微熱・1



荷物を手にパイアールは困っている。


何時もの何でもない荷物を持って、船を離れた。

運び屋なんて、大概はそんなに変わった荷物なんて無くて、いたって普通の宅配と変わらない物を運ぶのが当たり前で。


それだから、こんな大きさの物ならば一人で行動するのが常で。

手に持って出たのだが。

ちらと荷物を見たら。


(…なんかの芽が出てんだよ。箱からさ。

やばいよな?

日照の注意は無かったから、普通の物だと思っていたし。

でも出てるんだよ。

…持って行かない訳にもいかないし。

仕方ない。頭下げるか)


パイアールは覚悟を決めて、指定された住所に歩いて行った。



緑が多い住宅街の一角。少し変わった気配の家。

その玄関先で、パイアールは頭を下げた。

「すいませんでした」

「…そうか。芽が出てしまったか」

「本当にすみませんでした」


パイアールは頭を下げるしかなくって。

いや、ほんとに、悪いしさ?


「…まあ、仕方ない。…詫びとしてこの年寄りとお茶を飲んでいきなさい」

「え?あ、はい」

(…この後の荷物は無いし、いいか)

パイアールはその、全体が温室のような家に入った。


日差しが部屋の中まで届くその家は、湿度の保たれた緑の香りが充満する家で。

パイアールもさすがに入った事のない場所に、興味本位で辺りを見まわしていた。


「…気になるかね?」

「う。…すみません。俺こういう場所って余り縁がなくって」

老人はかすかに笑った。

「ふ。若い人には余り興味のないものだからな?」

「…いや、その」

パイアールは焦っていて。

老人はそんな自分を何故か柔らかいまなざしで見ている。


「そこに座りなさい。今、お茶を持って来よう」

「あ、どうも。」

パイアールは言われた椅子に座る。

テーブルの上まで、鉢植えで飾られている。

その中にずんぐりとした緑色の植物。

(…何の花だろう、これ。

薄いピンクの小さい花だ。

…これは、なんて言ったっけ。

カクタスだっけ?)

パイアールはそのとげとげの茎に小さな花が咲いている物をしげしげと見ていた。

(この棘ってすげえ細いな。

これって何のためにあるんだろう?)


「…気になるかね?」

「うあ!?あ、少し。…変わった形なので」

パイアールは老人が来ていたことを気付いてなかった。

慌てている態度に微笑まれて恥ずかしい。

「…良かったら、飲みなさい。…ハーブティーだがね」


パイアールはその湯気の立つカップを手に取った。

鼻先まで近づけると、良い香りがする。

「…良い香りですね?」

「…丹念に育てたハーブだからな。気に入ってくれたのなら嬉しいよ」

パイアールはひと口飲む。


(…甘い味がする。甘味料とは違う天然の味。

俺が飲んでいる間、老人は俺を見ている。

何だか嬉しそうに)


「…ごちそうさまでした」

パイアールは勧められるままに、3杯ほど飲んでからその家を出た。

頭を下げるパイアールに、老人は微笑んでこう言った。

「…今度は頼んだよ。しっかり運んでくれよ?」

そう言ってからメモを一枚、手渡してきた。

「…分かりました。…運ぶものは?」

「…そこを、訪ねて貰えば分かるよ」

ここからではなく、行った先から運ぶのだろうか?

「…分かりました。今度は必ず」

「ああ」

パイアールが肯くと、老人はかすかに微笑んだ。

不思議な人だなあなんて思いながら、船に戻った。


失敗した話はすまい。

「どこかから連絡はあったか?」

「いいえ。パイアール」

「…そうか」

それでは今日の仕事は終了かな。

パイアールは船の中を掃除して回っているルミナスに、料理を教える約束を果たせと催促された。

…ええ?お前本当に覚えるの?


「…じゃあ、簡単な奴から覚えるか」

「はあい。何からですかあ~?」

パイアールは腕まくりをしてエプロンをする。

「…基本と言えばカレーだろ」

「はああ?そうなんですかあ~?」

ルミナスにもエプロンをさせた。

「…切って、入れて、煮るだけだ」

「えへへ。がんばりまあすう」


パイアールの前で頑張るポーズらしきものをして、ルミナスは包丁を握った。

にんじんは切れた。よし。

玉ねぎも泣きながら切った。よし。

ジャガイモも何とかした。よし。


…なぜ、肉が切れないんだ。おかしいだろ?


「…切れよ」

「はああ~。何だか柔らかくていやですうう~」

ルミナスが指で押す。

「…切れよ」

「ふわわ~。ねとねとしていますうう~」

ルミナスが手でそっとつかむ。

「…切れよ」

「ううう。切りにくいですうう」

押さえているルミナスの手の上から、俺の手で押さえて切らせた。



「よし。次はスパイスだが」

嬉しそうにたくさんの瓶を持っている。

「…これとこれだけでいいんだ」

「えええ~?それだけですかああ~!?」

ルミナスの手から瓶を取り上げる。何度か取ったり取られたりしたが。

「他は入れるな!」

「ふわあい。…これぐらいですかあ?」

「…違う」


パイアールは軽量スプーンを取り出し、それで計ってみせる。

「…少なくないですかあ?」

「良いんだ。これで煮詰めるんだから」

「はああい」

ルミナスは案外素直に聞いてくれた。


…この分なら覚えるかな?

コメはそろそろ炊けるし。

パイアールは煮込み時間を指定して、風呂に向かった。



…何だかお湯が熱い。

パイアールは温度を下げる。…まだ熱い。

結構下げたような気がしたが、自分の感覚を信じてそのまま入った。

パイアールが上がると、ルミナスが待っていた。


「うふふ。時間どうりにしましたよう?」

「…お。これは良いじゃないか?」

蓋を取ってみたら見た目は良し。ルミナスを褒める。

「んふふ~。ばち~りですう~」

嬉しそうにくるくると回っている。

パイアールは炊き上がったコメとカレーを盛り付けてみせる。

「…こんな感じだ」

「りょおうかあいですう」

ビシッと軍隊式に手を頭に付けたルミナス。良しと頷いた。

ルミナスが運ぶとぐみが驚いた顔をしている。


「これは、ルミナスが作ったのか?」

「んふふ~。ご主人様に教えてもらいましたあ~」

自分の分はガッツリ持ってきて、ルミナスが口に運んだ。

「んま!」

自分で言うか?パイアールが笑って見る。

「…おいしいな、ルミナス」

ぐみも文句ないようだ。辛いのも平気なんだな。

よしよし。

パイアールも口に運んだ。

「あつっ」

「大丈夫ですかあ?ご主人様あ?」

「急ぎ過ぎだろう?パイ」

二人がパイアールを見て笑う。それに苦笑いで返してから首を傾げて、もう一度口に入れる。

やっぱり、かなり熱い。

…もう、湯気なんか立ってないのにな?

パイアールは慎重にカレーを口に入れる。


…熱いな。食えない訳じゃないけど。

内臓も痛い感じがする。

パイアールは水を飲みにキッチンへ行く。

グラスに水をくんで飲む。

…まじで熱かったな。

もう一回水を飲んで、パイアールは食堂に戻った。

二人とも食べ終えていたので一緒に皿をかたづける。


…何だろうな。

水の方が美味しかった気がするんだが。

カレーは昔から好きなんだけどなあ?


夕食の後はベッドに横になった。

…何だか眠れない。暑くて。

気温を下げる。ベッドはまた別の設定だから、皆の迷惑にはならないだろう。

数字を見ないで下げた。


…ああ。これぐらいだ。

パイアールは眠りについた。





「…パイアール?」

リウが起こしに来た。

「…ん?」

「昨日はそんなに、暑かったですか?」

リウがベッドの設定を見ながら言った。

「…ああ。ちょっとな?」


パイアールは起きて顔を洗う。

…気持ちいいな。…もうちょっと洗うか。

水が流れているのが、気持ちいい。

…いきなり、綺麗好きにでもなったか?


パイアールは顔を吹きながら、操縦室に戻った。

昨日貰ったメモを見て、行き先を計画する。


そんなには離れた場所ではない。

船で少し飛べばいいだけだ。

マップを見ながらルートを決める。

その後歩いて、それから。







(…暑い。そんで、眠い。

あれ?俺は今起きたんだよなあ?)


コンソールから離れて、自分のベッドに戻るパイアールにリウが声を掛ける。


「パイアール?」

「…ん?」

「どうされましたか?」

「…ここ暑いんだ、あと、眠い」

「…え?大丈夫ですか?」

「…ちっと、分かんねえ」

自分でも具合悪いかなって思うし。

パイアールの妙な反応に、リウが近寄ってきて人のように手で額を触る。


「…物凄く冷えてます。パイアール」

「…リウ、お前の手が熱い」

パイアールはリウの手をどけて、ベッドに入る。

中は少し涼しいが、まだ暑い。

「…パイアール?」

「これの温度、もう下がらないんだよな?」

「はい。8度以下にはなりません。」

(…そんなに、下がっているのか。

ああ。でもまだ暑い)


「…あつ…」

横になってぼんやりしてきたパイアールに、リウが聞いてくる。

「…まだ、下げますか?」

「…ん、出来れば…」

外で何かを思案していたリウが、ドームを開けて中に入って来た。

それから、ドームを閉める。


「…ん?…」

「これなら、涼しいですか?」

リウから振動が伝わる。

…ひんやりとした空気が、リウから流れてくる。

「…ああ、うん…」

パイアールはリウの側による。

…近いと涼しいな。もう少し。

パイアールはリウの首に手を回して、引き寄せる。


「…パイアール?」

「…気持ちいいんだ、もう少し近くに…」

自分の内臓の熱さも嫌だ。

…全部冷えればいいのに。

リウがパイアールを抱きかかえる。

ああ。冷たくて気持ちいい。


「…俺、おかしいよな?…」

「…はい」

抱き合ってるリウの振動がわずかに伝わる。

…人と違って心臓の音は聞こえない。



…ん?


パイアールはもう一度確かめる。

じっと耳をすます。


「…な、あ、リウ…?」

「…何ですか。…パイアール?」

「…さ、きか、ら…俺、の、…しん、おん、聞こえ、な、くね?」


冷たくて舌が上手く動かないパイアールの台詞に、リウが顔をまじまじと見た。

急にがばっと起き上がると、パイアールを抱きかかえて医療室に走る。

(…そうしてた俺が言うのもなんだけどさ。

もう少し早く気付けよ?船主のバイタルなんだからさ?)


医療室の寝台の上で、急いでモニタリングしている。

…すげえ、暑いな此処。


「…は、…どうだ?」

「動きませんね」

「…画像は?」

「はい。今モニターに映します」

パイアールの前のモニターに、画像が映る。


「…何だこれ?」

自分の心臓に向かって言うセリフじゃないだろうけど。

「…成分をサーチします」

パイアールの身体の上を何度か光がとおる。

こんなに時間が掛かるか?


「…あつ…」

自分で言ってから気付く。

ああ。でも、暑いと思っているだけで汗も何も出てないな。

「…よく分かりません」

「…これ?」

「はい。分かりませんが主成分は植物の細胞核に似ています」

(…植物。

もしや俺。あそこで何かされたか?)


パイアールの心臓の画像は。

緑と赤の蔓のようなもので覆われて、ピクリとも動かない。


(やっべ。

俺、心臓が動いてねえのに生きてるわ)



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