指を見る。
その指を天に向ける。
声の出ない口で、たった二言リウに告げた。
「…はい、パイアール。分かりました」
突如、そこの空気がかき回される。
辺りの木の事なんてお構いなしに、パイアールの船が上空に現れる。
少しずつ高度を下げ始める。
パイアールを単純に迎えに来たとでも思っているのか。
老人は微笑みながら、その船とパイアールを見た。
パイアールを抱えながら、リウが射程を決める。
指示したのは、この樹木。
自分の一言でリウには伝わっているはずだ。
瞬間でそこは火の海となった。
生木でも燃えるんだなあ。
「や、やめろおお!?」
老人が叫ぶ。
それぐらいで止めるわけがない。
というか。
リウの顔を見ると分かるが、今のリウを止めるのは難しそうだ。
(…船主愛の強い事で)
リウが掃射を続ける。
周りの木々まで巻き添えで燃えていく。
パイアールは感慨も何もないまま、それを見ている。
老人の身体から煙が上がる。
それは外の火が燃え移った訳じゃなく。
老人の中から上がっていた。
「う、ぐああ。」
口から煙を吐き出しながら、パイアールを睨んでいた。
パイアールはその視線を笑って見ている。
老人のやり口は、手際が良すぎた。
まるでもう何回もやっているみたいに。
自分は義骸で強い身体の造りをしているから、これで済んでいるが。
普通の人間だったら。
あの蔦が出て来た時点で、命が終わっているだろう。
リウを見る。
パイアールの視線を感じ取ってリウが見る。
肯くと、分かったように船からコードが降りて来た。
船に戻る寸前。
足元を見下ろすと、森は既に黒い炭の山に変わりつつあった。
「バカか、君は!?」
船に戻ったパイアールを待っていたのは。
姿を見た途端の、ぐみの怒りの声と。
そのシーンを見て呆れたような、ルミナスの声。
「ご主人様はあ、どこまでリスペクトを進める気ですかあ?…ロリちゃんに怒られるのは定番ですよ~?」
(だから、俺が何をしているんだよ?)
怒りのぐみに、魔法で治されたにもかかわらず。
パイアールはその夜、熱を出した。
もう離れて心配をしたくないと、ぐみが右腕、ルミナスが左腕。
両腕を取られて寝ている。
(寝にくいんですけど)
足元にはリウが座っている。
…まあ、悪くはないか。
熱に任せて寝てみる。
こんな時は、良い夢なんて見る訳がなくて。
パイアールは悪夢の雲間を漂った。
「……チロル…」
→第一回緊急会議。
3人は居間に集まっていた。
「はい、リウ委員長」
ぐみが手を上げる。
「発言をどうぞ、ぐみ議員」
「あの、パイアールの寝言はただ事ではないな」
「はあい。リウ委員長~」
ルミナスが元気よく手を上げる。
「発言をどうぞ、ルミナス議員」
「なんだかすごく、親しそうでしたあ」
3人がううむと腕を組む。
「…私は聞いた事がない、名前なのですが」
「はい、リウ委員長」
「発言をどうぞ、ぐみ議員」
「多分、元カノではと」
リウがぎくりとする。
「はあい。リウ委員長~」
「発言をどうぞ、ルミナス議員」
「その名前はあ、お菓子の」
ルミナスの口を、ぐみが塞いだ。
ビックリしたルミナスが見ると、二人が首を横に振る。
どうやらそれはNGワードらしい。
「はい、リウ委員長」
「発言をどうぞ、ぐみ議員」
「…あんなに切なげに呼ぶなんて、パイはまだ、その人が好きなのかな?」
「…どうでしょうか」
リウには、悲しげに聞こえていた。
「はあい。リウ委員長~」
「発言をどうぞ、ルミナス議員」
「どっちにしてもう、ご主人様にはあ、大事な忘れられない人ですよねえ」
ルミナスの言葉に、ぐみもリウも頷く。
「…ボクたちには言わない、大事な人だろうな」
「そうですね」
ぐみは寂しそうに。
リウは苦しそうに。
そう言っている二人を見て、ルミナスは軽く溜め息を吐く。
ご主人様は、リスペクトし過ぎです。
そして3人の記憶に、その名前は刻まれる。
熱に浮かされたパイアールの、うわ言のような呟きで呼ばれた名前を。
その声の、甘い響きと共に。
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